第16話

「おいこら待て。何抜けがけしようとしているんだ愚妹」


 すかさず義姉さんがヒナの首根っこを掴む。あ、危なかった……。さっきの頬を赤く染めて誘ってきたヒナは破壊力抜群……今も心臓がドキドキ言っている。


「えぇ〜〜! お姉ちゃんは前一緒にダンジョン行ってたじゃん!! お姉ちゃんばっかりずっこい!!」


「あれは動画撮影の一環だ! 私だってプライベートでシキとダンジョンに潜ったのはかなり前だ!」


「それはお姉ちゃんのアタックが弱いからでしょ!? ヒナは行くって決めてるの! なんなら力づくで押し通ってもいいんだよアァ!?」


「生意気を言うようになったな愚妹が……。姉より優れた妹はいないということをまた証明して欲しいようだなえぇ!?」


 ヤバイヤバイヒートアップした!!


 この二人は何故かすぐ喧嘩し始める。それに二人とも深層クラスの探索者。こんなところで争ったらギルドハウスが吹っ飛ぶ……!!


「ふ、二人とも落ち着いて!! わ、分かった! ここは三人でいかない……? ね?」


「三人……む、むぅ。お兄ちゃんが言うなら」


「仕方ない……。それで今日のところは勘弁してやろう」


 なんとか収まってくれたようでホッと胸を撫で下ろす。これでガチ喧嘩になっていたらどうなっただろうか……思い出すだけで寒気が止まらない。


「ダンジョンに行くのはいいとして……何をやりに行くの?」


「ヒナはコカトリスかな。毛皮がほしくて……」


「ライトニングワイバーンだ。あれのブレスを受けないと解放されないスキルがあってだな。ブレスを浴びに行きたい」


「義姉さん正気……?」

「お姉ちゃんは本当に人なの……?」


 ワイバーンは下層から深層クラスの階層で出現する魔物だ。ワイバーンのブレスを直撃しようものなら、並の探索者は消し炭になるだろう。


 それを浴びに行きたいとかいう義姉さんの神経がわからない。多分、無傷どころか受けた直後に反射してライトニングワイバーンが消し炭になるんだろうけど……。


「まあじゃあ下層から行けたら深層で行こうか。僕もアークデーモンの心臓が欲しかったし」


「アークデーモンの心臓……? 何か作るつもりか?」


「うん、まあね。新しく武器となる魔道具を作ろうかなって」


 せっかくだからアークデーモンという下層から深層に出現する魔物退治も手伝ってもらおう。キマイラとの戦い後、作りたいと思っていた魔道具が一つある。


「よーし! じゃあ準備して早く行こ! なんだかんだ楽しみになってきたよ!」


 ヒナの言葉に頷いて、僕らは一旦解散しそれぞれ準備を整える。


 そしていつも潜っているダンジョンに集合するのであった。



***



「何その仮面」


「えへへへ、いいでしょ。身バレ防止用」


 ダンジョンで合流した僕ら。僕と義姉さんはダンジョン用の装備に着替えているが、ヒナはそれに加えてマスカレードのような仮面をつけていた。


「プライベートだと結構色々仮面をしていくんだ。探索中に視聴者とかち合うのを避けるためにね」


「結構大変なんだね有名配信者って。ヒナはチャンネル登録者数どれくらいなの?」


 ヒナの言葉を聞きつつ、僕は代えのローブを深く被り直す。考えすぎかもしれないが、僕も身バレしたくないからだ。


「二百十万人だよ! 凄い子は三百万人とか超えてるからまだまだだね!」


「普通に凄くないか……?」


「実際、私の倍以上は稼ぐしなヒナ……」


 僕の二十倍前後の登録者数を誇ってるって普通に化け物だな……。でもまあビジュアルとか口調から好んでくれる人がいるのも納得か。


「でもまあ、ヒナって可愛いし、見ていると元気付けられるから、なんとなく納得だなあ……。凄いよヒナ」


「〜〜〜〜ッッ!! ああもうお兄ちゃんしゅきしゅき!! 今度なんでも言って!! なんでもしてあげちゃうから!!」


「愚妹め……私の前で堂々とひっつきおって!!」


 僕に抱きついてくるヒナとそれを引き剥がそうとする義姉さん。うわーー、僕よりも高身長な二人が僕の目の前でとっつかみあいしてるとか凄い景色だな〜〜。


 そんなこんなをしながら僕らは中層の手前付近まで降りてきた。その時だ。僕らは咄嗟にある集団を見つける。


「オラオラ! しっかり働けや!! お前らみたいな大したレベルもない探索者、こうして素材採取してるのがお似合いやで!!」


「…………ギルマス?」


 僕は咄嗟に近くの物陰に隠れる。さっきまでとっつかみ合いをしていた二人は僕の様子を見てなのか、息を合わせたかのように止めて、僕の側に近寄る。


「どうしたシキ? 何がイレギュラーか?」


「探知系スキルに何か引っかかった様子はないけど、お兄ちゃんは何か見つけた感じ?」


「魔物じゃないんだけど……ほら、前ギルド追放されたって言ったじゃん。そこにそのギルドマスターがいるんだよ」


 ホラと僕は遠くで怒鳴っている探索者を指す。


 首から下は鉄鉱石産の重装鎧。背中には大剣を背負っている。


 刈り上げした髪にイカつい中年の風貌。相互探索者互助会のギルドマスター業田ツヨシ。あれでも中層クラスの探索者だ。


 恐らく業田の指示で動いている探索者は表層から上層の探索者だろう。業田やその取り巻きに監視されながら作業をしている。


「なんやこの量は! もっととってこんかい!! 今月のポーション支給できへんで!?」


「オラオラどうした!? ビシバシ働け! お前らみたいな雑魚を育てるのに、うちがどんだけ手厚くサポートしているのか知らない訳ないだろうな!?」


「ノルマ達成しなきゃ、探索者用の装備なんて夢のまた夢だぞ! ほらほら働け働け!!」


 大声でそう言いながら作業するものだから、周囲の探索者たちは彼らを避けていく。


 本来、ああいう素材の独占行為は探索者たちの中で暗黙の了解としてしないようにしているが……彼らはそんなルールお構いなしだ。


「そうか……よし、いっせーので行くぞヒナ」


「オッケー! あんなの見せつけられたら黙っちゃいられないよね!」


「ストップストップ!! ダメダメ! だめだよ二人とも!!」


 静かにキレている二人をなんとか静止させる。二人は不満げな表情で僕をみる。


「なんで止めたのお兄ちゃん。あれを見過ごすの?」


「流石に今止めるのは愚弟と呼ばざるを得ない行為だぞ。だがまあ、シキが止めるんだ。理由はあるだろう? 話してみろ」


「……うん。相互探索者互助会は結構グレーなことや時としてブラックなことをしている。今みたいに。

 多分義姉さんやヒナみたいに力尽くで解決できるなら他の探索者がやっている。でもそうなっていないことには理由があるんだ」


 僕は意を決して話し始める。


 そう、これは僕がギルドを追放されて動画を始めた裏で、ジンと一緒に探った相互探索者互助会についての情報。


 それは僕が想像していたよりも遥かに、根が深く大きな問題だったのだ。


————

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