第12話 貧血
静寂が店内を支配した。
2人きりの中、眼前にカミツレさんが座っている。
気まずい。緊張する。手汗が止まらない。
おじさんは、美人と小粋なトークなんてできないんだ。
仕事以外の会話、何を話せばいいか分からない……
ローレルさんも綺麗な容姿だが、いろいろとアレ枠ゆえ緊張しない。
「あ、あの」
「どうした?」
「ご趣味は?」
「剣術の鍛錬を少々」
お見合いかっ。
現実を直視できない、おじさん。暗闇を求め、テーブルに突っ伏す。
「私は客ではない。気にせず、エンドー氏の仕事を続けてくれ」
「今、新商品開発に難航中。アイディア待ちの、もったいない時間です」
「商売は疎くてな。力になれそうにない」
「あ、おじさんの役目なんで大丈夫です」
徐に、コンビニの幻影が脳裏をかすめた。
バイトリーダーは、みんなを助けるのが仕事。
一にOJT、二にフォロー、三、四にフィードバック、五に業務評価。
じゃあ、バイトリーダーを助けるのは誰の仕事? 甘えるな、自分でやれよ(店長並感)。
愚鈍な店長とオーナーほど、文句ばかり吐き捨てる。粗探し特化のSVも消えてくれ。
みんながバイトする時、アットホームな環境は気を付けよう。
……俺たちはファミリー、やろ? その一言で個人を殺す連中だ。
往年積年の恨みで、闇堕ちおじさん寸前のところ。
「エンドー氏。おじさんと名乗っているが、おいくつなのだ?」
「30歳です。アラサーならぬジャスサー」
「まことか?」
パチパチとまばたきした、カミツレさん。
「おじさん、ウソツカナイ。老け込んでるのは、自覚してるよ」
9割9分9厘9毛、原因はコンビニバイト。精神、肉体ともにボロボロさ。
「いや、私と同年代だと予想していた。まさか、10歳も上とは失礼した」
「中年男にお世辞を言っても仕方がないでしょ。若い頃と比べて、老いを感じるなあ」
朝食べるのがきつい。階段がきつい。腰がきつい。筋肉痛は、二日後遅れてやって来る。
やっぱ、つれぇよ……おじさんが、加齢臭もとい哀愁を漂わせていると。
「本心で驚いている。今までローレルに浮いた話を聞かなかった。ついあなたに探りを入れてしまい、謝罪しよう」
「ローレルさんは、ハーブか、それ以外か。極論2択で、浮ついた話題は提供できないよ」
「今も昔も、変わらないか。ある意味、一途な想いを抱いている」
カミツレさんは、やれやれと肩をすくめた。
きっと、彼女はおハーブ大好きお嬢様に振り回されたのだろう。
つまり、おじさんが辿る道を歩いた先輩。
その苦労を共感できれば、カミツレさんと仲良くなれるかもしれない。
先んじて、ローレルさんの過去バナで盛り上がろうとしたちょうどその時。
「ただ今、戻りましたわ! タクミ様、アフタヌーンおハーブティーの用意はよろしくて?」
本日の主役、ようやく帰還。
チリンチリーンと登場の鈴が鳴った。
「戻ったか、ローレル。遅いぞ」
「はて、カミツレさん……? わたくしの幼馴染がなぜここに?」
「お前の父上から依頼を受けたのだ。奔放な娘を真面目に働かせるように、とな」
億劫そうな口ぶりとは反対に、笑顔を見せたカミツレさん。
「それは、ご立派な依頼でしてよ。いつも側近に仕事を押し付けて、ゴルフに興じる領主の発言でなければですが」
ローレルさんは珍しく、辟易とした。
おじさんが3時のおハーブを失念した時くらい、しかめっ面である。
「とにかく、久しぶりだ。ローレル、元気そうで安心したぞ」
「最後に会ったのは、カミツレさんが騎士学校を退職する前ですの。あなたの体調を考慮すれば、仕方がありませんわね」
「私の事情など些事だ。む……少し痩せたか?」
カミツレさんが、ローレルさんと再会のハグを交わす。
「いいえ、むしろ微増ですわ。タクミ様がわたくしに、毎日熱いおハーブをくださいますの」
なぜか、ポッと頬を赤く染めたお嬢様。
「……エンドー氏?」
「言い方に悪意を感じる! ハーブティーね、ハーブティー」
美人に睨まれて、おじさんは委縮しちゃう。
「あぁ、すまない。ローレルの奇天烈な言動が久しぶりで、まともに反応してしまった」
「わたくし、常に品行方正を心がけていましてよ?」
「ハーブハーブと戯れなければ、お前は立派な令嬢さ」
「カミツレさんは、思考の柔軟性を伸ばすべきですわ。騎士学校に、頭の体操を取り入れてくださいましっ」
2人の談笑が続く。
どうやら、気の置けない旧知の仲は健在らしい。
お邪魔なおじさん、即刻退散。
なんだろう。コンビニバイトの夜勤上がりを急に思い出した。
急遽呼び出され、深夜から早朝まで強制労働させられる。勤務中は機械のごとくルーティーンを刻むゆえ、あまり苦痛は感じない。
