第30話 とんずら

 駅前広場に着くと、ハーブティーの屋台に人が列を作っていた。

 おじさんたちが使った改造人力車より、キッチンカーの見た目に近い。羨ましいね。


「はみ出さないで、一列に並んでくださーい」

「あ、はい。すいません」


 客と勘違いされたおじさん、店員に誘導される。

 買う気がないのに、店員に捕まれば買っちゃうタイプ。気が弱いんだ。

 順番を待つこと、5分。


「てか、ハーブティーって何なんさ?」

「都会で流行ってるドリンクらしいべ?」

「健康に良くて、美味しいポーションやって。」

「んなもん、高級品さー。良薬は口に苦し、っしょ」


 カゾの村で数少ない、ナウでヤングたちが駄弁っていた。

 おじさんも若い頃、タピオカミルクティーを飲みに出かけたなあ。

 懐かしや、あぁ懐かしや。ノスタルジックな感傷に浸っていると、順番が回ってくる。


「いらしゃっせー。ご注文、どうぞー」

「あの、このハーブティーって自家製ですか? フレッシュとドライ、どっち使ってます?」

「はい? さあ……? 自分たち、バイトなんで詳しいことはサッパリっす」


 店員が首を横に振って、淡々と答えた。


「ドリンクサーバーって容器に、ハーブティーって飲み物が入ってるんですけど。黄色が、レモングラス。紫色が、ラベンダー。橙色が、カモミール。マグカップに注いで、一杯ずつ売る。自分たちが教わったのは、それくらいっす」

「わざわざ説明してくれて、ありがとうっす」


 バイトにあれこれ文句を言っても、仕方がない。ほんとに知らんだろうし。

 コンビニでカスハラをたくさん頂戴した、おじさん。同じ嫌な思いは味わわせたくない。


「えっと、フレッシュにドライでしたっけ? お客さん、もしかしてハーブ通ですか? それなら、商店街の奥にハーブショップがありますよ。本店らしいんで、ぜひ寄ってください」


 へー、全く存じ上げない支店から本店呼びされちゃったよ。

 一体、どこから湧いて出た? 勝手に生えるのは、ハーブだけで勘弁して。


「うっす。あとで行くよ」


 正確には、あとで帰るよ。


「あざしたー。またおなしゃーっす」


 おじさんはバイトの味方なので、レモングラスのハーブティーを購入。

 一口、ゴクリ。うん。手前味噌になるものの、自分が作った方が美味。


「今のうちに、新しいバイト探した方がいいかもね。おハーブ大好きお嬢様がこの屋台を嗅ぎつけたら、厄介クレーマーに変貌すること間違いなし」

「迷惑な客くらい、捌けますって。ここ、時給高いんでまだやめられねぇーっす。ハハッ」


 そうか残念だ、と独り言ちたおじさん。

 おハーブマイスターの舌は誤魔化せても、ローレルさんのテイスティングは誤魔化せない。


 お取り潰しのためならここぞとばかりに、権力実力行使に打って出る気がする。怖いね。

 屋台ハーブティーの闇工場を調べ、盗品の証拠を掴む作戦を練り上げるや。


「デュフ、これはこれはエンドー殿。ライバル店の視察ですかな?」

「ゼニンドっ!」


 駅の改札口を抜け、件の容疑者が何食わぬ顔で現れた。ポマードでベッタベタに固めたオールバックの悪徳商人。腹回りの贅肉が稼いだ額を知らせてくれる。


「単刀直入に聞くぞ。お前が……やったのか?」

「ほむん? 一体全体、何のことですかな? 話がちっとも見えませんぞ」

「とぼけるな。ハーブに金の臭いを嗅ぎつけたのは、ゼニンドしかいなかった」

「おやおや、証拠でもありまする? 突然、犯人扱いとは憤りを隠せませんぞ」


 白々しく口角をつり上げた、ゼニンド。


「あぁ、もしや屋台の件ですな! 競合他社など、いずれ生じるもの。これ、資本主義の原則なりや。それとも、ハーブ商売の独占権を主張するつもりですかな? エンドー氏、お主も傲慢でござるなぁ~」


