第17話 グンマー

 グンマー。

 それは、人類が未だ発見していない資源が豊富に眠った楽園。

 魔物や魔獣と呼ばれるモンスターたちが、跳梁跋扈する地獄。

 冒険者たちの狩場にして、墓場。ザ・フロンティア。


 ギルドとは、グンマーの攻略・未踏の地の制覇を目的としている。

 一獲千金を夢見るのなら、ハイリスクハイリターンを覚悟しろ。


「魔が群れる地から、群魔地。冒険者は大体、グンマーと呼びますわね」

「グンマーには、時々ダンジョンが生える。ランダムエンカウントというやつだ。金銀財宝、古代文明の遺産、レア素材。冒険者垂涎のアイテムが眠っていると聞いた」


 ダンジョン生やすな。ハーブと一緒のノリやめろ。せめて、湧いてくれ。


「グンマーは、危険と不思議がいっぱいだなあ」


 仕方がない、だってそれがグンマー。

 おじさんは、深く考えるのを止めた。


「カゾの村は、地方領サイタマの最北東端に位置する田舎。つまり、グンマーの玄関を担っている。チチブ、フカヤ、クマガヤと比べて、拠点にする冒険者は少ないな」

「グンマーの話はもう平気! オーケー、オーケー」


 グンマーへ通ずる関所を超えて、おじさんたちは1時間ほど歩いた。

 歩道を通り、草原を抜け、深緑生い茂った森へ足を踏み入れたところだ。


「ところで、冒険者以外がグンマー入ってよいの? 既得権益とか、あるでしょ?」

「冒険者が同行すれば、問題ありませんのよ。安全は自己責任ですわ」

「少なくとも、商人護衛の依頼が途切れることはないよ」


 戦闘系スキルなしで、モンスターと戦うのは無謀だろう。

 だから、冒険者デビューに失敗したおじさん。めちゃ笑われた。くさっ。


「わたくしも冒険者。しかし、戦闘経験がありこそすれ、誇れる戦歴はございませんの。ですがご安心を。今日は、バトルマニアが同行してますの。先陣と殿、頼みましてよ」

「誰がバトルマニアだ。戦闘行為に愉悦する、酔狂たちと一緒くたにするな」


 カミツレさんが、ポニーテールを揺らしながら抗議した。


「はて、あなたは木刀で楽しそうに人を叩くでしょう?」

「えっ?」

「あれは、鍛錬だッ。ルールを敷いた稽古ならば、私も腕を振るうのみだ」


 2人が日頃の不満やうっ憤をぶつけ合っていると。

 樹木と草木の迷路を抜けて、開けた広場に出た。


「あちらを見てくださいまし!」


 一早く声を上げた、ローレルさん。

 視界に広がるは、緑の草、低木、細長い葉、赤い果実、白・紫・黄・オレンジの花が咲き誇っていた。先の転生者が耕しただろう、ハーブ農場である。


「おハーブの群生地……っ! ついに、到達しましたの……わたくしが思い描いた夢の光景……ここは天国でして?」


 おハーブ大好きお嬢様、感涙にむせぶ。


「夢が叶って良かったね」

「えぇ、えぇ! わたくしにはもう、思い残すことなどありませんわ」


 ローレルさんは、一抹の感傷を覚えつつ。


「あとは、天に召されるまでおハーブティーを謳歌するだけでしてよ!」

「知ってた」

「だろうな」


 想定内の発言を受け流し、お目当ての元へ足を向ければ。

 突如地面から強い振動が発生し、想定外の事態が起こった。


「――ッ! タクミ様、お下がりをっ」

「な、なに」

「エンドー氏、私の背後に回れッ」


 おじさんは、カミツレさんに肩を掴まれて押し戻される。

 地面にいくつもの穴が開いていた。姿を現したのは――巨大植物。


「植物型モンスターかっ! 大方、この群生地が根城なのだろう。テリトリーに入ってきた他の魔物や人間を捕食するタイプとみた」


 見た目は、食虫植物のシルエット。ただし、大人を飲み込めるほどの巨躯。花の部分に顔のような模様があり、触手をうねらせている。

 どのゲームでも、森ダンジョンにこいつは出現しそう。


「ぎゃぁーっ! お、おじさん、腰がっ」


 抜けちゃったね。リアルガチのモンスターが、想像以上にグロテスク。

 あのさぁ、よくこれで冒険者になるぞぉ~とか嘯いたよね。おじさん、スキルうんぬんではなく、根性や耐性、根本的な資質が足りなかったよ。デビュー失敗が正解だった?


 異世界、怖い。おうち、帰りたい。ぐすん。ゆとり世代に幸あれ。


「案ずるな、エンドー氏。私は<慧眼>スキル持ちだ。相手の力量は見れば、分かる。フン、恐るるに足らず。全力で挑めば、すぐに片付くよ」


 自信に満ちたカミツレさんに手を取られ、おじさんはキュンとした。

 やだ、これが乙女心!? おじさん、参っちゃうなぁ~。


「否、私の出番など必要あるまい。」


 カミツレさんは、首を横に振った。

 指差す方向に、銀髪をリボンで結った冒険者が勇敢そうに佇んでいる。


「おハーブを前に、退路なしですわ! わたくしの道を阻むなら、その辺の草など根絶やしでしてよ!」


 ローレルさんが優雅に髪を払った。まるで、お嬢様の仕草である。

 植物モンスターが太い根っこをバネのごとくしならせて――跳躍した!


