第13話 不眠症

 初手、正座。


「やってくれたな、お前たち! 弱った私を襲って、さぞや楽しかっただろう」


 カミツレさんが激怒した。

 メロスが落ち着けよと宥めるくらい、お怒りである。

 おじさんとローレルさんは、姿勢正しく床の状態を実感するばかり。


「カミツレさんの体調が、すっかり良くなりましたの! やはり、おハーブ! おハーブは全てを解決しますわっ」

「ローレル、少しは反省しろ!」

「痛いですわっ、暴力反対ですのっ」


 親友に頭をグリグリされた、お嬢様。反省は、しないなあ。


「エンドー氏も、ローレルの言いなりはよせ。こいつを調子に乗らせないように」

「すいませんでした。ただ、貧血を治す自信がありまして」


 キッと一睨みを貰い、おじさんは縮こまる。


「……確かに、効果はあった。効き過ぎだ。どうなっている?」


 カミツレさんは、顎に手を当てながら疑問を漏らした。


「飲んだ瞬間、視界のもやと眩暈が一気に晴れたのだ。特効薬じゃあるまいし、ハーブティーとは一体何なのだ?」

「こちら、鑑定書になります」


 先ほど取った鑑定書を差し出すや、カミツレさんが驚愕した。


「バカな……っ!? 体力、魔力、疲労、状態異常を回復、だとっ? 加えて、病気を抑制、全ステータスバフに能力値アップまで? ありえん、ありえんな。なんだ、これは?」

