第26話
「きたよヒナ……って、おお! その格好!」
「えへへ。似合うかなお兄ちゃん」
特設ステージの裏側。アイドル衣装に身を纏ったヒナは照れながらそう口にした。
「今日の公開ライブ。配信もやるんだけど、もうすごい待ち人数なんだよほら!」
「配信待ち人数、十万人!? 会場にこれだけ人がいて、まだ増えるの!?」
つまり同接十万人プラス会場の人たちだ。ヒナと朝比奈リンさん、そんなに人気だったんだ。
「会場だとコメントがホログラム表示されるし、めちゃめちゃ盛り上がるから楽しみにしていてね! 今日のために練習たくさん頑張ったんだから!」
「楽しみにしているよ。それにしても同接十万人か……すごいな」
「お兄ちゃんだって配信すればそれくらい行くと思うよ! 今イケイケの注目配信者はお兄ちゃんなんだから!」
「いやいやそんな……」
注目されているとは分かっていても、同接十万人も行くなんて思えない。
「じゃあ、ヒナは最後の打ち合わせあるからこれで! 楽しみにしていてねお兄ちゃん!」
そう言ってヒナはスタッフさん達の元へ駆け寄っていく。僕はそれを見届けた後、ジンのところに戻ろうとして……ふと、先程話に上げた村正カエデとすれ違う。
「少しよろしいでしょうか?」
「……? 僕ですか?」
僕は彼女に呼び止められて、彼女の方に振り向く。
「貴方、白宝シキさんですよね? ここは関係者以外立ち入り禁止のはずですが……なぜここに?」
「すみません……! 妹がスタッフさんに許可を取って入ってきてもいいよって言ってたもので……」
「妹……? 私の知る限りでは白宝という名前は……いえ、確か星宮ヒナの本名が白宝でしたか……」
ヒナが旧姓で通していることを忘れていたから、どう弁明しようかと思ったけど……なんだかその必要はないみたい……?
それよりも気になることが一つ。村正カエデというグループ企業のご令嬢がなぜ僕の名前を知っていたのかということ。僕はそこまで目立つような人物ではなかったと思うけれど……。
「それよりもどうして僕の名前を……?」
「ふふっ。貴方の動画と配信楽しみに見ていますよ。ただそれだけです。では」
そう一言告げて、彼女はステージへと戻っていく。
少しの間言われたことを理解するのに時間がかかった。……え、彼女が僕の動画を見ている? グループ企業のご令嬢が!?
「そんな偶然もあるんだ……」
そんな風につぶやいて、僕はジンの元へ急ぐのであった。
『まもなくライブ開始の時間です。スタッフの皆様は——』
***
「業田さん一体何をするつもりなんですか!?」
「ひひっ! まあいいからついてきぃ。前、中層でええもんが見つかったんや!」
ライブ開始のアナウンスが流れ出した頃。業田たちは中層付近にいた。業田は堂々とした足取りで、中層にある人が四、五人ほど乗れる大きな円形の石畳が鎮座している。
それには何やら魔法陣のような紋様が刻み込まれており、それは不規則に光っては消えるを繰り返していた。
「これを使えばな、下層のボス部屋に一気にワープできるんや!
今上ではライブなんちゅうふざけたことしとる! この大型爆弾でボスを倒して、ついでに爆発でそのライブを台無しにしようという魂胆や! さあカメラ回せぃ!!」
業田は自慢げに担いできたケースから爆弾を取り出す。それはかつてシキが互助会に所属しているときに製作した対大型魔物用の爆弾だ。
その威力は絶大で製作コストや持ち運びに難はあるが、それでも起爆さえしてしまえば下層の大型魔物、深層の魔物くらいなら一撃で葬れる。
「この様子をライブ配信して、ワシら注目度爆上げ! これでワシらの評判もうなぎのぼりや!!」
「さ、さすがです業田さん!! 下層のボスクラスの魔物をこれだけの人数で倒したとなれば話題を一気にかっさらえますよ!!!!」
「発想が凄すぎます!! オレァ、一生あんたについていくぜぇ!!」
「そうやろそうやろ! ほないくで!!」
業田の取り巻きがDカメ11を起動させて、配信を始める。互助会の公式チャンネルだからか、配信開始すればすぐに多少の人は集まってくる。
"互助会が生配信してると聞いて"
"暴露系の謝罪か?"
"炎上中なのに配信するのアホすぎてワロタァ!!"
"謹慎とかしねえのかこいつら"
ホログラムで表示されるコメントはほとんどが辛辣なものか、やじるようなものばかりだった。
「お前らそう言ってられるのも今のうちや! ワシらは今から下層のボスと戦ってくる! そんでそいつをこんだけの人数で倒してやる!!」
"無謀すぎワロタァ!"
