第11話 カミツレ

 閑散とした店内に、窓を叩く雨粒の音が響いた。

 ハーブを使った新商品に頭を悩ませるも、ちっとも閃かない。

 おじさんは頭の後ろで腕を組みながら、どうしたものかと天井を仰いだ。


 冒険者ギルドや商人組合の知り合いに、ローレルさんは営業をかけると言っていた。大口顧客に卸せれば、実店舗の販売が道楽稼業になるかもなあ。

 否、おじさんの人生がそこまでスムーズとは露ほど思わず。ご都合主義に愛されているなら、今頃おじさんSUGEEEを演じていた。


 いかんせん、ハーブティーの効能がぶっ壊れすぎてそのまま出すのは危険。

 駅前で配ったサンプルは、ジュースと混ぜてかなり希釈したハーブティー。

 邪道ですわ! 冒涜ですわ! 味変、嬉しいですわ!

 などと、おハーブ大好きお嬢様が怒り心頭だった。なんと、3杯しか飲まなかった。


 それでも、上級ポーションを上回った効能がある。容量用法を守ろう。

 目をつむっていると、チリンチリーンとドア鈴が鳴り響く。

 ローレルさんが帰ってきたのだろう。


「邪魔をする」


 知らない声だった。

 飛び起きた、おじさん。来訪者を確認するや。


「あ、すいません。まだ開店準備中です」


 黒いロングコートを着た美人が、店内に足を踏み入れていた。

 青髪のポニーテールに切れ長の目、凛々しい雰囲気を纏っている。


「……」


 傘の先端から雨粒がぽたぽたと落ちていく。


「肩、濡れてますよ。今、拭くものを」

「気遣い無用だ」


 美人が首を横に振った。


「確認したい。あなたが、エンドータクミ氏だろうか?」

「その名称で呼ばれた回数は多いです」


 嫌な予感しかしない。


「そうか、ならば……っ!」


 ポニテ美人がカッと開眼した瞬間、距離を詰めてきた。


「――っ!?」


 マズい、やられるっ!

 無防備おじさん、万事休す。戦闘系スキル、ないです。

 走馬燈が流れ始めた。

 エンドロールのほとんどが、コンビニバイトの強制労働の日々……爆ぜろッ。


 おハーブティーですわ! おハーブティーですわ! おハーブ――

 後半、ドップラー効果で何か聞こえた。幻聴です。

 あれ? 生きてる? 五体満足? 視界、オープン。


「相談がある。ローレルの特殊な趣味に関してだ」


 間近に迫る青髪の女性は、困ったような表情で深く息を吐いた。


「彼女のハーブに対する執着、是正できないだろうか?」

「それ、アイデンティティの喪失では?」


 没個性おじさん、個性死んじゃうよと諭した。

 おハーブ言わないローレルさんは、ただのお嬢様である。


「すまない、名乗っていなかったな。私は、カミツレ。ローレルの友人だ」

「はあ、遠藤匠です。真の仲間です」

「真の仲間……だと?」


 眉をひそめた、カミツレさん。


「いや、理解した。大方、ローレルが嘯いたのだろう。彼女は突拍子のない発言が多い」

「まともな判断! おじさん、感動したっ」


 まさか、ローレルさんの友人に常識があったとは(失礼)。

 カミツレさんは、若干引き気味に。


「エンドー氏は、おハーブマイスターを名乗っている。相違ないな?」

「相違しかない! おじさんは、ハーブに関して素人。スキルの相性が良かっただけの素人ハーブだよ。素人ハーブって、何だっ?」


 そして、セルフツッコミである。

 ふむと顎に手を当てた、カミツレさん。


「やはり、巻き込まれた口か。一応、あなたが我が友に怪しいハーブを盛ったと危惧していた。しかし、たぶらかしの線は杞憂だったな」

「いやあ、初対面のおじさんを信用しないほうが」


 無害おじさんだけど、美人は自己防衛に努めてください。


「エンドー氏にはローレルの相手、ひいてはハーブ関連の話題に苦労がにじみ出ている。その辟易とした表情には見覚えがある」


 カミツレさんは苦笑する。


「幼少の頃、ハーブハーブとうなされるほど囁かれた私にとって、あなたの気苦労がヒシヒシと感じ取れるのだ」

「そ、それは……ご苦労さまでした」


 おじさんは、図らずもカミツレさんにお辞儀した。

 会って間もないおじさんでさえ、おハーブ地獄の入口にしか立っていなかった。

 はたして、おハーブ地獄の最奥に誘われた時、正気を保っていられるのか。

 誰も答えてくれない問いだった。悲しいね。


「話を戻そう。私の目的は2つ。その1つがローレルに節度を持たせること。すなわち、ハーブへの異常執着を是正させたいのだ」

「おじさんは、ハーブで稼ぐ予定だからなんとも。生活できなくなっちゃう」


 もうコンビニバイトには戻らない。決めたから。


「ローレルと連絡した際、ついに理解者を見つけたとはしゃいでいたな」

「恩はあるけど、理解者ではないね」


 お嬢様ほどの情熱はない。低燃費系おじさんは、エコ。


「エンドー氏、彼女の経歴はどれくらい聞いている?」

「あまり知らない。女子のプライベートを根掘り葉掘り聞いたら、セクハラ案件でしょ」


 おじさん、コンプライアンスを順守します。


「教えてもらったのは、シロガネーゼとおハーブ探しの冒険者。おセレブなのに、趣味の極みを優先した変人……信念を持ってるなあ」


 一本おハーブが通ったお嬢様。その芯、柔らかそう。


「フッ、真の仲間に偽りなしか。認めるしかあるまい」


 なぜか納得したカミツレさんに、おじさんは悲しい顔になった。


「ならば、もう1つの目的も披露しよう。ローレルは、地方領サイタマの領主の娘だ」


 望まぬ形で、ローレルさんの背景が暴かれていく。


「彼女は領主代理として、カゾ村の興業を一任されている」


 控えめに言って、お嬢様は頭おハーブ畑ですわ!


「私は、ナイトの称号を賜った騎士学校の元教官。本日付で、領主代理の監督補佐を担当する。以後よろしく頼む」


 カミツレさんが仰々しく、胸に手を当てた。


「ナンダカナー」


 この上なく、面倒事に巻き込まれた気がする。

 とりあえず、おじさんは途方に暮れるのであった。

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