第33話 おハーブハザード
スギトの村は、1時間に一本列車が駅に止まる伝統の田舎スタイル。
特色は、モンスターの見世物小屋が動物園感覚で運営されていること。
他に特筆すべき点はない。いや、この言い方は失礼か。
なんと、グンマーの玄関口を担うカゾと同じくらいの規模を誇ったビレッジ!
……すいません。田舎同士の背比べは止めましょ。虚しい張り合いだね。
おじさんたちは、駅へ通じる大通りを歩いていた。
「あの悪徳商人、どうせまた丸パクリ商法だと思ったんだけどなあ」
駅前広場に、屋台など一軒も出ていなかった。それどころか、人っ子一人見つからない。
閑散としている。人口減少に伴う過疎化現象? カゾも他人事じゃないよ。
なぜ若者は故郷を捨て、都会へ行ってしまうのか? 今回の事件、そんな裏テーマが隠されているのかもしれない。刺激が欲しいからと言われれば、おじさん反論の余地なし。
不気味なまでの静寂を打ち破ったのは、カミツレさん。
「田園郊外とはいえ、やけに人気が少ないな。昼時の時間ならば、商店街から活気が流れてくるはずだぞ」
「今日は、全店休業日みたいですわね」
ローレルさんが指差すは、商店街のアーケード。
その奥に軒を連ねたどの店も、シャッターを下ろしていた。営業中の看板は見当たらない。
「おじさんの地元も、大型ショッピングセンターの登場でシャッター通りになっちゃったよ」
少年時代、母親の買い物ついでにねだったコロッケの味が懐かしい。
コンビニ奴隷に成り下がった頃、すでにその総菜屋は時代の波に押し流されてしまったが。
「第一村人、発見ですのっ」
ローレルさんの叫び声に、ハッと意識が戻った。
商店街を抜け、小川に架かった木橋にゆら~りと歩く人の後姿を見つけた。
おじさんが迷っていると、カミツレさんは物怖じしなかった。
「すまない。少し話を聞かせてほしい」
「……」
「この辺りでハーブティーの屋台をやっていると聞いたのだが、何か知らないだろうか?」
「……」
返事がない、ただの村人のようだ。
「おい、聞こえているなら返事をしてくれ」
「……あぁぁああ……」
様子がおかしい、ただの村人か?
怪訝な表情を作ったポニテ美人が、村人の肩を叩いたちょうどその時。
「ハーブ! ハぁーブぅぅッ! はぁぁあああぶぅぅううう――っっ!」
「っ!? 下がれッ!」
「ふぁっ!?」
カミツレさんに首根っこを掴まれ、おじさんは後退させられる。
「どどどどどうしたっ?」
おじさんの方が挙動不審だね。職質不可避。
「この男、明らかに様子がおかしいぞ」
「べ、別に怪しい者ではっ!」
「タクミ様ではありませんのよ」
ローレルさんが、おじさんの背中をさすってくれる。めちゃ優しい。
落ち着いたおじさんは、改めて村人へ目を凝らす。
痩せこけた頬、虚ろな瞳。ふらふらと震えながら、肩で息をしていた。
「彼と意思疎通が図れると思いまして?」
「とてもまともな状態には見えないな。一度、無力化するしかあるまい」
カミツレさんは、腰に差していた木刀を引き抜くや正眼の構えだ。
「我が木刀の錆びにしてくれよう」
「カミツレさんの得意技、殺人ビームはご法度でしてよ? 相手は村人ですもの」
「そんな物騒な技を使うわけないだろう。アレは、禁止指定アーツだ」
「え、ビーム出すの? 必殺のビーム見たい」
おじさんが童心に帰る勢いで瞳をキラキラさせたところ。
「あぁぁああああーーっっ!」
「ふん!」
木刀を一突きすれば、ピチューンと一筋の光線が爆ぜた。
一瞬にして村人らしき人を貫き、彼は膝から崩れ落ちていく。
「リアルガチでやっちゃった!? まさか、本当に必ず殺すっ!?」
「……案ずるな、エンドー氏。これは殺人ビームにあらず。みねうちレーザーだッ」
「相手の意識のみを弾く剣戟。レーザーの切れ味、全く衰えていませんわ」
「いや、その理屈はおかしい」
よく分からないことを言われたので、おじさんはよく分からないままにしておく。
ビームが熱で、レーザーは光源? いや、深入りするな。やぶおハーブである。
気絶した村人を見分した、ポニテ美人。ふむと顎に手を当てる。
「意識もうろう、ろれつが回っていない様子。まるで、中毒症状だぞ」
「とりあえず、この人を診療所に連れてく? レーザーぶっ放して、捨て置くわけにも」
「あぁ、体調が回復したら詳しく話を――」
カミツレさんが頭を振って、村人を仰向けに寝かした。
「どうやら、用があるのはあちらも同様か。私たちの元へ、ご足労かけたな」
「団体さんご一行ですわっ」
カミツレさんとローレルさんが咄嗟に背中を合わせた。
おじさんの視線は、右往左往するばかり。
ふらふらと。ふら~りと。木橋の上りと下り、人影が呻き声を漏らしながら集結する。
「目つきがヤバい人たちに囲まれた!?」
「はぁぁああぶ」
「はぁぁあああぶぅぅぅ」
「ハァーブゥッッ」
