第23話 オープン初日

《3章》

 機が熟した。

 ローレルさん語録だと、おハーブが蒸れた。

 宣伝、新商品製作、開店準備。

 1カ月の猶予期間を経て、ついにオープン初日である。


 ハーブショップに積まれていた荷物を片付け、部屋の隅々まで掃除した。

 明るい雰囲気を出すため、ピカピカに磨いたインテリアが置いてある。

 商品棚には、ドライハーブ、ハーブティー、ティーバッグ、ハーブソルト、ハーブキャンドル、ハーブバスソルトが陳列されている。試行錯誤して完成したアイテム。


 バジル、ミント、ローズマリー、ローズヒップ、ハイビスカス、マリーゴールド、レモングラス、ラベンダー、カモミール。たとえ、おハーブ大好きお嬢様が爆飲みしても、ハーブの貯蔵は大丈夫さ……多分。


「そろそろ開店するけど?」


 おじさんはドアの前で深呼吸した。

 一応、2人の様子を確認しよう。


「いいだろう。わ、私はナイトの称号を持つ者っ。このような事態、動じるものかッ」


 めちゃくちゃ動じていた、エプロン姿のカミツレさん。

 プルプルと震えた両手を組み、あっちこっちへ視線が右往左往してしまう。


「そんなに緊張しなくても。普段の調子で大丈夫ですよ」

「接客業は初めてなのだ。不手際を起こすわけには、いかぬっ」

「おじさんも、コンビニバイトの初日ビビったなあ」


 そう、あれはおじさんが若い頃――長文につき、割愛。

 さて、ローレルさんはどんな様子かな? 念願のハーブショップが始めるのだ。

 いつも以上に、テンションがおかし――もとい、高揚感に包まれているかもしれない。


「今日のおハーブティーもうめぇですわ! グビグビでしてよ!」


 ローレルさんは、カウンター席で優雅にカップを持ち上げていく。

 いつも以上に、ハーブティーをキメていた。すでにティーポットが1つ空っぽである。


「タクミ様、ただの試飲でしてよ? おハーブティーに不備があれば、おハーブショップの名折れですもの。客人に提供できるか、最終チェックをしていましたの」

「控えめに言って飲み過ぎでは?」

「……わたくしを満足させるとは見事なものですわね。合格ですのっ」


 勢い任せにそう言って、ローレルさんがすまし顔で後片付けに準じた。

 商品に手をつけなかった辺りは評価できるね。激甘採点。

 おじさんは、ナンダカナーと両手を広げてみせた。

 いちいち、緊張しても仕方がない。


 パッと見、よく分からん草を売る店だぞ。簡単に繁盛するわけがない。悪く言えば、お嬢様が趣味の延長線上で開いた道楽商売。果たして、ビジネスとして成立するか。


 コンビニバイトに戻るのは嫌だなぁ~と思いつつ、おじさんは運命の扉を開いていく。

 オープンの合図。チリンチリンと鈴が鳴った。

 その結果は――


「……」


 手前の通りには、誰もいなかった。普段と同様、閑散としている。

 近所の住民は散歩してないし、大通りを外れた迷子もいない。シェアハウスの変人たちも普段は暇を持て余しているくせに、その姿を見つけられなかった。


「……そっか。そうだよな」


 おじさんは立ち尽くして、思わず腑に落ちた。

 世の中、常識人が多いらしい。ムサシの国は捨てたもんじゃない。


「エンドー氏。あまり気を落とすな。ローレルの酔狂が発端ゆえ、開業にこぎつけただけでも上々だよ」

「おじさんは平気。ただ、嫌な予想が当たっちゃったって」


 カミツレさんに励まされるも、別に凹んでいない。

 リアリティー強めな現実なんて、おじさんは慣れているのだから。


 むしろ、ローレルさんがショックを受けたに違いない。己の趣味が全否定されたと、心にトラウマを植え付けられたかもしれない。

 三度の飯よりおハーブティーなお嬢様へ、どんな説明をするべきか思い悩んでいると。


「――遅くなったなあッ」


 大剣を背負った冒険者が、大通り側からやって来た。

 おじさんと目が合うや、ニヤリと笑みを漏らした。


「おう、ニーチャン久しぶりじゃねえかあ!」

「あ、あなたは……っ! どなたでしたっけ?」

「カマセだよ! この前、駅で会っただろうがあッ」


 えっと、確か難癖付けてきた人?


