第22話 入浴後

 初手、正座。

 休憩所の畳は、ひんやり冷たい。

 楽しみだった入浴後のコーヒー牛乳はお預け。

 もちろん、おじさんたちの席にはティーポットが用意されている。


「救援とのたまい、押し倒した件をおじさんは謝罪します」

「……」


 テーブル越しに、ムスッと表情を強張らせたカミツレさん。

 湯上り美人は、長い青髪を下ろしている。


「タクミ様は反省していますの。許してくださいませ」


 ローレルさんが、カミツレさんの隣に座った。


「別に、怒っておらん。想定外の事態だったゆえ、不可抗力さ」

「優しい方。流石、わたくしの親友でしてよ」

「あぁ、エンドー氏は許そう」


 カミツレさんがこくりと頷いた。


「否、元凶たるお前は反省しろ! ローレルッ」

「~~っっ! 痛いですわ、暴力反対ですの、DVやめてくださましっ」


 頭グリグリお嬢様、目をバッテンにしてお仕置きされる。


「やっぱり、大人しく休憩所待機が正解だった」

「そうだな。素肌を触られ、弄ばれた責任を取ってもらおうか」

「えっ?」

「ふ、冗談だよ。図らずも、裸の付き合いを演じてしまったな」


 カミツレさんが相好を崩すや。


「あなたには、これの面倒を見てもらわなければならない。多大なストレスを引き受けてもらう手前、多少のお触りなど安いものさ」

「わたくしたちは、共におハーブティーを交わした仲でしてよ? 一心同体ですわ」


 ちっとも、以心伝心してないけどね。

 おじさんは、無言で答えた。


「ところで、ハーブバスソルト。結局、使ってみてどうだった?」

「体の悪い部分や毒素が浄化されましたの。やはり、心のおハーブでしてよ!」

「心の洗濯かな?」


 ローレルさんの感想は参考にできな――玄人意見なので、一般消費者にアンケートしよう。


「先ほどの入浴剤は、効能が強いな。薬湯が悦楽に浸るかのごとく、全てを包み込まれたぞ」

「恍惚の笑みが漏れちゃうくらい?」

「あれは疾く忘れてくれっ。だが、風呂が楽しくなるアイテムには賛成しよう」


 風呂上がりのアイスハーブティーを飲み干した、カミツレさん。


「……ハーブ集団の一派に加担か。気付けば私も、かなりこいつに関与してしまったな。幼馴染がアレな原因ゆえ、否定的だったのに……お笑いぐさだよ」

「まぁ、草ですし」

「他人の趣味を認めるのは難しいもの。あなたの成長に、感動せずにはいられませんわっ」


 ローレルさんが満足げな顔で、ハーブティーを口にしていく。三杯目。


「ハーブバスソルトは改良してみるよ。次のサンプルができたら、また使ってみて」

「心得た。入浴剤は、ローズマリーの香り強めで頼むぞ」

「カミツレさんがハーブの名前を覚えた、だと!?」

「そこまで驚く必要はないだろ。ハーブマニアが身近に潜んでいるのだ。耳にタコができるほど、連呼されたのは想像に難くあるまい?」


 すぐに察した、おじさん。

 事あるごとに、何でもハーブと関連付けしてくるお嬢様。こわいねー。


「ハーブバスソルト。独り占めにしたい気持ちと、世の女性に広めたい気持ちがせめぎ合いますの……わたくし、どっちかなんて選べませんわぁ~」


 ローレルさんは、頬を朱に染めながら葛藤していた。

 あなたが楽しそうで、おじさんは嬉しいです。

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