第59話 ソウとニナ、そしてリイナ

 ソウから衝撃的な事実を聞かされたリイナは、話が頭に入ってこなくなっていた。


「実は、こないだのレースで無理したのがたたって、この機体、故障中なんだ」

「あ……そ、そうですか」

「ほら、リイナの機体に体当たりとか、無茶な事したろ? だから、今はエンジンの起動もままならない。D-3の賞金は、コイツの修理でほとんど無くなりそうだ」

「そ、そうですか、すいません……」

「? リイナが謝る事ないだろ。無茶したのは俺だ」


「リイちゃん、しっかりして」

 カメラを構えるナコが、リイナに小さく声を掛ける。

「リイちゃんのプライドが叩き潰されたのは見てて何となく分かるけど、インタビュー続けなきゃ」


 ――そ、そうだ……私は、インタビューに来たんだ。ちゃんと、撮影を完璧にこなさなきゃ。


 リイナは、意識して気をしっかりと保つ。


「これが、一条いちじょうさんの機体ですね」

 リイナは、ソウの機体の周囲を歩き、カメラに収めた。


 リイナは、カメラでじっくりと撮っていると、今までは気付かなかった事に気付く。

「スラスターの数が多いですね」

 見れば見るほど、異様な数のスラスターだ。

「本当に多い……」


 ――あれ? 私の機体の、倍くらいあるんじゃ?


 スラスターの数は、操縦の柔軟さに直結する。スラスターが多いメリットは、精度の高い操縦やドリフトの速度の向上だ。

 しかしこのスラスターの量は、いくらなんでも常軌を逸している。


「ス、スラスターの自動制御は、どうしてるんですか?」


 リイナは、恐ろしい返答が来るかもしれない恐怖から、若干震える声で質問した。


 通常、各スラスターの出力調整は、プログラム化して複数個を同時に一ボタンで操る「自動制御」である事がほとんどだ。スラスターを手動で制御できれば操縦の精度は上がるが、操縦難易度は跳ね上がる。




「スラスター? 全部、手動制御だけど」




 ――ぜ、ぜんぶぅ!?




 リイナは昇日の曲線ライジング・ドリフトを使うため、今まで自動制御にしていたスラスターを全て手動制御に切り替えた。操縦難易度は激烈に高く、死に物狂いで操縦に慣れた。


 が、前述の通り、それでもソウの機体の、半分程度のスラスターを四苦八苦して制御していたに過ぎない。


 ソウが、なぜそれだけの膨大な数のスラスターを手動制御にしているのか?

 それは、今の二倍以上の速さが出せる機体性能になった時、昇日の曲線ライジング・ドリフトを含めた操縦技術を、問題無く使用するためである。




 <昇日の曲線ライジング・ドリフト>。


 伝説のレーサー“神威カムイ”も使用したとされる、カーブで“大加速ブースト”で加速しながらドリフトする技術。

 その実現には、各部スラスターの繊細な操作による機体制御が不可欠である。


 リイナは特訓によりこのドリフトをある程度は習得したが、現在のソウが全速力で使用した昇日の曲線ライジング・ドリフトの速度には、まだ及んでいない。




「わ、私は操縦苦手だから、半分は自動制御にしてるんだけど……い、一条くんは『全部手動でいい』って」

 ニナが言った。

「わ、私も操縦、苦手かもしれない……半分ってそれ、私の機体と同じだし」

「リイちゃん、しっかりして」

「あ、ちょっと待って、機体のエンジン、めっちゃ旧式……スラスターの数が多いと、旧式でも私より速く走れるんだ……すごーい」

「リイちゃん、気をしっかり持って」




 リイナは、何とか気を持ち直し、インタビューを再開した。

「でも、それだけ実力があるなら、いずれ注目されるのは間違いなかったですね」


「いや、そうでもないよ」

 リイナの褒め言葉に、ソウは意外な反応を示した。

「ニナと出会わなきゃ、俺はずっと、レーサーに返り咲く事も無かった」


 ソウは、キョトンとした顔のニナを見た。


「俺は、とっくに諦めてたんだ。『両脚使えなきゃレーサーになれない』って常識を鵜呑みにして、何の努力もしてなかった。そんな俺の前に、常識をぶち破ってレーサーになった、ニナが現れたんだ。片脚も使えない、ニナがさ」

 ソウは言う。

「そんでニナが、俺をレースに誘ってくれた。俺はニナのおかげで、レーサーになれたんだ」


「い、一条くんがあの時、機体を直してくれたから、レースができたんだよ」

 見られたニナは、恥ずかしそうに笑った。

「私のおかげじゃないよ。私が、一条くんに助けて貰ったんだから」







「一条ソウって、とんでもないレーサーなんだね」

 撮影を終えたリイナとナコは、帰り道で話しながら歩いた。

「リイちゃんは、アレを目指さなくてもいいからね」


「ナコは心配してくれてるんでしょ? 私が無理して目指そうとする癖、あるから」

 リイナは、今は冷静な頭になっていた。

「大丈夫だよ。皆を悲しませるような無茶は、もうしないから」

「リイちゃん……」

「ま、一条を目指せるかどうかは、まだ試してないから分かんないけどね! まずは、魔力感知の練習! ナコも、やるでしょ?」


「またナコが巻き添え……ううん、いいよ」

 ナコは、リイナの無邪気な笑顔を見て、言った。

「今まで一緒に無茶してきた仲だもんね。やれるとこまで、やるよ」




「魔力感知の事、けいにも教えてやろっかな」

「圭? ああ、ローデスの事? そろそろ配信名で呼んであげなよ」

「いいの。私にとってはずっと圭なんだから。あっ、っていうか、あれ話したい! ニナちゃんと一条の関係が尊かった話!」

「その話されても、反応のしようが……」

「あと、ニナちゃん可愛かった!」

「その話をされたローデスは、どうすればいいの……?」




 リイナの借金は、まだ完済されていない。

 レースで負けて減った視聴者達は、まだ戻ってきていない。

 今日のインタビューで、一条ソウが自分より遙か遠いレベルにいる事も分かってしまった。


 それでも彼女は、不思議と晴れやかな気分だった。

 ソウやニナと打ち解けられたからなのか、上達のヒントを得られたからか、理由は彼女にもハッキリとは分からないけれど。


 悪い状況じゃない、と、彼女は思った。







 望見のぞみニナが、研究室から姿を消したのは、この翌日の事である。

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