「おハーブティーでしてよ」

「ローレルは黙っていろ。お前が喋ると、ややこしくなる」


 カミツレさんは意趣返しとばかりに、ローレルさんの口を塞いだ。


「エンドー氏は、伝説の薬師なのか?」

「いや、全然。おじさんは、転生者。貰ったチートがなぜか、自家栽培のハーブティーだとぶっ壊れポーションになる仕様みたい。詳しくは、分からん」


 これまでの経緯をかくかくしかじかと語った。


「そうか。大変だったのだな。挙句の果てに、ハーブ狂いと邂逅してしまうとは皮肉だよ」

「運命ですわ。わたくしたちは真の仲間! 共にハーブ道を突き進むと誓い合いましたの」

「お前は、カゾの村を復興させなければならない。義務を果たせ」

「はて、わたくしは流浪の冒険者。地方の領主から命令される筋合いなどありませんのよ」


 ぷいっとそっぽを向いた、ローレルさん。

 父娘、仲が悪いのかもしれない。


「お前の母上も、勝手に飛び出した娘を心配していたぞ」

「母親譲りの好奇心がいけませんの。己が胸に手を添えて、省みてくださいまし」

「まったく、強情な奴だ」


 やれやれと肩をすくめた、カミツレさん。はあと深い溜息を吐いて。


「フン、予想通りの返答か。仕方がない、ローレルの暴走を抑えるのも私の役目だろう。しばらく、世話になるぞ」

「カミツレさんも仲間に加わりたいのでして? ハーブショップの労働力、確保ですの」


 棚ぼたですわ! お嬢様が楽しそうで何よりです。

 労働力というワードにピクっと反応しちゃったよ。スタッフと書いて社畜だね。


「鑑定書が偽造とは思わん。さりとて、未だに信じられない。エンドー氏とハーブの組み合わせだけが、これほどまで効能を引き上げられるとは」

「おじさんもそう思う。もっと便利なチートをください」

「おハーブマイスターに、不可能はありませんわ。ぶっ壊れおハーブでしてよ!」


 おハーブ大好きお嬢様の絶対的な自信。ちょっとだけポジティブを分けてくれ。


「では、こうしよう。私が長年悩まされた貧血を治したその奇跡、もう一度体現してくれ」

「またフラフラした時、ハーブティーで治まればいいの?」

「違う。私にはもう1つ悩みの種があってだな。そちらの処置を頼みたい」


 カミツレさん、コホンと咳払い。少しだけ恥ずかしそうに。


「実は、不眠症にも悩まされている。身体が疲れていても、ちっとも眠れないのだ。布団を被って、どれだけの羊を数えたことか。柵が壊れ、逃走した羊たちも数知れず」

「不眠症。満足に寝れなきゃ、翌日大変ですよね。それが何度も続くと」

「あぁ、午睡を取れば、ますます夜に目が冴えてしまう。悪循環だよ」


 苦笑いをこぼした、カミツレさん。


「流石に難しいだろう。エンドー氏は、医者にあらず。突然、持病を告白されても対処に困るはず」

「問題ありませんわ!」

「ローレル?」

「ご安心なさって、カミツレさん。不眠症と言えば、まさにおハーブこそ、ぴったりな対処療法でしてよ」


 カミツレさんは、おじさんを振り返った。


「そうなのか?」

「素人おじさんでも知ってる知識。ハーブやアロマセラピーが不眠症に効くのは」

「ふむ、それは期待できそうだな」


 カミツレさんがポニーテールを揺らした。


「もし、どうしてタクミ様に確認を取りましたの?」


 不満そうなローレルさんを前に、おじさんは考え込んだ。


「……アロマセラピーか」


 漠然としたアイディアが頭上を旋回している。こつんと閃きが落ちてきた。


「あっ、ハーブキャンドルだ!」

「ハーブキャンドル、だと?」

「おハーブキャンドルですわ!」


 復唱されて、ちょっと恥ずかしい。


「やっと、新商品を思いついた。ハーブティー以外の商品に頭を悩ませてたけど、ハーブキャンドルを作ろう。ちょうど、不眠症の人のために実践できるし」

「む。よく分からんが、エンドー氏の役に立つなら協力しよう」

「カミツレさんは、夜寝れない状態を万全にしてくれれば」

「不眠症の人間にかける言葉ではないな」

「すいません」


 呆れる美人に、おじさんは頭を下げるばかり。


「タクミ様、おハーブキャンドルを早速作ってくださいまし」

「そんなに使ってみたいの?」

「わたくしは、親友の安寧のみを祈っていましてよ」

「本当は?」


 見つめ合う刹那のアイコンタクト。ロマンティックは止まっちゃう。


「使いてぇですわ!」


 そして、正直である。

 おハーブ大好きお嬢様の期待を背に、おじさんは作業の準備を始める。


「用意するのは、紙コップ、ロウソク、糸、ドライハーブ、精油」

「おハーブマイスター、準備完了ですの」

「はやっ。助手が優秀過ぎてつらい」


 おじさんが動き出した瞬間、テーブルに必要なものが揃っていた。


「じゃあ、一通り見せますね」

「よろしく頼む」


 まずは、ロウソクを溶かす。鍋にお湯を張り、ロウソクを湯煎していく。乾燥させたカモミールとラベンダー、精油を鍋に放り込んで混ぜ混ぜした。

 ロウソク液を紙コップへ流し、糸を垂らしてしばらく冷やす。

 ロウソクが固まったか確認し、紙を破けばあら不思議。


「ハーブキャンドル、完成っ」

「素晴らしいですわ! おハーブの新たな創造、クリエイティブでしてよっ」


 パチパチと拍手喝采お嬢様。


「そんなに持ち上げなくても。昔、母親が作ってたやり方の丸パクリだから」

「謙遜しないでくださいまし。わたくしは、タクミ様の手際に感激したのですから」

「……ローレルさんと知り合えて、良かった」


 純粋に凄いと褒められて、照れくさいおじさん。

 バイトではどれだけ頑張っても――以下略。


「コホン。2人の世界に割り込んですまない。そのハーブキャンドルとやら、使えるのか?」

「そういう世界観じゃないですから! 一応、鑑定書で調べて」

「お待ちくださいましっ」


 ローレルさん、鑑定書をひったくり背中に隠した。


「如何に?」


 ポニテ美人が眉をひそめると。


「あなたは未だ、おハーブに懐疑的な様子。いざ、ここで勝負と致しましょう」

「勝負だと?」

「タクミ様のおハーブキャンドルVSカミツレさんの不眠症。寝るか、寝れないか。絶対に負けられない睡眠をかけたデスマッチの開催を宣言しますわ!」


 ローレルさんが、なぜか得意げに仕切り出した。レフリーかな?


「お前は、訳の分からないことばかり口走るな。何も使わないとは言ってないだろう。エンドー氏の新アイテム、試させてもらうぞ」

「バトル展開の方が燃えますの。タクミ様が勝てば、カミツレさんは下働き。あなたが勝てば、わたくしが先ほどの一件を熟慮する。この条件でいかがかしら?」

「……ほう。ならば私は、意地でも開眼することになるが。二言は、ないな?」


 不眠症に悩むカミツレさん、完徹を決意。さっさと眠りなさい。


「おハーブは不眠症などに負けませんわ、おハーブは絶対に負けませんのよ!」


 ローレルさんは、自信満々に大事なことを二度言った。

 俗に言うフラグの気配を感じたものの、チート能力に適用されるのか。


「対立構造作る暇があるなら、テーブルをさっさと片付けたいなあ」


 畢竟、おじさんはどちらでも良いと思いました。

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