第35話 侵入
学舎跡は、木造民家の間にひっそりと奥へ続く細道を通り抜けた先だった。
まるで、地元民でなければ知らないようなルートである。ハーブショップもそうなの。
正面切って突入するのは……得策じゃない。
「はぁぁああぶぅぅううう」
「ハァァアアブゥゥウウウ」
「ハァアアアーーブウウウ」
脱法ハーブの被害者たちが、入り口を囲うように押し寄せていた。
校門の鉄扉は無理でも、周囲の柵ならよじ登れそうだ。
けれど、思考力が落ちた彼らにその発想は至らない。
「すまない、ローレルたち。必ずや、元に戻してやるからな」
「もし、カミツレさん? わたくしは、こちらでしてよ?」
特攻封じにおじさんと腕を組んでいた、本物のローレルさん。
不満げに頬を膨らませるも、次第に萎んでいく。
「……いえ。ある意味、わたくしかもしれませんわ」
「どゆこと?」
ローレルさんが、憂いを残した表情を携えて。
「タクミ様と出会わなければ、毒と承知しても甘美な脱法ハーブの誘惑に逆らえまして?」
「自制できるだろ」
「我慢できるよ」
「……」
初手、ダブル否定。
おハーブ大好きお嬢様、風船のごとき膨れっ面。今にも破裂しそう。
「タクミ様がわたくしの光ならば、彼らは闇の部分を映していますの!」
どうやら、強引に突破するらしい。
「ぜひとも、わたくしのなれの果てを救済してくださいましっ」
「もちろん、ローレルさんには助けてもらってるし。頑張るよ」
「あぁ、不肖ながら幼馴染の後始末。私も最後まで付き合うさ」
「脱法ハーブは悪徳商人の企てでしてよ? 真の仲間に誤解されて、悲しいですわぁ~」
改めて、ハーブの中毒問題に関して向き合うと決意した。
解決策には未だ霧がかかっているものの、3人寄れば文殊のおハーブである。
おじさんたちは、学舎跡の裏口に回り込んだ。
門扉は施錠されているが、考える葦は侵入経路を考えた。
「すでに放棄された施設だ。覚悟さえあるなら、忍び込むのは造作もない」
ごくごく普通に鉄門を飛び越えた、カミツレさん。月面宙返りだ!
「跳躍力ぅー」
しゅたっと着地がてら、ポニテ美人は木刀一閃。
斬撃がムーンサルトよろしく三日月の弧を描き、チェーンロックを真っ二つに切断した。
ガタン。ガタタタタ。大きな音を鳴らして、開門。
「行くぞ」
「あ、はい。すごい、物理でした」
なんか、おじさんが思ってた潜入と違う。とりあえずパワー、そんなノリ。
やはり、暴力……暴力は全てを解決するっ。
「カミツレさんは昔から、小手先よりごり押しを好んでいますわ。破壊の化身でしてよ」
「破壊の化身……デストロイヤーかあ」
「最も手っ取り早い手段を取っただけだ。私は<開錠>スキルなど持っておらん」
デストロイヤーは、ツンとそっぽを向いてしまう。
「さて、問題は学舎跡のどこに賊が潜んでいるかだが」
「二階の角部屋にいるよ」
「まことか? エンドー氏、なぜ分かるのだ?」
カミツレさんがきょとんと首を傾げた。
「タクミ様は、おハーブマイスター。この程度の謎、モーニングおハーブティー前ですの」
朝飯前的なサムシング。言い辛いと思うので、何か別の表現を希望します。
「いや、だって。ゼニンドが上からずっと、こちらの様子を窺ってるから」
「「……っ!?」」
おじさんが件の場所を見上げるや、2人の視線を一本釣り。
「――」
いかんせん、ゼニンドが大きく手を振っていた。友達か。
「ほう、彼奴がゼニンド。悪徳商人に相応しい風貌じゃないか」
カミツレさんが目を細めて、木刀を上段に構えていく。
「有効射程範囲だ。必殺ビームで仕留めよう」
「破壊の化身さん、みねうちレーザーで勘弁してね」
好戦的な頭デストロイに、穏便を説いた。
「おハーブティーをキメますわ! 悪徳商人、今度こそ塩の結晶で貫きましてよ!」
「おハーブブーストは、タイミングを考えてね。帰ったら、たくさんしばいていいよ」
戦闘狂やらおハーブ狂。もしや、おじさんの仲間は真のヤバい人?
「ゼニンドは、喋れる状態で捕まえないと。まだ脱法ハーブの種類とか中毒対策、いろいろ吐かせなきゃいけない。ハーブ畑の仇討ちはその後でお願い」
それに、悪徳商人が自ら姿を晒した理由が気になる。
フツー、おじさんたち追手が来たら、隠れたり逃げたりするでしょ。
「うむ、五体満足で確保だな。辞世の句を詠ませてやるとは、殊勝な心がけだぞ」
「そだねー」
おじさんは、カミツレさんとローレルさんを同時にステイしなければいけない。忙しいなあ。
塗装が剥げ落ち、レンガが崩れかけた校舎跡へ足を踏み入れた。昭和の学校風景。
整備と無縁になったボロボロな廊下を歩く度、軋む音を鳴らしていく。
階段の木板が腐りかけだ。手すりに掴まれば、ボキッと折れてしまう。二階に上がるまで、三度転倒しかけた。角部屋には、談話室と書かれたネームプレートがぶら下がっている。
「2人とも、興奮しないでね。慎重かつ大胆に行こう」
「心得ておる」
「わたくしは常日頃、冷静ですのよ?」
談話室のドアを開くや、奴がソファにふんぞり返っていた。
「デュフフフ! よくぞ参りましたな、エンドー殿ッ! 小生、待ちくたびれたで候――」
「このバカチンがぁぁあああーーっっ!」
ゼニンドがニチャ顔を披露した途端、おじさんは咄嗟に手が出ちゃった。グーパンだよ。
「ふひぃっ!?」
威勢よく吹っ飛んで、頭を打った悪徳商人。
「ぼ、暴力は……いけませんぞ……暴力は……ほむんっ」
ガクリと、気絶である。
「……エンドー氏?」
「……タクミ様?」
背後から、プレッシャーを伴う視線をビンビンに感じてしまう。
「いやあ、一回殴らせてもらわなきゃ、話が進められないと思って。ごめん」
おじさんも、人のことを言えない所業だ。これが真の仲間というやつか……違うね。
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