「……論点ずらしは結構。ハーブの普及はあの子の希望だ、別にいい。おじさんの問いは一つ――なぜ、盗んだ?」

「フヒヒヒ! おかしなことを言いまするッ」


 悪徳商人が、心の底から笑った。


「金のなる木が生えれば、切り倒す! 金のなる草が生えれば、むしり取る! これ、必定なりや。小生、金儲けが生きがいで候」

「ふざけろ! 他人の物を盗んでいい理由にはならないだろ!」


 愉悦を漏らしたゼニンドに、おじさんは不愉快を極めた。


「そもそも、小生の商いにそれがしのハーブを使った根拠などありますまい?」

「何、だと?」

「証拠が出せぬ以上、営業妨害甚だしいでござる。小生は、調べましたぞ。存じ上げていまする。畢竟、ハーブの群生地はグンマーですしおすし! 冒険者にはした金を握らせれば、いくらでも回収できますな」


 ニチャニチャと、こいつはふざけた存在である。

 さりとて、重要な情報をキッチリ入手していた。

 腐っても、もとい脂ぎっても商人。


 認めたくないものだな、金に執着する汚い大人のやり口は。

 若さゆえの過ち……を嘯きたいものの、おじさんはもう若くなかった。


「エンドー殿、共にハーブ事業を盛り上げますぞ。切磋琢磨の関係を願っていますな」


 ゼニンドが、勝ち誇ったかのように金歯を覗かせていく。

 可愛さ余らず、憎さ百万倍。


「……ふっ」


 思わず、噴いちゃった。


「さては、小生に全く以って太刀打ちできず、勢いだけで乗り込んだ己を恥じたのですかな? 当然の帰結でござる。それがし、悔い改めて候」

「いいや、違う。明らかに、ゼニンドが窃盗を仕組んだと確信した。けれど、証拠を今すぐ出せないのは事実。目下、ビジネス経験の差を痛感したところ」


「ゆえに、フランチャイズの提案に乗るべきだったのですな。フヒヒ、もはや手遅れ。いかにチャンスを掴めるか、これぞ商才の才能なりや」


 盗人猛々しいとはこのことか。そうだよっ。


「実際問題。正攻法で悪事を暴き、ゼニンドの罪を白日の下に晒すのは二の次さ」

「ほむん?」

「おじさんにとって重要な点は、ローレルさんが納得するかどうかだけだから」

「っ!?」


 ローレルさんの名前を聞いた途端、悪徳商人が狼狽してしまう。


「あ、あのハーブ女史は何処なりやっ? 小生、多忙につきお暇しまするッ」


 焦りと困惑。そんなに慌てふためかなくても。ちょっと共感したのは内緒。


「いや、一緒に来てないよ。担当する役割が別だったし」

「ふひっ、エンドー殿も人が悪いですな。小生に手練手管を弄するとは、一本取られましたぞ」


 ひどく憔悴した、ゼニンド。荒い息で、贅肉を揺らす。


「先方不在は好都合でござる。然りて、小生の王道を阻む者やなし!」

「……身構えてる時に、おハーブお嬢様は来ないものだ。ゼニンド」

「ひょ?」


 悪徳商人が安堵したつかの間、おじさんの背後から急速接近する尋常な気配。

 振り返る暇もなく。真横を通り過ぎたものは果たして、塩の結晶だった。

 ズドンと轟音が鳴り響き、視界の先に塩の柱が建てられた。

 ソルトピラー。巨大サボテンを屠った光景が重なっていく。


「あぁぁあああっっ!? や、屋台に、何か突き刺さったっす!?」

「やべーよ、やべーよ。俺、見たぜ。あっちから、すげー勢いで氷みたいな塊がさあ! 地を這って来て! 屋台に直撃した途端、ニョキニョキ生えやがった! まるで、墓標だぜッ」


