第32話 手がかり

《4章》

 目下、おじさんは暇を弄んでいた。

 悪徳商人の逃亡を許し、通常営業に戻って二週間。

 懸念材料が無くなり、順調なおハーブ街道まっしぐら。かと思えば。


「カッコウ、カッコウ」


 ハーブショップでは、閑古鳥が絶好調に鳴いていた。

 まるで、一週間前の賑わいが嘘だったかのごとく。


 静けさや、草に染み入る鳥の声。思わず、俳句をしたためちゃうね。

 おじさんのオリジナルですっ。ムサシの国に、松尾芭蕉はいないから著作権は――以下略。


「基本スタンスは、働きたくない。だから、これでオッケー?」


 労働ほど、健康に悪いものはない。忙殺、ダメ絶対。不意に、精神と肉体を蝕むコンビニ奴隷ワークスがフラッシュバックする。オーナーと店長、許さねえっ!


「エンドー氏、店頭の掃除が終わったぞ。うん、その憤怒に満ちた表情はどうした?」

「ちょっと過去の幻影を追い払ってた」

「そうか。辛い経験を乗り越えたのだな」


 カミツレさんは、詳しく聞くまいと首を横に振った。

 テーブル席に腰を下ろすや、ため息交じりに店内を見回していく。


「しかし、この状況はマズいな。今週に入った途端、客足がぱったり途絶えてしまうとは」

「今しがた、ローレルさんがポーション屋へ抗議もとい特攻仕掛けちゃった」

「あのバカ、先走りおって……根拠に基づいての行動か?」

「妬ましい看板娘の仕業だってさ。多分、違うけど」


 ローレルさんが珍しく、小競り合いに興じる好敵手? そんな間柄。

 原因を調べるため、知り合いを巡ったと信じよう。ただのおハーブ暴走かもしれない。


「私たちは焦らず、座して待つべきか。人事を尽くすか。判断を頼む」

「とりあえず、おじさんは仕事終わりの一杯を用意しておかないと」


「あまりローレルを甘やかすな。目を離した瞬間、ポット一本分は飲み干されるだろうに。同じティーバッグを3回くらい使わせておけ。極めて節約になる」

「乾燥物とティーバッグは、全然摂取しないよ。あのお嬢様、フレッシュ過激派だから」


 おハーブは生が一番ですわ! 空耳が聞こえた。幻聴防止に、ハーブティーしばいとこ。

 頭痛が痛いのか、こめかみの辺りを押さえたカミツレさん。ハーブティー、大活躍。


 再興したハーブ畑の日課を済ませ、おじさんが店に戻ってきたタイミング。

 カランカランと来客を告げる音が響いた。ローレルさんの帰還にはまだ早い。


「はあはあ……ようやく、辿り着いた、ぜえ……」


 現れたのは、カマセだった。

 しかし、様子がおかしい。普段の尊大な態度と打って変わり、床に倒れ込んでしまう。まるで、モンスターと激戦を演じた直後ほどボロボロな格好である。


「大剣の人っ。大丈夫か? 何があったんだ?」

「はあはあ……ハーブ……にやられた……」

「え、ローレルさんにやられた?」

「違うっ。ハーブ狩りに、やられた……っ!」


 ハーブ狩り? 収穫時の農家のおじさん?

 趣味の園芸おじさん、カマセの妄言にそっと目を伏せた。


「どうやら、彼は頭をやられてしまったらしい。ムサシの国広しといえども、そのような珍妙な異名を騙る者などおらんよ。私なら、恥ずかしくて外を歩けなくなるぞ」

「別に名乗ってねえーよッ! あくまで、あの連中に仮の名を付けただけだぜ」

「簡潔に。大剣の人がその姿になった経緯を説明してくれ」


 疲労困憊ながら、カマセが口を荒げていく。


「三日前のクエスト帰り。夕方になっちまったから、スギトの村に一泊することにした。俺は仕事終わりのハーブティーにハマってたんだが、ちょうどストックを切らしちまってなあ。イライラが治まらなかったぜ」