辛うじて。いや、正確にハーブと聞こえてしまった。
「このハーブに対する渇望、既視感がある」
「ふむ……さしずめ、ローレルの群れか?」
「わたくしが、あのような不審な振る舞いを行いまして!? よだれは垂らしませんわ!」
ローレルさんは眉根をぎゅっと寄せて、ローレル集団を強く否定した。
ハーブゥ……と奇声を発する村人たちがにじり寄ってくる。
気付けば、橋の真ん中あたりまで追い詰められた。絶賛、挟み撃ち。
「わたくしが危惧していた、最悪の事態が起きてしまいましたの」
「心当たりがあるのだな、ローレル。この状況、どう考える?」
カミツレさんの疑問に、おハーブ大好きお嬢様は目を伏せて。
「……おハーブハザード。人類がおハーブとの共存の道を違えた末路でしてよ」
「すまない、お前に尋ねた私が浅はかだったよ」
「もし、カミツレさん? これは、おハーブをぞんざいに扱った人類への報復ですのよ? おハーブを軽んじれば、相応の危険性が伴いますの。大いなる災厄の序章に過ぎませんわ!」
舞台女優よろしく観客にセリフを投げかけた、ローレルさん。
「エンドー氏、翻訳してくれ」
「おじさん、自信ないなあ……そもそも、ハーブは毒にも転じる薬草。扱い方を間違えれば、そりゃおかしな症状出るよ。だから、確実に安全な草しか使ってこなかった」
カモミールやローズマリー。名前を存じ上げ、直接見たことがあるおハーブたち。
「専門知識や植物図鑑を持ってない奴が、知らないハーブを使うのは危険極まりない。カミツレさん、山に生えた鮮やかなキノコをワンチャン狙いで食べる?」
「悪食はせんよ。無謀な欲張りは、愚かな結末を招くのだな」
「おハーブハザードは初めて聞いたけど、ハーブ本来の目的はメンタル不調を改善させること。それがある意味、人類の精神がハーブに乗っ取られる災厄が体現しつつある」
つまり、こういうことかしら? おじさんは、ローレルさんへアイコンタクト。
「やはり、タクミ様は真の仲間。わたくしの説明に、ぴったりな補足を加えてもらいましたの」
「おんぶにだっことは、このことだな」
「畢竟――おハーブティーは飲んでも、飲まれるな! 胸に刻んでくださいましっ」
そして、満足げである。
さりとて、現状に名前を付けたものの事態は改善せず。
「はぁぁあああぶぅぅぅううう」
「ハァアアアーーブウウウッッ」
ハーブくれくれ厨と目が合った。キメてないのに、キマってる?
おハーブティーを一日切らしたローレルさんの眼力と重なっていく。
「彼らはおそらく、おハーブマイスターを狙っていましてよ! クッ、目の付け所は悪くありませんわね」
「同調やめろ。どうせ、お前からハーブの匂いを嗅ぎ取ったのだろうさ」
「わたくしのフローラルな香りでして? 日頃のおハーブテイスティングが裏目に出てしまいましたの。罪作りなおハーブ愛好家ですわっ」
心底申し訳なさそうなローレルさん。
「頭おハーブ……彼奴らより、こちらの呪いは深刻だぞ」
「ローレルさんがいるおかげで? いくらハーブホリック集団に迫られても、おじさんはパニックにならないのかもしれない」
おハーブハザード、恐れるに足らず。こちらには、真のおハーブ狂が控えているのだ!
「村人たちを全員気絶させるのは、些か骨が折れるな。ここは退却の一手だッ」
「怪我させるのは、ちょっとね。全力で逃げたいけど、退路が塞がれてるんですが」
「退路なら、眼下にせせらいでいるじゃないか」
カミツレさんが、木橋の手すりを握りしめた。
おじさんはそっと、橋の下を覗いてみる。結構高いなーと思いました。
「あっ、おじさんはバンジージャンプとかダメなの。プールの飛び込みも、1人だけ5メールができなくてバカにされた過去を持っています。いやぁ~、遊園地の上昇系アトラクションなら大丈夫だけどなあ」
ふと、ポニテ美人に肩を叩かれた。
「心配無用だ、私が担いでやろう」
ふと、お嬢様に肩を叩かれた。
「怖いのなら、わたくしが手を繋ぎましょう」
気持ちは嬉しいんですけどね。そういう問題ではなくて。
「行くぞ」
有無を言わさず、おじさんはカミツレさんに抱え込まれてしまう。
「きゃっ」
女騎士の安心感に、つい乙女心が出ちゃったよ。
「はぁぁあああぶぅぅううう――っっ!」
中毒症状の怨嗟を合図に、カミツレさんは勢いよく飛んだ。
橋から、落下するために。
「――っ」
本当に恐れおののくと、声が出ないものだなあ。たくみ。
重力に従い、冷や汗がサァーッと引いていく感覚が訪れる。
小川に着水するまでの数秒が、とてつもなく長かった。
永遠にも似た刹那の時ってやつを感じまったぜ。
バシャンッ!
大きな水飛沫を上げて、おじさんたちは川の流れにその身を任せていく。
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