第10話 宣伝

《2章》

 ハーブショップの開店を目指して、忙しい日々が続いた。

 おじさんは商品開発、ローレルさんが宣伝や営業を担当することに。

 店内の清掃や搬入をあらかた片付け、今日は駅前広場でサンプル配り。

 ペットボトルに似せた容器に、冷やしたハーブティーを入れてきた。


 ふと、カゾ駅を眺めた。

 もちろん、現代日本じゃないので電車は走っていない。シュッポー機関車だ。

 改造した人力車にハーブティーを積み込んで持ってきた、おじさんたち。


 キッチンカーがあると便利なのだが、やはり用意する難易度が高い。偶然たまたま、あらゆる自動車を販売する<ディーラー>スキル持ちの先輩転生者と遭遇できないだろうか。

 え、そんな奴いるわけない?


 ハーブティーをラストエリクサーに変える輩が存在するんだ。時間の問題である。


「チートを索敵するスキルがあれば、交渉できるんだけどなあ」


 おじさんは噴水のベンチに座って、ない物ねだりを独り言ちた。

 盛況な様子が視界に入る。その賑わいの中心に、働き者の姿あり。


「おハーブですわ! おハーブですわ! 体力回復、魔力回復、疲労に状態異常、何でもござれなおハーブティーでしてよ!」


 パンパンッと手を叩いた、ローレルさん。


「持病の頭痛や冷え性、貧血、不眠症にもバッチリ効きますの! 女性、必見ですわっ」


 女性目線の謳い文句に、おじさんはうんうんと頷いた。

 そういえば、ハーブティーを嗜む男ってイメージないな。


「ただ今、試供品を配っておりますわ! どうぞ、貰ってくださいましっ」


 さりとて、美人の透き通る声につられたのは野郎が先だった。


「おいおい、ネーチャンよお。たかがポーションに、誇大広告はいけねえなあ? 体力、魔力、疲労に状態異常の回復だとお~? へっ、とんだ上級ポーション詐欺だぜ」

「偽りではありませんわ。おハーブティーを、その辺の薬液と同列に扱わないでくださいませ」

「言うじゃねーか! 俺は、中堅冒険者・カマセ! 自分で言うのもなんだが、カゾの村ではそこそこ名が知れ渡ってるんだ。この意味が、分かるか?」


 背中に大剣を背負った冒険者がニヤリと笑った。


「分かりませんわ! どなたでして?」

「俺を騙したら、ただじゃ済まねえって意味だ、覚えとけ! ……ほんとに知らない?」

「全く、存じ上げないですの」

「あっ、そう……」


 がっくしと凹んだカマセは、すぐに立ち直って。


「ククク、俺はちょうどクエスト帰りでなあ。体力、魔力の減少。疲労状態の蓄積。どうだあ、丁度いい証人だと思わねえかあ? もちろん、それが本物の効果があったらの話だけどな」

「つまり、おハーブティーが飲みたいのですね。その気持ち、分かりましてよっ」


 多分、気持ちはすれ違っていた。


「じゃあ、一つ勝負といこうじゃねえか! そのおハーブティーとやらが、美人なネーチャンの言った効能なら俺の負け。冒険者仲間に宣伝してやるぜ」

「知名度アップですわ」

「しかし、道具屋で買えるポーション程度だったら俺の勝ち。騙そうとして、恥をかかせた責任を取ってもらおう」


 カマセが、ぐへへと笑った。


「今日は懐が温かくてよお。馴染みのホテルで夜の相手、付き合ってもらうぜえ」

「我欲が過ぎると、人でなくなりますわよ?」


 ローレルさんが年上冒険者を嗜める。

 我欲……強烈なおハーブ欲求。

 おじさんは、そっと視線を外した。


「おハーブティーの真価、骨の髄まで浴びてくださいましっ」


 自信満々にサンプルおハーブを手渡した、ローレルさん。


「今夜は寝かさねーからよお。景気付けの一杯、ネーチャンの綺麗な顔に乾杯っ」


 ご機嫌なカマセが、ゴクゴクとハーブティーを一気飲みした結果。

 刹那、翠玉色の光に包まれる。


「う、ううう、ううううう」


 突然、手を震わせて容器を落とした。


「な、なんじゃこりゃぁぁあああーーっっ!?」

「どうですの、感想は?」

「どうもこうもねえだろ! 感じる、感じるぞ! ステータスを確認するまでもねえっ。体力と魔力が全快してやがる。それに、疲れが一瞬で吹き飛びやがった! こ、腰もっ。持病の腰痛が急に楽に!? どうなってんだよ、こいつわあっ!」


 え、どうなってんの? ハーブで腰痛改善? 何それ、知らない。こわいなー。

 おじさんが途方に暮れるや、膝から崩れ落ちたカマセ。


「お、俺の負けだ……ネーチャンを侮って冷やかした奴に、こんな仕打ちあんまりだ。天にも昇る心地良さ。俺の器がどれだけ矮小だったか、思い知らされたぜ。ありがと……よう」

「自分で気付ければ、あなたは前に進めますわ。おハーブの前では、全てが平等ですもの」


 ローレルさんは、まるで天使のような微笑みを携えた。

 全快したはずのカマセ、生まれたてのバンビよろしく立ち上がり。


「みんな、聞いてくれ! このハーブティーはただのポーションじゃねえ! 無料で配ってる今がチャンスだ! 貰っとけ、貰っとけ! 疲れた時に飲むのがおススメだ……飛ぶぞっ」


 自称村の有名人の号令が放たれた。


「僕にもくれっ」

「あたしにもちょうだい」

「限定アイテムは都会で高く売りつけてやるで!」


 遠巻きに眺めていた野次馬たちが一斉に集まってくる。

 ちなみに、転売ヤーの顔は覚えた。あとで、回収しよう。


「お待ちくださいまし、お待ちくださいましっ。在庫はたくさん用意してきましたわ! 一列に並んで順番でしてよ!」


 老若男女問わず、瞬く間に行列ができた。

 おじさんも休んでる場合じゃない。急いでフォローに回ろう。


「ローレルさん、手伝うよ」

「タクミ様は、人力車からおハーブティーを運んでほしいですの。わたくしが手渡す時に、リピーターの営業を行いますわ」

「おじさん、積み荷を降ろすのは得意だ」


 元、コンビニバイトです。

 配送トラックが来たら、荷物の半分はおじさんが倉庫に運んでました。

 運転手がちんたら作業で遅いのは、バイトリーダーの責任……は?

 突発的に沸々と湧き上がる怒りを抑え込んだちょうどその時。


「ちゃんとまっすぐ並べ! 全員分、あるからよお! 俺の目が黒いうちは、迷惑かけたら承知しねえからなあ!」


 自発的に、行列整理を買って出たカマセ。


「ネーチャン、おハーブティーのファンになったよ。あんたの商売、応援してるぜ!」

「見知らぬ人と心を通わせる。全ての道は……おハーブに通じましてよ!」


 ローレルさん、感涙にむせぶ。

 ……イイハナシダナー。

 おじさんは心を無にして、黙々と荷下ろしに励むのであった。

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