第4話 おハーブティー

 おハーブさんに纏わりつかれ、おじさんは仕方がなく借宿へ案内することに。

 物置を無理やり住処に改造したような小屋だ。

 持ち腐れスキル<栽培><薬草強化><家庭菜園>で作った趣味のハーブ。それらに異常で異質な執着を見せた変人のため、ハーブティーを振舞ったのだが。


「このおハーブティー、止まりませんの! 永久機関のゴクゴクですわ!」


 意味不明な言動を繰り返しながら、5杯目に突入していた。


「ふう、やはり本職のおハーブは違いますわね。わたくし、感涙でしてよ」

「おじさんは、ドン引きだよ」

「あなた様は命の恩人ですわ。このご恩、一生忘れませんの」

「いや、全力で忘れてもらって大丈夫。さ、満足したね。こんな汚い場所、とっとと出て」


 腰まで流れる銀髪の女性は、小さくほほ笑んだ。よく見るほど、お嬢さんと呼びたくなる綺麗な容貌だ。青い瞳を瞬かせ、薄紅色の唇が眩しい。


「時に、わたくしはローレルと申します。行き倒れた理由、語らねばなりませんね」

「いや、全然話さないで」

「幼少の頃から、わたくしは持病の頭痛が悩みの種でしたの――」


 あれ、おじさんの言葉が通じてない? 異世界語、自動翻訳されるはずなのに?

 どう足掻いてもダメだと察して、おじさんは渋々全てを受け入れていく。

 かいつまんで説明しよう。


 ローレルさんが、ハーブを求めるきっかけは持病の頭痛が改善したから。

 様々な治療を試したが上手くいかず、唯一有効な手段がハーブティー。

 当時からハーブは絶滅危惧種であり、入手する手段が乏しかった。祖父が植物研究者だったため、ドライハーブを少しずつ使って頭痛を誤魔化していたらしい。


 自分に合った理想のハーブとその栽培者を探して、各地を巡っていた。

 そして、今日。ハーブを切らした結果、頭痛で倒れてしまう。

 誠に遺憾ながら、ハーブ持ちのおじさんがまんまと邂逅するのだ。


「――というわけですわ」

「あー、なるほど。完全に理解した」


 うんうんと頷いた、おじさん。


「ちょっと待って。このハーブ、現実世界から持ち込んだ……いや、何でもない」


 おじさんは、ミスったとばつが悪かった。

 突然、おハーブをキメるくらい、頭がおかしいと思われる失言だな。


「あなた様は、転生者なのですね?」

「え、転生者ってポピュラーな存在なの? 一応、隠すつもりだったけど」

「尋常ならざる力を備えた者や、チート自慢は転生者。ムサシの国では、常識でしてよ」

「なんか、日本人がホイホイ転生してすいません」


 おじさんは、急に恥ずかしくなった。祐樹くんたち、謙虚で頼むよ。


「祖父の友人が、開拓地だけど<オートメーション>スキルでスローライフを満喫しました、らしいですわ。その縁で我が家におハーブが伝わりましたの」

「オッケー。大体、把握した」


 転生者の先輩がすでに、現実世界のアレコレを持ち込んでいる。

 外来種の問題とか気になるけど、もはや気にしたら負けだ。


「ハッ。わたくし、失念しておりました! あなた様のお名前を伺っても?」

「おじさんは名乗るほどの者ではないよ」

「あなた様のお名前を伺っても?」

「……遠藤匠です」


 ローレルさんと我慢比べは無駄骨だ。全身骨折は参っちゃうね。


「では、タクミ様。改めて」


 ローレルさんは立ち上がるや、スカートのすそをひょいと摘まんで。


「この度は、わたくしを助けていただき、大変感謝しております。赤の他人へ手を差し伸べる親切心、とても尊敬する行為ですわ」

「声をかけた後は、うん。想定外の展開ばかり起こったけどさ」


 ローレルさんのハーブに対する妄執もとい執念は、ホラー映画一本分の迫力だった。

 恐怖と言わないおじさん、実に謙虚だなあ。


「タクミ様のおハーブティーを試飲して、わたくしは確信しましたの」


 ガチ飲みしたはずのおハーブ大好きお嬢様が、頬を赤く染めて。


「ずっと求めていたものが遂に見つかりましたわ。理想のおハーブとその栽培者。畢竟、おハーブマイスターを!」

「おハーブマイスター……言っとくけど、おじさんは農業関連、ハーブ、栽培、全部素人だぞ。スキル頼りの趣味の園芸。全く以って、プロじゃない」


 おじさんは、ローレルさんの熱量に気圧されるばかり。

 徐に、窓際に並べたプランターと鉢植えをテーブルの上に置いていく。


「中心が黄色くて白い花びらが咲いたのが、カモミール。ツタみたいに伸びた常緑低木が、ローズマリー。紫色の小花が鮮やかな、ラベンダー。緑色のザ・草、バジル。効能はなんとなく知ってるけど、にわかだしなあ」

「わたくし、祖父から譲り受けたおハーブ図鑑を所持していますの。知識はバッチリですわ」


 ポーチから大きな本を取り出した、ローレルさん。容量、おかしくない?

