第50話 諦めの全速力

 加賀美かがみレイはスマホで、戸貝こがいリイナの配信と、公式の定点カメラ映像を交互に見ながら、レースを観戦していた。

 彼は今、会場から遠く離れた場所にいる。今更、応援をしようと向かったところで、レース終了までに間に合うことは無い。


 ――リイナが、まさか“昇日の曲線ライジング・ドリフト”を……!?


 レイは、休業・復帰以前のリイナの操縦技術は、知っていた。

 そして、砲撃手ガンナーの同じく配信者・空切そらきりナコの実力も。

 その上で、一条いちじょうソウの走りを間近で見ていたレイは、速さはソウの方が一枚も二枚も上手だと思っていた。


 しかしリイナの操縦技術は、休業前を遙かに凌駕りょうがしている。まるで、レースに二人の一条ソウが、いるかのようだ。

 そしてナコは、今日より以前はライフルを使用したことは無かった。


 おそらく二人とも、今日までのソウの走りや、昨日の雪野ゆきのアズサの狙撃を見ている。そして、たった数日の間に、ナコに至っては昨日の今日で、彼らの技術を取り入れ、より強力に成長したのだ。




 ――しかし、リイナの配信は、いつにも増して視聴者が多いな。




 リイナの動画配信チャンネルは、登録者数200万人を超える大手。

 しかし、現在の配信の同時視聴者数は、登録者数に対しても明らかに多い、50万人。

 この規模のチャンネルの場合、通常の配信なら同時視聴者数は1万人程度が相場だ。おそらく、最終レースの様相を細かに知りたい、レイのようなレースファン達が、リイナの配信にも殺到しているのだろう。


 コメント欄は、リイナとナコの大活躍を前に、大盛り上がりを見せている。



 ――リイナ、さっきのドリフトすごかったな

 ――リイちゃん、その調子だよ!

 ――ついに1位に!

 ――そのペースを維持しよう!

 ――ナコもいい調子!

 ――ナコの方は、昨日は配信やってなかったけど、ライフルの練習をしてたのかな?

 ――たった1日でライフルの使い方を習得したナコ、すごすぎ!



 レイは、ソウ達が苦戦しているのを見て喜んでいる視聴者達に苛立ちながら、それ以上に、自分を責める気持ちが沸いてきていた。




 ――俺が第1レースでちゃんと結果を出せていたら……




 第1レースで、1ポイントでもポイントを取っていたら、「チームが勝つには、リイナを4位以下に落とさなければならない」という無理難題を突きつけられることも無かった。

 そんな罪の意識が、レイの心を締め付ける。


 ――そんなことを言ったって、できないことはできないんだ。第1レースで俺に、何ができたっていうんだ?


 同時に、罪を逃れる言い訳がレイの心をむしばむ。


 ――本当の罪を犯したのは、第3レースだ。良かったのは結果だけ。やったことは最悪だ。




 ――だから、俺は今、ここにいる。




 考え事をしながら、うつろな目で公式の定点カメラの映像を眺める。

 ソウの機体と、リイナの機体がコースを走り抜ける様子が、ちょうど画面に映った。




 ――ちょっと待て?


 そのライブ映像を見て、レイは違和感を覚えた。


 今度は、リイナの配信画面に切り替える。

 リイナのコクピット視点では、いつの間にか再度1位になったソウが、リイナの前で圧倒的な操縦技術を見せている様が見えた。ソウは徐々にだが、2位のリイナに対してリードを作り始めている。


 どうやら、1周目のソウは本気で走ってはいなかったらしい。それも驚くに値する事実ではあるが、それ以上に違和感を覚えたのは……




 ――それじゃ、リイナの順位を落とせないだろ!?




 もはやソウは、リイナの順位を落とすことを諦め、純粋に速さでリイナに勝とうとしているように見える。


 配信のコメント欄は、ざわつき始めていた。



 ――1位、速くない!?

 ――リイちゃん、ライジングドリフトってやつも使ってるんだよね?それでも距離が離れてくのはなぜ??

 ――ナコの狙撃、さっきから一発も当たってないな

 ――1位はあの一条ソウだぞ 配信者ごときに追い詰められる方がおかしかった

 ――ここはリイちゃんの配信だぞ 他レーサーのファンは帰れ

 ――一条はリイナの順位を落とさないといけないはずだが・・・諦めた?

 ――2位でも上位リーグには行けるよ!焦らないで!



 大幅なリードを取れているわけではない。最適なルートを最速で駆け抜けるソウに対し、リイナが必死に食らいついている状態だ。しかしそもそも、ここまでのデッドヒートを演じてしまっている時点で、ソウに勝算は無い。

 3周目にして、1位と2位は他の機体を取り残してのトップ争いを演じている。3位の赤居あかい祐善ゆうぜんすら、1位のソウとコース4分の1程度の差がある。

 4位に至っては、半周差だ。


 ――これじゃ、リイナを4位に落とすなんて絶対に無理だ。どういうつもりだ、ソウ!?


 レイは、一つだけ、納得のいく説明が思い当たった。




 ――一条ソウは、チームの勝利を既に諦めている?




 大けがや死のリスクを背負うくらいなら、負けた方がマシ。

 一条ソウも望見のぞみニナも、そういうスタンスの人間だ。チームメイトだったレイは、それをよく知っていた。

 だからこそ、上位リーグ勝ち上がりは、早々に諦めてしまったのだろう。




 配信に表示された、あるコメントがレイの目についた。



 ――一条ソウは、チームの勝ちは諦めたんだろうな

 ――やっぱり第1レースのリタイアが足を引っ張ったな

 ――諦めの全速力って感じか



 レイは、それに続いて流れていくリイナへの応援コメントを眺めながら、スマホのブラウザを閉じた。







<“D-3リーグ”Fブロック最終レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位 一条ソウ・望見ニナ(チーム望見)

2位 戸貝リイナ(Dan-Live A-Team)

3位 赤居祐善(アカガメレーサーズ)

4位 村道みのり(お茶の間親衛隊)

5位 メイス(シャドウズ)

6位 佐東陣(ハバシリBチーム)

7位 二船佐恵(グラビアレーサーズ)

8位 ドン(お笑いの走り手達)

9位 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)

10位 コウテイペンギン(動物園)

11位 儀棚友和(千種食器)

12位 景谷尊号(ニードルズ)

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