第35話 “神隠しレース”

「何回呼び出せば、気が済むんですか?」

 雪野ゆきのアズサは、不機嫌そうに言いながら、一条いちじょうソウが座る正面の椅子を引いた。

「レースを完走もできない人達のチームになんて、入りません」


「ちゃんと見てくれてるんだ?」

 ソウは、正面の椅子に腰掛ける雪野の仕草を眺めながら言った。

 椅子を引く動作、座る動作、姿勢を正す動き。彼女の全ての動きにはブレが無く、一切の無駄を感じられない。


「そりゃ見ますよ。勝手にとはいえ、私の名前が登録されたチームですし」

 雪野はメニューを手に取り、一定のテンポでページをめくる。

「一条さんって、走りは良くても射撃はからきしですね」


「それもあるけど、ドライバーの加賀美かがみとの相性がさ、良くないんだよ」

「仲が悪いんですか?」

「いや、友達関係の話じゃなくてさ……」

砲撃手ガンナーとしての相性ですね?」

「わかってんじゃん」


 雪野は右手をまっすぐに挙げると、「すみません」と声を上げた。

「ここにボタン、あるけど」

 一条が、テーブル端の従業員呼び出しボタンを指差した。

「押しても来ませんよ」

 雪野がそう言うと、近くの従業員が慌ただしく駆けてきた。

「アイスコーヒー1つ。それから私の後ろ、2つ向こうのテーブルの方々が、ボタンを押しても誰も来なくて困ってましたよ」


 従業員が頭を下げて立ち去ると、雪野は話を再開した。

「一条さん。あなた、魔力感知できますよね?」

「ああ」

「それに頼って『観察』を怠っていることが、あなたの弱みです」

「……どういうこと?」

「自分が走るだけなら、魔力の動きを読めば事足ります。攻撃や妨害なら、それで避けられますから。でも砲撃手ガンナーは『自分から攻撃』しないといけません」

「魔力の動きを読めば、敵の動きは大体わかるけど?」

「それは『敵が動いたら』わかるんでしょ? 攻撃は、『敵が動く前に』動きを予測して、敵が嫌がるところに攻撃するんです。そのためには敵をよく『観察』する必要があります」

「ほう……」

「ドライバーとの連携だって、そうです。ドライバーが加賀美さんなら、加賀美さんをよく観察してください。そして彼が動く前に、彼のしたい事は何かを考えて、行動するんです」

「なるほど……」

「観察してないから、具体的に何が悪いかわからなくて『ドライバーと相性が合わない』って結論が出るんです。今のあなたじゃ、誰と組んでもうまくいきませんよ」


「それは、そうかもな……」

 ソウは、雪野の早口の勢いと説得力に圧倒されて、ただうなづくしかなかった。しかしその一方で、彼女の言い分にソウは、理解と納得をしていた。

「雪野が強い理由、なんとなくわかった気がするよ」

 ソウは言った。

「それから、警察にスカウトされた理由も」


「今日も結論から言うと、あなた方のお手伝いはできません。警察の仕事があるので」

 雪野はそう言うと、運ばれてきたアイスコーヒーのグラスにゆっくりとストローを差し込んだ。

「副業禁止だから? 内緒でやるのはダメ?」

「内緒って、あれだけ目立っておいて……いや、それもありますし、そもそも、忙しいんです」

 そう言って、ストローをくわえて一生懸命コーヒーを吸う雪野。

「フフ……でも、ここに来る時間はあるんだな」

「なに笑ってるんですか? わざわざ時間を作って来てるんですよ」

「いや、コーヒーすすってる姿がなんか面白くて」

「帰りますよ!?」

「あー! 待って! でもさ、警察もさ、追ってるんでしょ!? “神隠しレース”!」




「しー!」




 雪野は慌てて身を乗り出し、ソウの目の前で人差し指を立てた。


「なんで知ってるんですか!?」

 小声で怒る雪野。

「一般には知られてないのに!」

「“闇レース”の参加者から聞いたんだよ。『下位になったら消されちまう、危険なレースがある』って」

 ソウも彼女に合わせて小声で喋る。

「しかも、“神隠しレース”も賭けレースだ。“闇レース”を違法賭博で潰すなら、放っとくわけがない」


「それはそうですけど、“闇レース”とはちょっと事情が違います」

「事情?」


「とにかく!」

 雪野は、顔を上げた。

「私は、そっちの仕事で忙しいんです。レースに出てる暇はありません」

「雪野なら、一緒に一緒にやってくれるかと思ったんだけどなあ」

「他の人を誘うべきでしたね」




「いや、誘うなら今のところ、雪野しか思いつかない」


「私の、砲撃手ガンナーとしての腕が欲しいと?」




「そうじゃないよ」

 ソウは言いながら、コーヒーカップに手をつける。

「雪野なら、勝つのが目的でレースに出ること、なさそうだから」

「え? あなた、勝つために私を勧誘してるんですよね」


「ん、違うけど?」

 ソウはそう言って、カップに少しだけ口をつけた。

「加賀美を、自由に走らせてやるためだ」

「自由に?」

「そう」


 ソウは、カップをテーブルに置く。


「あいつは、運転技術もペース配分も悪くない。本当は、もっと自分の納得のいく走りができるはずだ。けど、攻撃や妨害の激しい“Dレーシング”で納得のいく走りをするには、砲撃手ガンナーの補助が不可欠。あいつの力を存分に引き出せる、砲撃手ガンナーのさ」

「彼が納得のいく走りができるのが第一だと?」

「まあね。今のあいつは、しんどそうだ」

「その割には一条さん、勝とうと頑張ってるじゃないですか。昨日のレースだって一生懸命、順位調整までして」

「昨日のレースも見てくれてたの?」

「い……一応、名前を登録されてますからね!」

「……出るからには優勝を目指すよ、勝たなきゃ機体の維持費も稼げないし。ニナや加賀美だってそう。けど、勝利や利益のために、他のことを犠牲にしようとは思わない。ほら、最近、多いでしょ? 勝つためと金のためなら、チームメイトのことなんて二の次、ってレーサー」


「確かに私は、レースで勝つのを目的には走りません。でも、そもそもレースに興味がありません」

 雪野は“もう話は終わりだ”と言わんばかりに、椅子から立ち上がった。

「“闇レース”で走ったのは、任務のためです。気付きませんでした? “雷王”我田がだといたとき、私が、とってもつまらなさそうな顔をしてたこと」

 そして、ソウに背中を向けた。

「やっぱり、観察力に問題ありますね」




「気付いてたよ」

 ソウは、雪野の背中に向けて言った。

「え?」


「でも我田を捕まえてる時の雪野は、もっとつまんなさそうな顔してた」


「……支払いは、私がしておきます」

 そう言い残し、雪野は去っていった。




 ――さて。やっぱり、そう簡単に首を縦には振らないか。




 ソウは、次の行動を思案していた。


 ――明日の第3レース、またオレが砲撃手ガンナーをやるか? それとも……とりあえず今、ヤバいことになってるのを何とかしないと。

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