「商品はちゃんと、依存性に気を配ったはずだけど」

「あぁ、信じられん。ローレルの他に、頭ローレルがいたとはな」


 カミツレさんが、茫然と目を丸くしていた。


「仕方がねえ、酒でも飲んで忘れるか! と思った矢先、スギトにもハーブティーの屋台があるじゃねーか! 信仰深い俺に、神様のお慈悲を感じたぜえッ」

「……」


 初めて聞いたスギトの村に、ハーブティーの屋台あり。

 思わぬところで、悪徳商人の手がかりを掴んだ。


「スギトでも宣伝のおかげか、ハーブティーは人気でよお。行列に並んだ時、暴動でも起こるんじゃねえーかって心配したモンだぜ」


「へー」

「まあ、起こったんだがな」

「へー!?」


 物騒な話になってきた。


「後から来た客が突然叫びだして、いきなり俺を突き飛ばしやがった。他にも同じように騒ぎ出す奴もいて、その場はパニック状態。むろん、俺は中堅冒険者のプライドをかけて――」


「トラブルを解決したのか?」

「いや、さっさと退散したぜえッ」


 ズコー。おじさん、ズッコケる。昭和世代じゃないよ。


「プライドはどうした、プライドはっ」

「ただ働きはしねえ! フッ、それが中堅冒険者たる矜持さ」


 そして、ドヤ顔である。


「エンドー氏。彼の言動は全く要領を得ないのだが、追い払って構わないか?」

「お願いします」

「ちょ、待てよ! 俺とハーブ屋の仲じゃねえーか。ネーサンも手厳しいぜッ」


 カマセは友達? 知り合い? うーん、大剣の人だね。 


「要約すると――屋台の客たちが暴徒化。ポケットにドライハーブが残ってた俺、身ぐるみを剥がされる勢いで襲われる。一日かけて、カゾまで逃げ帰る。ハーブショップでぞんざいな扱いを受けて、傷心中」


「確かに、ハーブティー飲むのにそこまで荒れた事態は妙だ」

「ローレルほどの異常な執着性、素人に再現できる気がせんぞ」


 おじさんとカミツレさんは、この事件の背景を怪しむばかり。


「俺が言うのもなんだが、あんたらはローレルのネーチャンを何だと思ってやがる?」


 カマセが床に突っ伏しつつ、必死のツッコミ。

 一応、有力なゼニンドの情報を提供してくれた。非売品おハーブ、贈呈します。


「大変ですわ! 事件は、スギトの村で起こっていましてよ!」


 ローレルさんが店に戻って開口一番、カマセの身体を張った情報を上書きしていく。


「性懲りもなく、悪徳商人がスギトの村に出没しましたの。あまつさえ、おハーブティーを嗜んだ村人たちが、攻撃的、乱暴な性格に豹変する事案が次々と発生……おハーブは危険。怪しい草という風評被害がカゾの村にも、ギルドや商人組合を通じて広がっていますのっ!」


 由々しき事態でしてよ! ローレルさん、遺憾の意を表明。


「またしても! なぜか、わたくしが村長に窘められました。果たして、これほど名誉を傷付けられたことがありまして? ノンッ、ありませんのよっ」

「きっと、ハーブの第一人者はローレルさんだから」

「ハッキリ言ってやれ。ハーブ関連の問題は、お前が責任を取れと」


 おじさんは、そっと目を逸らした。

 さりとて、ローレルさんに回り込まれた。青い瞳が綺麗だなー。


「タクミ様! わたくしの汚名をそそぐため、共にスギトへ向かいましょう。悪徳商人をブッコロがして、罪なきおハーブを救ってくださいましっ」


「放置するわけにもいかないか。このままじゃ、ハーブショップが立ち行かないし」

「ゼニンドを懲らしめるより、ローレルの暴走を抑える方が大変だがな。私も同行しよう」


 3人はすぐに準備を済ませ、おハーブ大好きお嬢様の号令を聞いた。


「昔から、おハーブは急げと申しますの。スギトの村へ、お礼参りとしゃれ込みますわ」


 おじさんは、ふと店内に転がった中年男性を思い出す。


「あ、大剣の人。留守番よろしく。施錠は、隣のアトリエの人に頼んで」

「だからよお……俺は、中堅冒険者の矜持でただ働きはできねえーなあ」

「これ、お徳用ハーブ詰め合わせ。1週間はハーブ三昧できる」

「しゃあっ! 気張れよ、ハーブ屋! 偽物なんて、ぶっ飛ばしてこいッ!」


 そして、安請け合いである。

 とにもかくにも、ゼニンドに借りを返すチャンスが到来した。

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