第28話 おハーブ強盗

 事件です。

 ――ハーブ畑が荒らされました。

 朝のルーティンワークとして、中庭まで水やりに来たのだが。


「あのさぁ……ため息しか出ないなあ」


 おじさんは、改めて中庭を見渡した。

 きれいに積んだレンガがなぎ倒され、アンティーク調の花壇が割られている。


 土壌は踏み荒らされ、ハーブたちが無理やり引き千切られている。葉っぱの部分が無くなって、茎の下から半分が残されていた。見るも無残に、畑外にハーブの根っこが散乱している。

 中庭を美しく飾ったインテリアには全く手を付けられていない。明らかに、こちらの方が盗めば金になりそうだが。重い荷物を嫌った? もしくは。


「最初から、ハーブ狙い?」


 おじさんは、名探偵よろしく顎に手を当てた。


「いや、ムサシの国にハーブを狙う泥棒がいるか? いや、いない。金銭目的じゃないなら……使用目的? 犯人は、おハーブ大好きお嬢様? いや、違う。おハーブの扱いが雑過ぎる。愉快犯? 嫌がらせ? ポーション屋に、ケンカ売った感じがマズかった?」


 名推理は閃かない。真実は、いつも人の数だけ存在するッ! 事実は1つだね。

 とにかく、2人に知らせなくては。おじさんが招集をかければ。


「これは、どういうことだ?」

「いわゆる、賊ですかね?」

「賊だと? 目的がハーブ? 正気を疑うぞ」

「否定できない」


 カミツレさんは眉根を寄せて、首を横に振るばかり。


「他に、金品は盗まれていないのだな。ハーブに価値を見出す変人……心当たりは1人だけか」

「動機で絞ると、最有力容疑者。まあ、違うけどさ」

「あぁ、盗み飲みはしても窃盗はせんよ。あの酔狂は、エンドー氏のハーブを軽んじない」


 無造作に捨て置かれる根っこを拾った、カミツレさん。


「怨恨の線。ポーション屋の売上が減っちゃって、邪魔おハーブを切除した」

「カゾの村唯一のポーション屋だ。店の売り上げが減少したとて、一括購入の卸先があるだろう? 短絡な犯行に及んだとは信じがたいな」

「ハーブショップはまだ知名度が低くて、商売敵と認識すらされないね」


 ローレルさんと看板娘は、妙に小競り合いを繰り広げているらしい。今回は関係なしか。


「わざわざ、ハーブショップを潰したい勢力が見当たらないなあ。単なる嫌がらせ? 偶然たまたま、ターゲットにされた?」


 現場に残された手掛かりで捜査ができない、おじさん。ペロ、これはハーブソルトッ。


「慧眼スキルで、どうにかできたり?」

「私はミステリーが苦手でな。怪しい手掛かりを見つけても、皆目見当が付かんぞ」

「おじさんも、ヒントを貰っても脳裏でピシャーンッ! しない」


 手持無沙汰になり、レンガをきれいに積み直していく。


「ローレルさん、凹むだろうなあ。念願のハーブ畑を荒らされて」


 せめて、畑を土壌スキルで整えておこう。


「ショックで倒れたりしないかな? ちょっと心配」

「ふん、案ずることなかれ。私の幼馴染はそこまでやわな女にあらず」

「これ、おハーブ案件の重大インシデント。激昂お嬢様にならない?」

「気になるなら、本人に直接聞いてみろ。なあ、ローレル」


 咄嗟に振り返った、おじさん。

 カミツレさんの隣、ローレルさんが強張った笑みを張り付けていた。


「タクミ様……わたくし、一周回って冷静ですわよ?」

「冷静な人は、初手冷静言わないよ」

「嘆かわしいですわ、嘆かわしいですの、嘆かわしいでしてよ」

「大丈夫? ずっとまばたき忘れてるけど?」


 ローレルさんは、こくりと首肯した。段々と、目を大きく見開くや。


「これは、おハーブに対する宣戦布告でして……? わたくしが受けて立ちましょうとも。敵対勢力は殲滅ですわ! ブッコロでしてよ! ジェノサイドの覚悟をしてくださいましっ」