"無理だろww"
"精々中層クラスの探索者がなんか言ってるんだけどww"
"それよりも炎上の件は本当なんですか?"
「お前らには分からんようやなあ。ワシらには切り札があるんや。それを見せてやる! いくでお前ら!!」
業田はそう告げて、石畳の上にのっかる。取り巻きたちも後に遅れないようにのると、魔法陣が光り出して業田たちは一気に下層のボス部屋へと転移した。
"本当に下層なんだけど"
"マジで草"
"自棄になって自殺配信マ??"
下層のボス部屋にたどり着いた業田たちは奥で眠る下層のボス——ベヒーモスを見る。
「今回はあのベヒーモスを倒して行くで!!」
"ベヒーモスなんかデカくない?"
"あんなにでかかったか? 有識者おりゅ?"
"あんなもんじゃね? 元々クソでかいだろあれ"
"寝ているのに王者の風格がある"
業田たちが近付いてもベヒーモスは寝たままだ。
ベヒーモスは巨大な象やサイみたいな見た目の魔物だ。全長は小さい個体で十メートル以上、大きい個体で二十メートルに達する。
ボス部屋の薄暗さ、ベヒーモスが寝ていたこと、業田たちが魔道具の設置に気を取られていたこと、いくつかの要因が重なったため、彼らは気が付かなかった。
このベヒーモス。通常ではありえないくらいの巨体であることに。
「よし設置完了! そっちはどうや!?」
「設置できました!」
「こっちもいけます業田さん!」
「よし爆破のために離れるで!」
いくら巨体といえど、魔物は魔物。ほとんどの魔物は頭部を破壊されたら死亡する。
業田たちは頭部を破壊できるよう、重点的に大型爆弾を設置する。爆破できるよう業田たちは距離を取り、五十メートルは離れたところで業田はカメラ目線でこういう。
「見とけや! ワシらはここで伝説になるんや!!!」
業田が爆弾の起動ボタンを押す。
次の瞬間、爆弾が大爆発を起こして、ベヒーモスの身体は爆風と爆炎に包まれる。
"マジでやりやがったww"
"スンゲー爆発。マジで倒した説ある?"
"というか、あの爆弾やばないか?"
「せ、成功や!! こ、これでワシらは……」
そう言いかけた頃だ。ベヒーモスがいたところから全方位かつ、無作為に蒼い雷が迸る。
『GuOOoAaaaaaaaaaaa!!!!』
次の瞬間、轟く咆哮。ベヒーモスは驚くことに無傷であった。
「な、なんやて!? なんであれを喰らって無傷なんや!?」
「に、逃げましょう業田さん! これはやばいですって!!」
「早くこっちに! ほら!!」
「しゃ、しゃーない……て、撤退や! こんなところで死ぬわけにはいかん!」
混乱する取り巻きたちと共に業田たちは来た石畳から中層へ転移する。
"逃げてて草"
"というかあれやばくないか?"
"ベヒーモスって炎系だよな……あれ雷っていうことは特殊個体じゃね?"
"堂々と倒す宣言して、尻尾巻いて逃げてるの最高に滑稽で草"
"確かにこれは伝説やね"
「こ、今回はうまく行かんかったかもしれんが、次こそは……」
またも業田がそう言いかけた時だ。ダンジョン全域が激しく揺れる。業田たちは中層にいたため知らなかったが、この揺れは表層にも届いていた。
『OoooooAaaaaaaa!!!!』
遠くで響く咆哮。その直後、巨大な頭部がダンジョンの床を突き破って出てきた。その巨躯は止まることを知らず、上に向けて、ダンジョンを次々と突き破って行く。
「な、なんやてこれは!!!?」
"これはやばいって!!"
"通報しました"
"ついでに救援要請も出しました"
"ダンジョンぶち破るとかなにごと……?"
"ダンジョン崩落したらこいつらただじゃすまんぞ"
"もうただでは済まない定期"
「わ、わしらのせいやない!! わしらは知らんかったんや! あ、あんなバケモンが下層に眠ってるなんて!! と、とにかく逃げるで!!」
「まっ、待ってください業田さん! これからどうするんですか!?」
「あれを止めないとヤバいですよ業田さん!!」
「知らん知らん!! ワシらは何も見ておらん!! こんなことになるなんてワシは知らんかったんや!!」
この数時間後二つの伝説が生まれ、それは日本中だけではなく、世界中に語り継がれる。
一つは業田が発端で引き起こしたダンジョンの超極大のイレギュラー。
そしてもう一つが——。
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