「と、飛んだーっ!?」

「うむ、跳ねたな」


 腕を組んだ、カミツレさん。すっかり観戦モード。

 植物モンスターは空中で一回転。棘だらけの口をぱっくりと開いて、ローレルさんを丸呑みしようと落ちてくる。


「ローレルさんっ」

「そういえば、タクミ様にわたくしのスキルを教えていませんでしたの。口で説明するよりも、実際にご覧くださいませ」


 ローレルさんは、徐に左手を掲げた。

 途端、白い光に包まれる。エネルギーが充填される度、バチバチッと粒子が弾けていく。


「ソル――」


 ローレルさんの号令で、光の弾丸が発射された。

 直進するそれは、相対した植物モンスターに丸呑みされてしまい。


「……っ!?」


 植物モンスターが一瞬発光するや、急速に萎んでいく。地面に近づくにつれて、派手な色彩模様が失われた。最後には、その巨躯が灰色の粉塵となり、風に流される末路を辿った。


「なんか、モンスターがボロボロに崩れて粉々に散った?」


 おじさんは、どんなスキルか予想した。

 さては、<光魔法>スキル? もしや、<原子崩壊>スキル? はては、<天誅>スキル?


 ローレルさんはきっと、正統派でかっこいいスキルを持っている。古今東西、家が金持ちの美人なんて優遇されるべき存在。ヒロインのポテンシャル、ありますわね。

 転生同期組の2人も、おじさんと違って俗に言う映えるビジュアルだった。ゆえに、いかにもなチートを授かっていた。


 戦闘に集中して植物モンスターを屠り続けるローレルさん。

 カミツレさんが本人に代わり、おじさんの疑問へ答えを提示した。


「塩だ」

「え?」

「<塩力>スキル。体内に蓄えた塩結晶を消費して、魔力に転換する能力と聞いた」

「ん?」


 ……塩? 伯方の? 塩化ナトリウム的なソルト?


「それって実は、しょっぺー能力?」

「フッ、初めて聞かされた時の私と同じ反応か。その心情、伝わるぞ」


 ゆっくりと頷いた、カミツレさん。


「されど、屁理屈のような拡張性に富んでいる。ローレルの勇姿、見届けろ」


 植物モンスターが、ヌルヌルの魔の手もとい触手を伸ばした。

 これがラブコメなら、ローレルさんは触手になすすべなく捕まってしまうだろう。胸の辺りの衣装が溶かされ、大腿部、スカートが隠した奥地へ触手探検隊が向かうはず。


 おじさんが生涯到達できない、その謎を解明してくれ! 頑張れ、応援し――


「清めのソルトですわ!」


 ローレルさんが手を突き出すと、白い粒子が拡散していく。

 塩をまかれたモンスターたちは、急速に減衰して枯れ果てた。

 ちなみに、おじさんのいやらしい感情も浄化されました。ふうー。


「ソルトとは、魔を封じる効果があるそうだ」

「……植物に塩をかけないで。おじさんでも、ダメなの分かる」

「これが、敵に塩を送るというやつだ」

「本来は、善行のたとえでしょッ」


 カミツレさんのドヤ顔に、おじさんはツッコミを強いられた。


「焦がしソルトでしてよ!」


 メラメラと炎をまとったソルトの弾丸が、敵を貫いた。


「焼き塩を知っているな? すなわち、燃えるのだ」

「いや、その理屈はおかしい」


 真顔で答えた、おじさん。


「ソルト漬け! 傷口にソルトですの!」


 今度は何っ!? 魔物を干物にでもしたの?


「うむ、手塩にかけたのだな」

「そだねー。ちょっと塩分控えめにね」


 おじさんは、深く考えるのを止めた。

 おかしな幻覚を見た気がするけど、おじさんの合法ハーブティーは健全です。

 呆気に取られていると、ローレルさんが植物系モンスターを一掃していた。


「ふぅ、一汗かきましたわ。タクミ様、喉を潤せていただいても?」


 ローレルさんが、ハンカチーフでお上品に額を拭う。

 おじさんは、出発前に用意しておいた保温容器を取り出す。


「ホットでいいの?」

「わたくしはやはり、熱々のおハーブティーを所望しましてよ」

「かしこまりました」


 たっぷり注いで、おハーブ満タン。ソーサー付きのカップを手渡した。


「働いた後のおハーブティーは、うめぇですわ! この一杯がために生きてますわぁ~」

「お前は、何杯飲んでも渇望するだろうに」

「風情を感じてくださいませ。カミツレさんは、遊び心を養ってくださいまし」

「ローレルがまともになれば、私も小言が減るのだがな」


 2人がじゃれ合いに興じる中、おじさんはハーブ畑へお先に失礼。

 見事なまでに、たくさんのハーブが元気に育った群生地。草、生えてます。


「自然公園の花壇を荒らすみたいで迷惑系だなあ」


 動画の再生数は稼げないので、ご容赦ください。

 おじさんが中腰の姿勢で、ハーブに手を伸ばしたタイミング。


「――ッ!」


 再び、地面を突き破って、植物モンスターが姿を現した。今度は、巨大サボテン。

 突然の振動でよろけて、尻もちをついたおじさん。


「……あっ」


 死んだ。そんなイメージが脳裏をよぎる。

 ただ大きなサボテンに押しつぶされて、おじさんは終わる――

 肝心なところで、失敗する。要領が悪い。間が悪かった。


「やっぱり、異世界転生した程度じゃ人は変わらないか……」


 遠藤匠は所詮持たざる者と悟った。

 仕方がないね。でも、こっちに来てから結構楽しかったよ。それは本当――


「タクミ様!」


 目を閉じて、運命を受け入れた。もう人生のロスタイムは終了である。

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