第49話 最速の男 VS 最速の配信者

 一条いちじょうソウは、焦燥を感じていた。


 戸貝こがいリイナの、予想以上の走力に。




 ――昨日の配信は見ていたが……


 昨日、第3レース終了後の夕方。戸貝リイナは「復帰後の練習」と題して、コクピットからの視点を配信しながら実機でコースを走っていた。

 入院によるブランクは1年。復帰は第2レースの翌日、つまり、2日前のこと。にも関わらず、操縦精度は「D-1レーサーにも劣らない」と言われる赤居あかい祐善ゆうぜんを、優に上回っていた。操縦センスの高さ……のみならず、配信外や復帰前にも熱心に練習を続ける、堅実さが伺えた。


 その実力を知りながらも想像を裏切られたことに、ソウは焦っていた。




 ――今日は、昨日の配信を遙かに超える速さだ……!




 現在、ソウは1位を走っている。そのすぐ後ろに、戸貝リイナの機体。

 3位の赤居とは、既にタイムにして5秒近くの差をつけている。


 こんな前で走る予定は、無かった。リイナの近くで走り、彼女の順位を落とすことを狙うのが、最優先の課題なのだから。

 だが、そのリイナが他と差をつけて1位を走るなら、ソウもそれに合わせた走りをせざるを得ない。


 ――これ以上4位と差をつけると、面倒なことになるな。


 4位との差は、タイムにして10秒近く。1周目序盤で、の話だ。


 今のソウの狙いは、リイナの目の前を走ることで彼女の砲撃手ガンナーに“迎撃ミサイル”を撃たせること。

 本当は後続の機体の砲撃も期待していたが、既にこれだけ差をつけられると各機、勝利は諦めて、下位争いを想定した動きをしているはずだ。ソウはやむなく、リイナ自身に自爆させる作戦にシフトした。


 ――今日のコース内は風が強い。魔力と風の動きを読めば、赤い追跡者レッド・トレッフェンでも誘導は難しくない。




 特殊武装<赤い追跡者レッド・トレッフェン>。


 ロックオンした敵車を追尾する特殊な”迎撃ミサイル”。コース端では通常の”迎撃ミサイル”と同様に反射し、狙った相手を追尾し続ける。

 その性質から、赤い追跡者レッド・トレッフェンを避けつつ狙った相手にぶつけることは、限りなく不可能に近い。だが、風のような外部要因と一条ソウの精密な操縦技術、および魔力感知能力があれば、話は変わってくる。




 前半山場のヘアピンカーブに差し掛かるところで、ソウは真後ろの機体から異質な魔力の動きを感じた。


 ――この魔力は通常の”迎撃ミサイル”か!


 追尾しない砲撃は逆に誘導しにくいが、当たる心配も少ない。


 ――まずは牽制、ってところか。


 考えながらバックミラーを確認した時、ソウは自身の目を疑った。




 最初は、リイナの隣に雪野ゆきのアズサが乗っているのか、と錯覚した。

 雪野はソウのチームメイトだ。ライバルチームにいるはずなど無い。

 それでも、そう錯覚させた理由、それは。


 砲撃手ガンナーが、ライフルを構え、銃口をこちらに向けていたからだ。




 ――外付けのライフル!?


 ライフルから”迎撃ミサイル”の高速な魔力弾が、連続で2発放たれた。

 ソウは、アクセル出力を調整し、スピードに緩急をつけながらハンドル捌きで2発を避ける。

 かろうじて、の回避だった。

 反射する2発の魔力弾の間をすり抜けながら、2機の機体はヘアピンカーブを走る。




「い、一条くん、今のって……!」

 助手席に座る望見のぞみニナが、当惑と不安の入り交じった声を出す。

「ああ、外付けのライフルだな」

 ソウは冷静に返事しながらも、内心ではより大きな焦りをつのらせていた。




 外付けライフルによる狙撃スナイプは、最強砲撃手ガンナー・雪野アズサの特権とも言える装備だ。

 魔力弾を小型に圧縮し、ライフルの銃口から発射することで、魔力弾の弾速と精度はに高まる。

 使いこなせば圧倒的な命中率を誇るが、扱いが非常に難しい。

 だから、雪野アズサ以外の砲撃手ガンナーがライフルを使用することは、今までの公式戦では一度も無かった。




 ――マズいな。


 ソウは、作戦をさらに再考する必要に駆られていた。


 ――ライフル狙撃は、さすがに誘導できる弾速じゃない。




 考えがまとまらないまま、レースは1周目の後半に差し掛かる。




 コース後半は、緩やかな長いカーブを抜けた後、細かいカーブが連続する難所を越えて、1周を終える。

 だが、コース上部の空洞を抜けることで、前半の緩やかなカーブをほとんどカットできる経路短縮ショートカットが存在する。成功すれば大幅な時間短縮になるが、空洞内は細道で常に上り坂。入り口周囲の壁に激突しやすい上に、ハイスピードで突入しなければならず、失敗すれば逆に大きなタイムロスとなる。


 ソウとリイナは、ほぼ同時に、迷わず経路短縮ショートカットの空洞に突入した。




 ――やっぱりな!


 リイナの順位を落とすのが最優先のソウにとって、経路短縮ショートカットでタイムを縮めることは必ずしも正解とは限らない。

 だが、リイナが経路短縮ショートカットを避ける理由は無い。勝つためにも。技術的にも。


 細い空洞を、ソウとリイナは普通の直線コースを走るように、危なげなく抜ける。


 抜けた先は、カーブの連続。


 普通のレーサーにとって難所となるこのエリアは、を使えるソウにとっては、タイムを自在に調整できるエリアと言える。

 リイナにとっては、難所とは言わずとも、少なくとも簡単に抜けられるエリアではない。




 これが、ソウの予想だった。




 リイナの機体が、連続カーブに差し掛かったところで、速度を上げた。


 これを想定していなかったソウは、本来得意とする連続カーブで大きな遅れを取ることになる。




 コーナリング中に“大加速ブースト”を使用する神業かみわざ。その機体は、ソウの機体の外側を、昇り沈む太陽と同じ軌道を描いて抜かしていく。


 この技を使えるのは、伝説のレーサー“神威カムイ”と、一条ソウのみ。

 の、はずだった。




 ――“昇日の曲線ライジング・ドリフト”!?







<“D-3リーグ”Fブロック最終レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位 戸貝リイナ(Dan-Live A-Team)

2位 一条ソウ・望見ニナ(チーム望見)

3位 赤居祐善(アカガメレーサーズ)

4位 メイス(シャドウズ)

5位 村道みのり(お茶の間親衛隊)

6位 佐東陣(ハバシリBチーム)

7位 コウテイペンギン(動物園)

8位 儀棚友和(千種食器)

9位 二船佐恵(グラビアレーサーズ)

10位 ドン(お笑いの走り手達)

11位 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)

12位 景谷尊号(ニードルズ)

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