「俺は、中堅冒険者のカマセ! この辺じゃあ、わりと有名だろうがあーっ!」

「そうなんですか?」

「そうなのか?」


 おじさんとカミツレさんは首を傾げるばかり。


「ったく、近頃の若いモンは……おい、ネーチャン! ローレルのネーチャンはいるか!」


 カマセの呼び声に、店内からお嬢様が顔を出した。


「騒々しいですわ。客人なら列に並んでくださいまし」


 ローレルさんが、カマセの来訪に瞳をまたかせる。


「あなたは……」

「おう。あの時は世話にな」

「どなたでして?」

「カマセだよ、カマセ!」


 中堅冒険者で、そこそこ村じゃあ有名人のっ!


「わたくし、中堅冒険者の知り合いはおりませんのよ」

「おめーら、駅でハーブティーの試供品配ってただろ! 因縁付けたにもかかわらず、すっかり返り討ちにされた男だよ! って、自分で言わせんな!?」


 そして、ノリツッコミである。

 ぜえぜえと肩で息をした、カマセ。


「あ、おハーブ堕ちした人か」

「はて、カミツレさんと同類でして?」

「不審な男と一緒にするな。私はローレルに謀れた被害者だぞ」


 おじさんたちが、ハーブショップへ退避しかけたちょうどその時。


「好き勝手言いやがって! 俺は目が覚めたんだよ、スッキリしたんだぜえ! ハーブティーのおかげでなあッ」

「おハーブ愛好家に、悪人はいませんわ! カマセさん、歓迎しましてよ?」


 ローレルさんは、同じ気配を感じたらしい。


「勘弁してくれ、ハーブの変人を増やすな」


 げんなりするカミツレさんをよそに、話が盛り上がっていく。


「今日がハーブショップのプレオープンだろ? 俺はよお、楽しみにしてたんだぜえ」

「残念ながら、閑古鳥が鳴いてますよ」

「ああん? マジかよ、ハーブティーすげえのになあ」

「おハーブは高尚な趣味ではなく、市民権の獲得がおハーブショップの目的でしてよ」


 意外と、しっかり考えてたローレルさん。

 でも、一番の目的は毎日ハーブティーしばくことでは?


「ククク、だったら俺の手伝いも無駄じゃなかったモンだぜえ」


 カマセが嗜虐的な笑みを漏らした。


「安心しろ、もうすぐムクドリたちがぴーちくぱーちく鳴くからよお!」

「何かしたのか? あまり余計なトラブルを引き起こすなよ」

「言ったはずだろ。俺はこの村じゃあ、それなりに顔が広いってよおッ」


 あっちを見ろ、とカマセが大通りの方へ顔を向けた。

 人影がぞろぞろと現れる。


「ローレルちゃ~ん、新店オープンおめでとう」

「カミツレさん、教えてくれないなんて水臭いじゃな~い」

「エンドー。まさか、こんな場所で美人と店を始めるとは。うらやまけしからん」


 店長!? シフトサボるな! コンビニ店長なら、24時間働け!

 初手、私怨。つい、ポロリした。

 ローレルさんとカミツレさんも、知り合いやら顔見知りと遭遇した。


 他にもぞろぞろと、冒険者、商店街の顔ぶれ、駅でサンプルを配った人、商人組合、ギルドの関係者が足を運んでいた。あっという間に、行列ができていた。


「駅で貰ったサンプルがすごく美味しかったです!」

「見せてもらおうか、ハーブを使った新商品。その効能とやらをッ」

「ワタシ、女性だからぁ~。ハーブのリラクゼーションに期待しちゃうなぁ~」

「エンドーが抜けて、ほとんどの負担が私に……仕事つらい……」


 お客さんたちが思い思いの感想を伝えてきた。店長は黙って。

 急に忙しくなったおじさんたち。

 渋々一番乗りだったカマセを先頭に、店内へ案内していく。


「ガハハハ! 駅で迷っていた連中を誘導してやったぜえ! 感謝しろよなあッ」

「お前の知名度は全然関係ないじゃないか」


 カミツレさんは、頼りにならない中堅冒険者をねめつける。


「細かいこと気にしたら、負けだ! ハーブティーを3セットくれ。ローレルのネーチャン、オススメを教えてくれよお」

「おすすめは、全部ですわ。おハーブマイスターのおハーブティーは、効能に応じてブレンド可能でしてよ」


 カマセの相手はローレルさんに任せて、一般客の応対をすることに。


「カミツレさん、練習通り挨拶してね」

「う、うむ。営業スマイルだなっ。感情を押し殺し、マニュアルに従え」


 ポニテ美人、正直が過ぎる件。

 ピクピクと引きつらせながらも、必死に相好を崩して。


「いらっしゃいませ! ようこそ、ハーブショップ匠へ!」


 二人目のお客が入店するや、本格的に営業初日が始まるのであった。

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