第32話

「白宝シキ、少しいいでしょうか?」


 ライブが終わって、撤収作業をしている時だ。


 ヒナたちを待っていた僕に村正カエデが声をかけてくる。


「先ずは改めて感謝を。貴方がいなければこのライブはここまでの成功を収めることはできませんでした」


「僕はできることをやっただけ……いや、素直に受け取っておきます」


 あまり謙遜しすぎるのも良くはないだろう。僕としてはできることをやっただけだけど、それでも認めて褒めてくれるのだから素直にそれは受け取るべきだ。


「しかし、なんでわざわざ僕のところに? それだけが用事ということじゃありませんよね」


「ええその通りです。貴方にビジネスの話を持ちかけにきました」


 ビジネスの話……と聞いて、喉を震わせる。僕にビジネスの話……? 僕はダンジョン配信やってるだけの高校生なんだけど……。


「ヒナさんが聞きました。将来的に錬金術師として店を持つこと、それが貴方の夢だと」


「ええ、まあ……はい。色々ありまして」


「どうでしょうか? 貴方の錬金術師としての腕を買って、私の出資の下、お店を経営してみるつもりはありませんか?」


「……なっ、えっ? ちょ、ちょっと待ってください。考えが追いつかないです」


 出資……? 村正カエデが? 僕に?


 さらっと言われたことに対して、思考が追いつかない。そんな混乱する僕を見てなのか、村正カエデはふふっと短く笑い、胸ポケットから一枚の小さな紙を取り出す。


「これは私の名刺です。その気になった時、連絡をください。よろしくお願いしますね」


 と、村正カエデは名刺を渡してくる。初めて名刺をもらった……うわすごい! 代表取締役とか肩書き書いてある!!


 しかし、それはそれで光栄なことなのだがやはり気になる。なんで僕に声をかけたのかって。僕よりもすごい錬金術師は他にもいそうなものなのに。


「……どうして僕なんでしょうか?」


「そうですね……。それは貴方が我々にとっての恩人であるということ、としておきましょうか」


 ライトニングベヒーモスを倒せたのはほとんどみんなの協力があってこそだ。むしろ、あの戦いで僕は美味しいところを取っただけで、活躍はあまりしていないと思っている。


「……やはりヒナさんの言う通り、自己評価が低いですね貴方は。私たちは足止めこそできましたが、あれに対する決定打はなかった。

 貴方がいなければライトニングベヒーモスの早期討伐はなし得なかったでしょう。被害が少なかったのも、貴方の迅速な攻撃があってこそです」


 ……多分、村正カエデの言う通りなのだろう。あれを早く倒せなかったら被害は甚大なものになっていた。


 そうなればあのライブの成功はなかっただろうと思う。そう考えてみたら、確かに村正カエデの言う通りだ。


「我々は誠意あるグループとして、そして貴方に魅入られた者として、貴方に対して最大限の報酬を与えるべきだと考えています。名刺はその証明。無くさないでくださいね。それ、お高いんですよ」


「ありがたく受け取っておきます。確かに肌触りからして普通の紙では……もしかしてこれオリハルコンとか、そういうのでできていますか?」


 話しながら名刺の手触りで直感する。ただの紙ではない。これは紙のように見えて、その実、めちゃめちゃ細い繊維まで加工された鉱石の類で作られている。


 僕の言葉に対して、村正カエデは呆気に取られたような表情を見せた後、クスリと小さく笑う。


「やはり貴方はとんでもない人物ですよ。その名刺はオリハルコン繊維で作られたものです。燃えない、濡れない、折り曲げられない、売れば私の情報も相まって億はいきますね」


「……お、おく。そんなものをぼ、僕にですか!?」


 自分の錬金術が高校生の腕前ではないというのは認めよう。けどメンタルは普通の高校生なんだよ!?


 こんな億もするような名刺を軽々しく渡されて驚かないほどメンタル強くないよ僕!!


「あら、貴方の実力であれば稼げる額と思いましたが……」


「そそそそんなとんでもない!! 僕が元いたギルドなんて、僕のポーション百五十円とかで売ってましたよ!!」


 相互探索者互助会では、僕のポーションは百五十円、高くても三百円で取引されていた。億を稼ぐなんて夢のまた夢だ。


「……え? 配信で作ってたものをひゃくごじゅ……え?」


「そんな驚くことですかね……? 原価も安いですし大量生産もできていたので」


「あれ……を、大量生産……?」


 あれ? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?


 今まで冷静に振る舞っていた村正カエデの様子がおかしい。村正カエデは困惑したかのように目をぱちくりさせた後、わなわなと身体を震わせる。


「あの……村正カエデさん? どうかしましたか?」


「……でしょ」


「……へ?」


「……おかしいでしょ貴方!!! もうツッコミどころ多すぎて何から突っ込めばいいのか分からないわよ!! どうしてくれるの!?」


「え、えええ!? これって僕のせい!?」


 というか口調がさっきみたいな感じになっていませんか!?


 村正カエデはブンブンと僕の肩を両手でがっしりと掴んで振り回す。こ、この人力つええ!!


「いいわ! もうわかった!! 貴方みたいな貴重な人材いや原石をこのままにしておけるものですか!! 貴方は私が絶対に囲うわ!! というか私の元に来なさい!! 貴方をぜっっっっっっったいに幸せにしてあげるわ!!!」


「な、何を言っているんですか!?」


 これはもしかして僕は今、凄い人にすごいことを言われているのでは!?

 

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