第24話 打ち上げ

 最後のお客さんを見送って、クローズの札をかけた。

 後片付けと掃除を済ませ、おじさんたちはカウンター席で乾杯した。


「完売、おめでとう!」

「おめでとう」

「めでたいですわ!」


 パチパチパチと軽い拍手でねぎらい、ハーブティーを分かち合う。


「くぅ~、労働後のおハーブティーは格別ですの! 手が止まりませんのよっ」

「まるで、労働前なら止まるかのような言い草だな」

「ローレルさんは急に止まれないから」


 疲労回復のため、今回のチョイスはローズヒップとレモングラスのフレッシュブレンド。透き通ったオレンジ色が美しい。ハチミツを少々混ぜ、甘めのハーブティーブレイクタイム。


 華やかな香りが漂う中、カミツレさんはほっと息をついた。


「売り場に出した商品を捌き切るとは、なかなかどうして大したものじゃないか? 開店時、客の姿が見えなかった瞬間は、流石にどうしたものかと天を仰いだぞ」

「初日は、知り合いとか関係者ばかり来ましたし。あまり参考にはならないかも」


 店長はハーブティーを試飲した途端、やる気がみなぎった! と、カゾマートへ帰還した。

 市販品は原液をかなり薄めたので、回復少なめでバフ効果もすぐに切れます。ざまあ。


 なぜか、カマセも店員として接客を率先していた。正直、助かった。お礼として、非売品のハーブセットをプレゼントしておく。山吹色のおハーブですよ。

 カミツレさんは基本、ハーブに興味がな――造詣が深くないので、違いなんぞ興味ないね。


「そう、謙遜するな。招待客を呼べるほど、カゾの村に知人はいないだろう? おかげで、しばらくはアイテム補充の日々だ」

「在庫はもう空っぽだよ」


 ローレルさんがビクッと反応した。不安を払拭するかのごとく、一気飲み。


「もし、タクミ様? またもや、在庫切れですの……?」

「ローレルさんが嗜む量は、ハーブ畑で栽培してるよ」

「グンマーへ遠征したのは、やはり正解でしたわ! 奮って、収穫してくださいませっ」


 おハーブ大好きお嬢様、安堵のおかわり。どう足掻いても、飲みます。


「エンドー氏、ローレルを甘やかしてくれるな。これ以上増長すれば、ろくな目に合わんぞ」

「いや、今更かと」

「今更でしてよ!」

「お前はいい加減、己を律してみせろ! 欲望の権化がッ」


 2人はいつものように、ほのぼの触れ合いタイムに突入していく。

 ハーブショップはアットホームな環境ゆえ、笑顔が絶えない職場である。

 断じて、罵声や暴力が飛び交うなどあり得ない。社員は、ファミリーです。

 コンビニバイトの日々がフラッシュバック寸前、外へ避難したおじさん。


「……月が綺麗ですね」


 そのままの意味です。夏目漱石さん、拡大解釈やめてっ。

 おじさんは、夜風に当たりながら考えた。

 異世界転生したのに、月見かい? 地球? ムサシの国は、日本風であって日本にあらず。


 はたして、おじさんは今どこにいるのか――


「どこでもいっか。おじさんが必要なんて断言する人、ここにしかいないしさ」


 ファンタジーは不思議だね、とざっくりまとめておこう。

 バタンとドアが開け放たれ、月の光を反射する銀髪が視界に映った。


「緊急事態ですわ! 可及的速やかに、伝えてもよろしくて?」

「如何に?」

「夜食のパスタにふりかけるおハーブソルトが見当たりませんの」

「それは火急の件だなあ」


 おハーブ大好きお嬢様の界隈では一大事。


「わたくし、塩以外は生やせませんわ」

「手のひらに塩生やさないで。しまって、しまって」


 ソルト、シュッと体内へ吸収されていく。塩分調整が自由ってすごくない?


「はやくっ、タクミ様の立派なおハーブをくださいましっ」

「うーん、誤解される表現」


 ローレルさんに連行よろしく腕を引っ張られたおじさん。


「昨日、キッチンの引き出しにストックしたはずだけど?」

「試食会が盛り上がりましたので、追いおハーブしてしまいましたの」

「追いおハーブしちゃったか」


 ローレルさんが満足げに語るので、再三のお叱りは青髪の保護者に任せます。


「タクミ様、ハーブショップを軌道に乗せましょう。わたくしたちのおハーブ道は、これからでしてよっ!」

「言い回しに若干の不安を覚えたけど、おじさん必死に追いかけるよ」


 そして、打ち切りである。

 おじさんの役目と言えばただ一つ。

 ローレルさんが切り開いた場所で、ハーブを栽培するのみだ。

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