 烈火の怒りを燃やした、おハーブ大好きお嬢様。

 悲しむ暇があるなら、武器を取れ。


「無残に散ったおハーブたち、雑に刈り取られたおハーブたち。わたくしが懐に入れるはずだった、おハーブたち……必ずや、仇は取りますの」

「最後の、審議していい?」

「必ずや! 仇は取りましてよっ」


 ローレルさんは、気丈な態度で涙を堪えている。

 決死の覚悟に、おじさんは胸を打たれた。そんな雰囲気を強要された気がする。


「血気盛んは結構だが当てはないのだろう? あまり暴走してくれるな」

「この緊急事態を理解してくださいましっ。おハーブショップ創設以来の事件でしてよ」

「まだ2週間の店舗だがな。一周回って、冷静なお前はどうした?」

「もう一周回って、犯人許すまじの境地ですわ!」


 メラメラと怒りのオーラを放出した、ローレルさん。おハーブの恨みは根深いね。


「もし、おハーブを金儲けの道具と考える人物が浮かびまして?」

「いや、全然。ハーブに高評価するの、ローレルさんくらいだし」

「先日、タクミ様に店舗拡大をそそのかした相手がいましたわね」


 いた気がするものの、思い出せない。コンビニバイトの癖で、面倒な客の情報はすぐ抜けちゃう。おじさんのストレス対策が裏目に出ちゃったよ。


「この前、エンドー氏は注意喚起ポスターを見たはずだぞ」

「カゾマートだっけ?」


 カミツレさんが片目を閉じて、ヒントをくれた。

 刹那、脳裏で閃きがピシャーンした。まかさっ、犯人は店長!?

 やっぱり、胡散臭い奴だと思ってたんだ! おじさんに散々ワンオペやらせやがって。許せねえーぞ! ――ではなくて。


「ゼニンド!? あの悪徳商人かっ」


 ハーブに金のにおいを嗅いだらしく、青畑もとい青田買いをもくろんでいた。

 あまり思い出したくない、顔面ハラスメントが強いオールバック商人である。


「私は直接邂逅してないゆえ分らんが、印象はどうなのだ?」

「金儲けできれば、手段は選ばなそう。ローレルさんのおハーブ談義をひどく恐れてた」

「一般的な感性を持った小悪党のイメージだな」

「わたくし、小粋なおハーブトークにしゃれ込んだだけでしてよ?」


 ローレルさん、きょとん顔。


「お前のおハーブトークは、小粋でも小洒落てもいないからな」

「はて、小気味でして? カミツレさん、褒めてる場合じゃありませんのよ」

「……頭おハーブの相手が務まるのは、エンドー氏くらいか。流石、真の仲間だよ」

 カミツレさんが、おじさんに尊敬と憐憫の眼差しを向けた。

 今更、距離感出すのやめて。死なばもろとも。真の仲間とは連帯責任です。

 ポニテ美人を巻き添えにする所存なおじさん。今後の方針を尋ねるや。


「金に目がくらんだ輩は、盛況な店に再び姿を現わすはずさ。ドジョウは二匹目、いや三匹目までは十分儲かるだろう。侵入者が来ると分かっていれば、対策を取れるというもの」

「落とし穴を掘りますわ! トラップ地獄に沈めて、一網打尽でしてよ!」

「罠を張るのは一興だな。さりとて、シェアハウスの中庭をこれ以上荒らすのは忍びない。ここはわざと隙を見せて、私が成敗しよう」


 カミツレさんは、集めたハーブの根っこを束ねつつ。


「こちらが手薄になれば、盗人も好機と捉えるからな。そこを討つ」

「カミツレさんお得意の暗殺でして? 必殺の仕事人、わたくしも始末しますの!」

「誰が、暗殺者だ! 私は、騎士だぞ。無力化して、ひっ捕らえるのみ」

「ローレルさんがすごい残念そうな顔してる」


 必殺の仕事人、やりたかったみたい。


「ローレルとエンドー氏は、近辺調査と情報収集。なに、カゾは田舎村だ。よそ者がうろつくと、目立ってしまうのは定め。盗んだハーブの使い方、保管先を探れば光明が差すさ」

「ギルドや商業組合のツテを当たってみますわ。転売を発見次第、処して差し上げましてよ」

「おじさんは、近隣住民に聞いたり生鮮市場を回ってくるよ」

「うむ。片付けが終わったら捜索開始だ。各自、まずは証拠を集めろ。衛兵は腰が重くて頼りにならないが、一応被害届は出しておく」


 衛兵は、大きな事件じゃないと動かない。民事不介入? いや、窃盗及び器物破損。

 一般市民の悩みや問題? ギルドにやってもらえばー。税金食いつぶすので忙しー。


「この規模のトラブル、自力で解決できねばこの先が思いやられるぞ。最初の試練だッ」

「おーっ!」


 ローレルさんが、並々ならぬ決意を瞳に宿していく。


「必ずや、悪鬼に天誅を! おハーブたちの無念、晴らしてくださいましっ」


 おじさんたちは一旦、解散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る