 スタッフ一同呆けてしまい、ハーブ屋台の最期を看取っていた。

 鋭利な塩の結晶に串刺しされたそれは、現代アートに通じるかもしれない。


「これで3台目……違法営業の取り締まりは大変ですわ」


 ひどくつまらなそうなため息を引き連れた、ローレルさん。

 同じ技がいつでも出せるように、右手が白い光に包まれている。


「ローレルさん! 完全にただの破壊だったけど! そんなことより、どうしてここが?」


「商人組合の受付で、叱られましたの。ハーブティーの屋台に関して、営業申請書が未提出であると。わたくし、寝耳に水ですわ。つい先ほど、中堅冒険者の方にタクミ様の動向を伺ってこちらへ足を延ばしましてよ」


 ローレルさんは、ちょっと不満そうに。


「いくら弁解しようとも、おハーブの名を冠した問題騒動トラブルは総じてわたくしが原因だと決めつけられました。冤罪ですわ、心外ですの、濡れ衣でしてよ!」

「組合の人、よく理解してるね。おハーブ大好きお嬢様、その異名は伊達じゃない」

「もし、タクミ様?」


 おじさんは、うんうんと頷くばかり。

 頭おハーブお嬢様の憤慨を避けるため、真の矛先を用意する。


「あれが、おハーブ強盗の主犯・ゼニンド。盗んだハーブで金儲けしてた。流石に、他の場所でもハーブティーを売り捌いてたのは予想外だ」

「でゅふ、商売上手とは照れまする。もう少し稼ぐ算段でしたが、狂気の使徒と対峙するほど蛮勇にありませぬ。小生、これにてドロン」


 ゼニンドが指先を鼻に当てながら、懐に手を入れたタイミング。


「――っ」


 ローレルさんが待機モーションを解放するや、塩の光弾を放った。

 顔面直撃コースの速射に、完全に始末する気満々である。

 しかし、攻撃はなぜか空を切ってしまう。


「<塩力>とは、珍しいスキルでござるなフヒヒヒ! 否、些かミネラルが足りませんぞ。それでは金儲けに転用しづらいですな」


 中年男性の左目が怪しく輝いた。


「ゼニンド!」

「やはり、営業妨害この上ない邪魔者がいては困りまする。この村から手を引きますな。ハーブビジネスの拠点移し。まさに、潮時ですぞ」


 次第に、悪徳商人の姿形が薄れていく。


「エンドー殿、小生はすでにハーブの群生地・栽培方法を掴みましたぞ。もはや、ハーブの独占利益を頂戴したで候! 早々に、チャチな店を畳む準備をしておくのが賢明ですな」


 そう言って、ゼニンドは目の前で行方をくらますのであった。


「消えた!? どこ行った、ゼニンドッ」


 周囲を見渡せど、金に目が眩んだ悪徳商人の面の厚さは拝めない。

 残されたのは、塩のオブジェと化したハーブ屋台の残骸のみ。ある意味、駅前広場のランドマークが完成したと嘯けば。


「あの現象は、テレポーション。<転移>スキルを宿したクリスタルを使われましたわ」

「くそ、逃げられたか。まぁ、ハーブティーキメたローレルさんと戦うのは遠慮願うよね」


「もし、タクミ様?」


 ローレルさん、頬を膨らませておじさんを直視。

 いわゆる瞬間移動可能な転移結晶は、べらぼうに高価らしい。

 ゼニンドがそれを使ってでも撤退を優先したなんて、正しい判断じゃないの。

 おハーブ大好きお嬢様に、ハーブバスソルトの新ブレンドの献上で手を打つや。


「とりあえずの脅威は去ったけど……追いかける? ローレルさん、まだ怒り心頭でしょ?」

「必ずや、賊は討ち取りましてよ。ノン、おハーブ畑のリカバリーを優先しますわ。悪党退治より、おハーブショップに尽力してくださいましっ」


「分かったよ」


 1秒後。


「あれ……ローレルさんの使命はカゾの村の復興じゃなかった?」

「はて、おハーブより大事な復興がありまして? わたくし、今日のランチはおハーブソルト和えのベーコンパスタを所望しますの!」

「それ、好きだよね。了解」


「追いおハーブ……! 追いおハーブもお忘れなくっ」


 キラキラと瞳を輝かせた、ローレルさん。

 おじさんは生暖かい眼差しで、人生楽しそうだなーと思いました。

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