 ムサシの国では植物たちの生命力たくましく、種を植えて水を与えれば勝手に育つ。


 ハーブはそれぞれ、育てる季節、種まきの方法、水や日光の量、間引き、剪定、収穫時期が異なっているはずだが。

 面倒事を全てスキルで誤魔化してるのか、世界を渡れば常識が違うルールなのか。

 難しい事案にはツッコミを入れたくない。おじさんにはさっぱりだ。


「おハーブの専門家になれるのは、ムサシの国でタクミ様だけですわ」

「ハーブを育てたのは他にやることがなかっただけで、今は……今もコンビニバイトで忙しい。異世界くんだりまで、長時間労働を強いられた人生か。はあ~」

「コンビニバイト?」


 聞き慣れない言葉に、ローレルさんは首を傾げた。

 異世界用語で、奴隷だよ。


「察するに、現状に不満をお持ちというわけですわね」

「おじさんが期待してた、異世界転生とは違ったな」

「なるほど、覚えておきますわ」


 ローレルさんが、カモミールの花を慈しむように触った。

 おハーブおハーブ連呼していた変質者と同一人物とは思えない。


「タクミ様、もう一度おハーブティーを作ってくださいまし」

「え、まだ飲むの? お腹きつくない?」

「おハーブティーは何杯飲んでもいい、と。おハーブ図鑑に載っていますわ」

「その著者も、頭おハーブだな」


 おじさんは、やれやれと肩をすくめた。

 キッチンと呼べる上等なスペースじゃないが、流し台の前でお湯を沸かす。


 ムサシの国にコンロはないけれど、案の定、先の転生者が現実世界の道具を密かに持ち込んでいた。いや現代知識を利用したアイディア無双かもしれない。

 とにかく、こちらの技術で代替可能なコンロ的なものが市民権を得ていた。


「ドライハーブとティーバッグ、どっちが良い?」

「わたくしの嗜好はフレッシュおハーブですわ」

「かしこまりました」


 おハーブ大好きお嬢様、やっぱり生が好き(健全)。

 おじさんは渋々、ドライハーブとティーバッグをビンに戻した。


 テーブルに手を伸ばすや、育ったばかりのラベンダーをまとめて収穫。

 ラベンダーを軽く水で洗い、お湯を入れたティーポットへ。

 フタをして3分ほど蒸らす。果実糖を垂らせば、お手軽ハーブティーの完成である。


「お、おハーブですわ! このフローラルな香りが! わたくしを高揚させますの!」


 ローレルさん、ギラギラとした視線が迸る。


「やばい成分は入ってないぞ。ラベンダーはリラックス効果だろ。流石に、これくらいはおじさんも知ってるよ」

「うぅ、わたくしのマイカップに……タクミ様のおハーブを注いでくださいましっ」

「変な言い方しないでね。誤解されるから!」


 ダメだ、このモジモジおハーブ、もう手遅れだ。

 おじさんは知らない人のフリをしつつ、お嬢様持参のカップへ合法おハーブしていく。

 ……どうやら、おじさんもおハーブの狂気に飲み込まれていた。


「……」


 スッと、お上品な手つきでティーブレイクにしゃれ込んだローレルさん。

 この瞬間を写真にすれば、誰がおハーブ狂いと疑うだろうか。


「ふぅ。やはり、本物ですわね」


 白いハンカチーフで口元を拭って、ローレルさんが目を伏せた。


「タクミ様」

「はい」

「あなたは趣味と謙遜しますが、こちらのおハーブティーは規格外の代物でしてよ」

「ただの飲み物でしょ」


 苦笑したローレルさんは、古ぼけたクシャクシャの紙を取り出した。


「こちらは鑑定書ですわ。<鑑定>スキルが使えると言えば、伝わりますの?」

「大丈夫、アイテムの詳細を調べる系ね」

「百聞は一見に如かず。鑑定書の上に、おハーブティーを乗せてくださいまし。真実をつまびらかに明かす時ですわ」


 なぜか、自信満々のローレルさん。

 おじさんは首を傾げるや、物は試しだと指示に従った。

 はたして、おじさんのハーブティーの正体とは――

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