第29話 手がかり

 おハーブ強盗の捜索から、2日が経過した。

 極めて、平和である。

 店は通常営業。そこそこ繁盛していた。


 手がかりを求めど、一向に犯人の足取りが掴めない。

 まるで、事件など初めから起きていないとばかりに、その気配が雲散霧消した。

 深夜、中庭へ侵入される2度目の痕跡も見つからなかった。


「1回盗んで、終わり? 悪徳商人なら、もっと味を占めるはず」


 それは、おハーブを占めるローレルさんのごとく。

 近所の人に聞き込みをしたものの、有益な情報は未だ得られず。

 途方に暮れたおじさん、公園のベンチで俯いてしまう。リストラされたのかな?

 噴水の周りで少年少女たちが楽しそうに遊ぶ様子をぼぉ~っと眺めたタイミング。


「おう、ハーブ屋じゃねえーの」

「……大剣の人か」

「カマセだっつってんだろうがあ。いい加減覚えやがれ、カゾの村で最も頼りになる中堅冒険者様をよおッ!」


 ズカズカと公園に踏み込んだ、カマセ。

 変なおじさんが来たぞ~っ! と、子供たちが蜘蛛の子を散らしていく。

一瞬、おじさんかとビビったけれど、別のおじさん・カマセを指差していた。ふう、危ない。

 ムサシの国でも、変質者はいくらでも出没する。悲しいね。


「よっこらせ」


 おじさんが、おじさんの隣に腰を下ろした。


「最近、景気が良さそうじゃねえーか。羨ましいぜ」

「ベンチで呆けたおじさん、そんな顔してました?」

「ったく、とぼけやがって。隠したって、ハーブリピーターにはバレバレだかんなあ」

「どゆこと?」


 カマセのやっかみに、皆目見当が付かないおじさん。

 大剣の人は、じれったいと本題を口にした。


「ああん? だからよお~、屋台の件に決まってんだろッ」

「屋台……?」

「ハーブティーの屋台だよ。確か、ドリンクスタンドだっけ? カゾの村の各所で、手広く商売してんじゃねーか。ハーブティーファンには、もう知れ渡ってるぞ。やっぱ、好評だぜ?」


 何それ。おハーブマイスター、それ知らへん。

 ハーブショップがオープン以降、サンプル配りの人力車は倉庫で待機中。

 ハーブティーの屋台や支店は、いずれの構想だった。


 それが早くも実施されているなんて、なかなかどうしておかしい話だ。

 材料であるハーブは現状、おじさんが独占的に栽培しているはず。商品はどうやって――


「盗んだハーブで売り出したかっ!」


 徐に立ち上がった、おじさん!


「ど、どうしたハーブ屋っ!? 盗まれたって、まさか……」

「そいつら、どこで見かけた?」

「俺が買ったのは、駅前広場だぜ? 昔、おめーらが試供品配ってたとこ」

「もはや、挑発の類!?」


 カマセが購入したというハーブティーを確認する。

 使い捨ての紙コップにはご丁寧に、小銭と葉っぱのロゴマークが入っていた。

 そういえば、ハーブショップ匠にはシンボルマークが存在しない。

 つまり、おじさんたちがパクリってこと……? そりゃないよぉ~。


「ちょっと飲ませて」

「ちょ、待てよっ!」


 カマセの制止を無視するや、カモミールのハーブティーをテイスティング。

 透き通った橙色。わずかに香るリンゴっぽい匂い、スッキリした喉越し。

 けれど。


「かなり薄いな……」


 ハーブショップの販売品も、効果を調整するために希釈した。それと比較しても、明らかに薄めている。やたら水っ気が強いカルピスを思い出した。


「そうかあ? 元々、ポーションの原液はクソニゲえかクソマズいからよお。まともな味がするだけで、冒険者にとっちゃ万々歳だぜえ?」


 おじさんは、ふむと考え込んだ。

 ポーションを美味しく頂こうと余計なもの混ぜるほど、効力が低下してしまう。


 ゆえに、安くて味が良いハーブティーが受け入れられた。リンゴ味の上級ポーションを飲めた時、上級冒険者の仲間入りを果たすらしい。ちょっとほっこりエピソード。


「おじさんは、コピーアイテムの製造者を問い詰めに行かなきゃいけないようだ」

「なんだ、荒事か? 中堅冒険者が割引報酬で、手を貸してやろうかあ?」

「今からギルドに依頼出すのは手間だ。カマセ、闇営業やめなさい」

「ケ、ただの直営業じゃねえーかッ。察するに、悪党をぶちのめせばいいんだろ?」


 カマセがニヤリと笑って、大剣をブンブンと振り回す。さてはバトルマニア?


「今回は、自力で解決がテーマだから遠慮しとく。有益な情報提供ありがとう。今度、来店した時、ハーブ商品をサービスするから」

「おぉぉおおおっ! じゃあ、ローレルのネーチャンが絶賛してたハーブバスソルトの試作品ってやつを」

「あれは、飛ぶぞっ。中堅冒険者じゃ一瞬で持っていかれる代物だ!」


 ドライハーブとティーバッグの詰め合わせをプレゼントします!

 少し残念そうなカマセを置き去りに、おじさんは駅へ足を延ばしていく。

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