第34話

「……ちゃ、チャンネル登録者数百二十万……」


 僕は自分のスマホを片手に、映し出されている画面を見てそう呟く。


 ダンジョンでのライブ、ライトニングベヒーモスとの戦いから一晩明けて。


 僕は自分のチャンネルを確認して一人で震えていた。


「一日で百万人近く登録してくれた……うわ、動画の再生数とかすんごいことに……」


 僕のチャンネルは配信ではなくて、動画がメインコンテンツだ。その動画の再生数が軒並み爆増している。


 今までは良くて十万再生、それ以外だと数千から数万程度の再生数だったのに、一夜明けた今、ほぼ全ての動画が百万単位で再生されている。


 少し前にチャンネルの収益化が通ったから広告とか入れているけど……もしかしたらこれ、すごい額のお金が入るんじゃないか? って頭をよぎる。


「そうしたらレンタル工房貸切とか……錬金設備への投資ができるっていうことだよね……。買おうかな亜空間工房」


 今、僕は基本的には家、もしくは義姉さんのギルドハウスを借りて錬金術をしている。


 義姉さんのギルドハウスはともかく、家の方は錬金術の設備が乏しい。普通の家に本格的な錬金術の設備は流石に置けない。


 なので作れるものは自ずと限られてしまう。あまり複雑だったり精度の高いものは作れず、大量生産も向かない。


 精々作れて無限に水が出てくる魔法の水瓶とか、どこでも消えない、燃え移らない特殊な火を生み出すことができる起源の火種とか、そういう魔道具を作るのが精一杯だ。


 けど、本格的な錬金設備が置けるなら話が変わる。


 材料さえあれば賢者の石だって作れるし、なんと言っても本来の錬金術に近しいものである素材変換もできるようになる。


「めぼしいレンタル工房……この際ゲート用に追加料金払ってもいいから良さげなところ探しておこう」


 と、チャンネルのことが頭から離れそうになった時だ。僕が持っていたスマホが鳴り出す。義姉さんからの電話だ。


「どうしたの義姉さん……こんな朝早くに」


『一体何をやったんだシキ!? 気がついたらチャンネル登録者数百万超えて、通知がとんでもないことになっているぞ!?』


 久しぶりに義姉さんが動揺している声を聞いた気がする。


 義姉さんの口ぶりから察するに義姉さんは昨日のことを知らないのだろう。ダンジョンの探索云々とか言っていたし気が付かなかったのかな……?


 ということでかくかくしかじかと説明する。説明を一通り聞き終えた義姉さんが最初に口にしたのは。


『あの神器を人前で使ったのか……? 今までのシキなら、ヒナにバフ用アイテムガン盛りして、サポートに徹していたはずだろう? どんな心境の変化だ?』


 神器のこと、そして僕の過去を知る義姉さんはそう口にする。


 確かに少し前までの僕なら、あの場で一番火力を出せるヒナに様々な魔法薬でバフを盛り、自分はサポートに徹していただろう。


 自分の手持ちの魔道具で倒し切れるかどうか、そんな思考すら浮かばなかったはずだ。


 あの場で僕は一刻も早くライトニングベヒーモスを倒すために、あの手を使った。それは僕の中で一つ大きな変化かもしれない。


「……うん、どうしてだろうね。ただ、あの場にいたみんな傷つくのが嫌だったからかな」


『そうか。シキを配信に誘ったのは間違っていなかったな……。それはそうとして、ここまでチャンネルが大きくなったんだ。何か視聴者に対して、記念企画やってあげないとな』


 確かにその通りだ。


 色んな人はチャンネル登録者数がキリのいいところで配信や動画で何か企画を上げている。


 ポーション販売以外にも何かグッズ……いや、動画とか配信の方がいいのかな。


 けど、僕のチャンネル視聴者って僕に何を求めているんだろうか……? 僕にマッチするような企画ってなると考えるのが難しくなってくる。


『私も色々と考えておこう……。と、ああそれと』


「……?」


 義姉さんが言葉を短く切った後、義姉さんは一つ声のトーンを落としてこう口にした。


『村正カエデにこう伝えておけ。私たちは互いに好敵手ライバルであると。そして好敵手ライバルである以上、手加減はしないと』


「…………へ? なんで?」


 なんで村正カエデが好敵手認定されているんですか!?


 というか、今の話の流れでライバル認定されるようなところあったかなあ!?


『それで? 受けるつもりなのか? 彼女の話』


「一晩考えてみたけど、僕は……」


 僕は義姉さんに自分の考えを伝える。電話の向こう側で義姉さんが小さく笑う。


『そうか。それがシキの判断なら私は止めはしない』


「ありがとう義姉さん。これは村正カエデに直接会って話してみるよ」


『ん、了解した。私はそろそろ行かなくちゃならないからここでな』


「うん、それじゃあまた」


 そう言って僕は電話を切る。


 僕は机の上に視線を移す。そこに置いてある一枚の名刺。昨日渡された村正カエデの名刺を手に取る。


「……本当にかけてもいいんだよね」


 流石に朝早すぎるだろうかとか、そもそもかけて迷惑じゃないだろうかとか、出たらでたらでどんな風に話せばいいのかとか、色んな不安が心に渦巻く。


 けど恐れていては何も始まらない。


 僕は意を決して、自分のスマホに電話番号を打ち込む。


 一コール……ってうわっ!?


『待っていましたよ。電話をかけてくださるの』


 こ、この人一コールで電話に出た!?


 強めの口調ではなくて優しい方の口調か。全く同じ声なのに、口調はスイッチ入ってる時とそうではない時で別れるから脳みそがバグるな……。


「というか、なんで僕だとすぐに分かったんですか?」


『それは、その名刺に書かれている電話番号は完全プライベート用ですからね。私が登録していない電話番号で、この番号を知るのは現状貴方しかいませんから白宝シキ』


 ……これプライベート用の電話番号なんだ。そしてそんなものを初対面の僕に渡してきた……って思うと色々重すぎる。心情的なあれが。


『さて、電話をかけてくれたということはどうするか決めたということですね? まずはここで軽く聞いても?』


「……はい。聞いて欲しいです僕の選択を」

 

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