さりとて、タイムカードを切った瞬間、ふと人間に戻るのだ。
退店間際の全く顔が合わない、感情なきお先に失礼とお疲れさまのやり取り。
その寂寥感たるは……実に虚しいね。
嫌な思い出ばかり募っていく。おじさん、こんなでも若い頃は楽しかったよ。
もしかして、おじさんのヌメヌメした負のオーラが伝播したのか。事態が動いていく。
「うぅっ……」
ふらりと、カミツレさんは倒れ込むようにテーブルへしがみついた。
「カミツレさん!?」
「あ、案ずるな……いつものことだ」
カミツレさんは苦悶の表情のまま、ローレルさんを制止する。
「ど、どどど、どうしたっ?」
想定外の事態に弱いおじさん、挙動不審で衛兵待ったなし。
「何でもない、少し疲れが出ただけだ」
「カミツレさんは、幼少の頃から突発性貧血を患っていますわ。運動神経が良く、剣術も長けており騎士学校を首席で卒業しましたの。しかし、その頃を境に貧血の頻度が多くなり」
「ローレル。エンドー氏に余計な話を、するなっ」
顔を歪めながら、息を荒げたカミツレさん。
「これは、私の問題……持病と一生付き合っていく。お前とて、変わらないはずだッ」
「辛い時は、弱音を吐いてくださいましっ。わたくしとあなたは、心に壁を作らなければいけない関係でして?」
額を押さえたカミツレさんを、ローレルさんが優しく背中を撫でていく。
そして、オロオロするおじさん。
ったく、これだからコンビニ人間は。マニュアルがなきゃ、何もできないのか!
否、マニュアル以外の余計な真似をするな! 心の奥底に、店長ギアスが発動した。
「……ハッ、閃きましたわ!」
ローレルさんが振り返って、おじさんを見た。
おじさんも振り返って、誰もいなかった。悲しいね。
「タクミ様! コントはやめてくださいましっ」
「いや、己の無力さに凹んでたんだけど」
「冗談はまた今度付き合いますわ! おハーブです! おハーブでしてよっ」
お嬢様が例のブツを連呼する。禁断症状か?
「あのさぁ、ローレルさん。友人が苦しんでる。流石にこんな時まで、ハーブティーしばきたいとか我慢しなって」
「その勘違いは心外ですの! わたくしがタクミ様と出会った状況、忘却なさいまして!? 長年の頭痛を瞬時に吹き飛ばした即効性――おハーブティーは伊達じゃありませんわっ」
「……っ! おじさんのハーブティーは、ぶっ壊れだった!」
促されるまま、おじさんは行動を開始する。
確か、貧血に有効な組み合わせがあったはず。思い出せ、思い出せ、思い出せ。
「趣味の園芸……母親が飲んでた……え~~、レモングラスとミントッ」
部屋の壁際に寄せたプランターから、細長い草と新芽を引っこ抜く。
レモングラスとミントを洗うや、いつもの手際でハーブティーを作った。
「クッ……視界が、おぼつかない」
「急いでくださいましっ」
「3分間待ってくれ」
ムスカ大佐が待てる時でさえ、ローレルさんには待ち遠しかった。
蒸らしたポットの中身を確認する。黄色と緑色が混ざった、イエローグリーンな液体。名前よろしく、レモンと爽やかな匂いが漂った。
おじさんのカップに注いで、ブレンドの完成。湯気上がる出来立てのホットだ。
「はい、どうぞ」
「結構なお手前ですわっ」
ハーブティーを受け取った、ローレルさん。
フゥーフゥーと冷まして、カミツレさんの口へ運ぼうとするが。
「待てっ、ローレル……そんな草を煎じた液体など、私は飲まないぞ」
「駄々をこねないでほしいですの。あなたは昔から、薬は嫌々ですものね。苦くないですわ」
「――笑止。ハーブなど、信用に値せず。ポーチに薬が」
「だまらっしゃい! おハーブをバカにされては、こちらも引き下がれませんのよ」
常用薬持ってるなら、それで済ませてもいいと思う。ちゃんと効くなら。
もちろん、おじさんの常識的解答は採用されないので押し黙った。
おハーブ大好きお嬢様、純粋なパワーで貧血の友をイスに座らせた。
「今です、タクミ様! この分からず屋に、おハーブティーをキメてくださいましっ」
「お、おう」
おじさんは、ハーブティーをいつの間にか押し付けられていた。
ローレルさんに口を開かされたカミツレさん。
「何を、する。や、やめ……っ!」
抵抗むなしく、おじさんのハーブティーが並々と流れ込んだ。
「ごぼぼぼばばばば――っ!」
「良薬は口に苦し。されど、おハーブティーは口に甘し、でしてよ」
そして、ドヤ顔である。
だからどうした? そんなツッコミもまた、どこかへ流されていく。
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