第39話 プラン2

「スギトの銭湯は、カゾより小規模なんだっけ?」

「あぁ、こちらの施設では全員を収容できないぞ。やはり、例の場所で落ち合おう」

「タクミ様、おハーブの準備はよろしくて?」

「在庫分のハーブ、ありったけ使ったよ。しばらく、ティーバッグで我慢してね」


 あからさまにテンションが下がった、ローレルさん。

 なけなしのハーブクッキーを献上しても、全然口を付ける様子が――ぱくり。


「そうしょげるな。私たちは、脱法ハーブを克服すると決めただろう?」

「……もぐもぐ」

「お前という奴はっ! 緊張感の欠片も持っていないのか」

「これは、脱法ハーブの滅亡と合法おハーブの存亡をかけた戦いでしてよ? 平常心で臨んでくださいまし」


 おハーブ大好きお嬢様の真っ当な返事に、カミツレさんがイライラを抑えつつ。


「エンドー氏、例のブツを渡してくれ。水門を閉めたら、所定の位置で合図を待っているぞ」

「頼みます。おじさんは、ランニングに夢中なゼニンドを連れて来るから」


 リュックサックいっぱいに詰め込んだハーブバスソルトを、ポニテ美人に手渡した。


「確かに、預かった。おい、2枚目のクッキーを齧ろうとするな。私にも残しておけ」

「カミツレさんは、食い意地が張っていけませんのよ。いやしんぼですわ」

「……っ」


 カミツレさん、一周回って陽だまりの笑顔をパッと咲かせた。


「行くぞ、ローレル。ハーブの道は、己自身で切り開こうじゃないか」

「……いたぁ~いでしゅわぁ~……暴力やめてくだしゃましぃ~」


 いとも容易く行われた頬っぺたつねりの刑に、ローレルさんが悶絶しかけた。

 さりとて、仕事はまだ残っている。気絶する暇などなかった。


 おじさんもコンビニバイトで、半覚醒状態のまま夜勤を何度も乗り越えたなあ。

 嫌な記憶がフラッシュバック寸前、カミツレさんがおじさんの頬に触れた。

 暗がりに温かな日が差したような感覚が伝わっていく。


「過去に苛まれるな。未来を見据えていればいい。私とコレは、あなたの味方だからな」

「わたくしたちは真の仲間。1人はおハーブのために! おハーブは皆のためにでしてよ!」

「ちょっとよく分かんないけど、よく分かったよ。じゃ、また後で!」


 2人に作戦の要を任せ、おじさんは学舎跡を離れた。

 杉の並木通りを歩き、商店街を抜け、悪徳商人の行方を捜す。いない。

 公園を覗き、駅前広場に寄り、見世物小屋へ足を延ばした。いない。


「ゼニンド、どこ行った? まさか、バックレた?」


 脱法ハーブ集団の先導役を放棄して、スギトの村からフェイドアウト。あり得る。

 おハーブの名誉をかけた作戦を台無しにした以上、彼はおハーブ狂いに今度こそリアルガチで粛清されるだろう。惜しくない人を亡くしたね……


「ひぃぃいいいーーっっ!? エンドー殿、助けてくだされぇぇえええーっ!」


 贅肉を揺らした中年男性が、ゼエゼエと向かい側から姿を現した。


「ゼニンド! よくぞ立派におとり役を務めてくれた。もちろん、信じてたぜッ」


 おじさんは、一抹の不安も過らなかった! そうだったらっ!

 中央通りの十字路で、悪徳商人が横断するまで待っていた。


「ここを真っ直ぐ進め! ゴールは近いぞ」

「フヒッ」


 十字路に近づくにつれて、ゼニンドがほくそ笑んだ。

 直進してくれれば、中毒浄化作戦がすぐに始められるのだが。猛烈に嫌な予感。


「おい、あっちだ! 真っ直ぐ――」

「我が好敵手! 死なばもろともござろうて!」

「なんでや!?」


 ゼニンドは、わざわざ十字路をクイックターン。

 丁寧なコーナリングを披露するや、おじさんが待機していた右側へ曲がってくる。


「はぁぁああぶぅぅううう」

「ハァァアアブゥゥウウウ」

「ハァアーーブゥウウッッ」


 もちろん、中毒症状に満ちた村人たちを引き連れて。

 徐に駆け出した、おじさん。


「でゅふ、共に並走するとはまさしく、ライバル関係ですな!」

「このバカチンがっ。せっかく用意したプランなのに、遅延行為やめろ」

「否! 小生にも、譲れないものがあるで候」


 悪徳商人、キリッとした顔つきで。


「脱法ハーブ集団に追われる恐怖……それがしにも体験してもらうでござる」

「ただの嫌がらせじゃねーかっ」

「一人ぼっちで先導するは、極めて寂しかったのですな。反省を促しますぞ」

「それは悪か……って元々、オメーのせいだかんな。悔い改めろッ」


 フヒヒ、サーセン。ゼニンドが、ニチャアと口角をつり上げた。

 こいつと問答しても無駄である。口を閉じて、足だけ動かせ。

 何が悲しくて、わがままボディの汗だくオジサンとランデブーせにゃならんのか。

 ――っ、閃いた! 帰ったら、ハーブの芳香剤、ハーブの消臭スプレーを作ろう!


 直近の目標ができたので、さっさとこの騒動を解決させなければならない。

 おじさんは息を切らせつつ、次の十字路に目を配った。目的地まで軌道修正せよ。

 次は、左に曲がれ! 左にカーブ! 左に左折! ……左に左折ってどっち?


「おい、ハーブ屋! ローレルのネーチャンが準備完了だってよ! 何、遊んでやがるッ」


 十字路の前方に、カマセが控えていた。


「右だ、右! そっちに行けば、集合ポイントに辿り着けるぜえ!」


 大声で叫びながら、おじさんたちから見て左を指差した。

 おじさんとゼニンドはふと、顔を合わせた。

 奇しくも同じ結論に至ったのが業腹である。


「ゴー・ストレート!」

「直進ですぞぉ~っ!」

「ちょ、待てよ!?」


 カマセは顔を引きつらせるや、急いで後退しながら走り出す。

 大剣が重いのか、おじさんたちは数秒で隣に追い付いた。


「ハーブ屋、なんでこっち来やがった!?」

「すまん! 身体が勝手に、一緒に逃げてくれる奴を求めてるんだ」


 断じて、スケープゴートを増やしたかったわけじゃない。ほ、本当だよっ。


「ほむほむ、そなたも運命共同体ですかな? よかろう、地獄の果てまで付き合いましょうぞ」

「あぁもう、勝手しやがって。メチャクチャじゃねえーかっ! 次の左は曲がれ。いいか、絶対左だぞ」

「了解!」


 待ち人、恋焦がれず。ぜひ、フラグじゃないことを祈ってほしい。


「「「ハァーブハァーブハァーブッッッ!」」」


 駄法ハーブ集団をチラリズムすれば、数えきれないほど増えていた。

 寄り道が正しいルートだったかもしれない。おかげで、大漁である。


「全員救わないと意味ないからなあ。ハーブの匂いが良く効いてるね」


 3匹のおじさんは、涎をまき散らしたオオカミたちから逃げ惑う。

 ……強い方が多いのは、おかしいと思いました。

 この教訓、戦いは数……ってコト?

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