第36話 三文時間

 談話室の隅、ゼニンドがその恰幅を縮こまらせていた。


「――かいつまんで釈明しまする。小生はエンドー殿の開発したハーブティーを見て、これは売れると直感しましたぞ! むろん、商人の性ですな。ハーブショップを精査したところ、ハーブとは極めて稀有な薬草。貴重な上級ポーションを超えたポテンシャルが容易に再現できるとは、なかなかどうして画期的でござるよ。畢竟、小生がハーブビジネスに着手するのは当然の帰結ですぞ。でゅふ、ハーブのサンプルを多少ちょろまかしても詮なきことですな」


 ゼニンドの弁解は続く。


「小生は早速、グンマーへ冒険者を派遣したでござる。普段、素材業者が卸さない草の群生地を手当たり次第に捜索し、サンプルの類似品を採取しましたぞ。それがしのハーブティーを模倣……もといリスペクトすれば、もはや小生のオリジナルアイテムと言って過言にあらず!」


 などと、容疑者が供述しており……


「心機一転、スギトの村でハーブ事業に着手したものの悲劇が起きたで候。まさしく、狂乱なりや! 小生のオリジナルハーブティーがすこぶる効力に優れてしまい、あまつさえ人を惹きつける成分が些か過剰でしたかな? 顧客が必死に奪い合うのは必然でござろう」


 悪徳商人が、曇りなき汚れきった眼をおじさんに晒したところで。


「……おじさんの商売をパクるのはいい。ハーブをアレンジするのもいい。畑荒らしの報復は、割に合わないだろうけど」


 目下、ニコニコ笑顔のローレルさんをステイするのが大変だ。

 手から放出した塩の大鎌を形作り、ゼニンドの首元を掻っ切る寸前。バイオレンスやめて。


「言い訳する暇があるなら、オメーのやらかしにどう始末をつけるか考えろ」

「フヒヒ、サーセンッ!」


 ゼニンド、深々と頭を下げて土下座。腕を投げっぱなしの無条件降伏。

 全く反省しているように見えないが、こいつの性質を今更議論しても仕方がない。


「エンドー氏、彼奴の戯言にまるで生産性を感じない。この手合い、のさばらせるほど付け上がるぞ。ゆえに、私が後顧の憂いを断ってやろう」


 カミツレさんの殺人ビーム準備開始。ヘッドショット5秒前。


「ステーイッ! おじさん、2人の殺戮ショーは見たくないよ。ちょっと、ソファでじっとしてて。必要な情報を揃えて、あとで要点をまとめるからさ」


「抵抗するようならば、私の木刀の錆びにしてくれよう」

「おハーブティーを準備してくださいましっ。ティーポットに湯気が立つ間、わたくしは優雅な時をしゃれ込みますの」


 ローレルさんの茶豪っぷりじゃあ、10秒持たなそうだ。

 秘策として、ハーブバターを使ったビスケットやスコーンをテーブルに並べた。


「アフタヌーンおハーブパーティーですわ!」

「あまり、こやつに菓子を与えてくれるな。満腹で夕食は要らないと嘯くじゃないか」

「カミツレさんのママ味ぇ……」


 一旦、おハーブ大好きお嬢様を保護者に任せよう。

 おじさんはしゃがむと、ゼニンドへこう囁いた。


「あの人たちがおとなしい間に、さっさと白状しろ。おじさんも暴力沙汰は勘弁被る」

「同感ですしおすし。小生、平和主義にございまする」


 顔を上げるや、ふてぶてしい面の厚さをご開帳した悪徳商人。


「あんたが集めさせたハーブ。スズランの他に何があるんだ?」

「スズランとは如何に?」

「白い小花がたくさん付いたやつ。名前、知らないんかい」

「ほむほむ、エンドー殿は博識でござるな」


 ゼニンドは懐をごそごそ漁って、丸々と大きいな布袋を取り出した。


「小生の秘蔵コレクションを垣間見たいと申すのですな。それがし、好奇心旺盛ですぞ」

「はよ、提出」

「フヒッ」


 ゼニンドから没収した布袋の中身を、机の上にぶちまけていく。

 八重咲きの小紫、紫のめしべを囲う6つの花弁、中心部が黄色の白い花、細かい切れ込みが入った葉っぱの上に咲く円状の花。


「右から、シクラメン、クレマチス、スイセン、タンジー。なるほど……」


 一瞬の間を経て。


「オォォオオオールゥゥウウウ、ポイズゥゥウウウンンンンーーッッ!?」


 おじさん、絶叫す。


「全部毒草だよ、毒草っ! 揃いも揃って、なんで脱法ハーブだけ摘んできたんだよ!?」

「小生の人徳がなせる業ですぞ、フヒッ」

「うるせーっ! シクラメンでハーブティーしばいたら、そりゃ中毒者続出だわ! 素人がハーブに手を出すなって言ったじゃねーか! 安全管理はどうなってんだッ」


 おじさんも素人だけど、悪徳商人の無知はレベルが違った。

 真顔で返答した、ゼニンド。


「大局を俯瞰すれば、ハーブはどれも同じ草でござろうて。そこに大きな違いなど皆無で候」

「よし、ゼニンド。おハーブマイスターが全力でブレンドしてやる。スペシャルな脱法ハーブティー、早々にキメてくれ」


「ティーは紅茶しか嗜好しませんな。熱々なアールグレイを所望しまする」


 こいつ……っ! 処してぇ~、超処してぇ~っ!

 やはり、2人を止めるべきでなかった。うっかり、おハーブ狂を解き放つ寸前。


「そういえば、あんた。屋台が壊される騒動が起きて、どうして逃げださなかった? 金儲け以外、興味ないでしょ。ここに留まってる理由が分らん」


 脱法ハーブの中毒者を助ける手段を待っていた? いや、まさか。

 そんな常識があれば、ハーブを盗まないし、こんな状況に陥らない。


「――笑止。元を取るまでは、仕事は死んでも離さない。これぞ、商人の生き様なりや」


 ニチャ顔でカッコ付けるんじゃない。


「ほむん、我が覚悟――それがしには辿り着けぬ領域ですかな」


 ゼニンドが得意げに生き様とやらを語ろうとすれば。


「悪徳商人は、すでにサイタマ全域で手配済みですわ。主要な施設に顔を出せば、すぐにパクられましてよ」

「……おい、ゼニンド。覚悟が何だって?」

「……」


 だらだらと脂汗をかき、オールバックを湿らせていく中年男性。


「逃げ道失って、引きこもってただけじゃねーかっ」


 道理で、転移結晶を使わず籠城していたわけだ。


「でゅふ、視点を変えればそんな表現もできるでござる」


 ダメだ、こいつ。

 のれんに釘刺して、突き破る勢い。おまけで、ぬかに腕押しちゃう。


「我が好敵手たるエンドー殿。この事態の収拾、どう収めるおつもりで? それがしの活躍に、小生は期待しておりますぞ!」

「ライバルポジション気取りが、完全な人任せやめろ! このバカチンがッ」

「ひょっ!?」


 何の躊躇もせず、グーパンを放った。普段はおじさん、暴力反対です。

 再び気絶したゼニンドに、同情の余地なし。

 脱法ハーブを回収するや、おじさんは少し考える時間が欲しいと談話室を後にした。

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