第51話 最後のピットイン

 全ての機体はレース中に、一度以上ピットインし、機体の整備をおこなう義務がある。

 それが、公式戦「Dリーグ」に設けられたルールだ。

 このルールは、ピットインを省略して事故を起こす機体が後を絶たなかった、リーグ発足初期に設定されたものだ。

 実際、1周が10分前後かかるDレーシングにおいて、反重力エンジンを連続して稼働できるのは、せいぜい3周か4周。それ以上エンジンを休ませずに稼働させれば、エンジンがオーバーフローを起こして大事故を引き起こす。


 コースの1周が長い本レースにおいて、ピットインせずに走れるのは、3周が限度。

 2周目終了時にピットインをした機体は、2機。

 それ以外の機体は、3周目終了後に続々とピットインをすることになる。




 3周目終了後にピットインした最初の機体達が、一条いちじょうソウ・望見のぞみニナが乗る機体と、戸貝こがいリイナ・空切そらきりナコの駆る機体だ。




「まったく! 私のことを、何だと思ってるんですか!?」

 ピットで待ち構えていた雪野ゆきのアズサは、コクピットから降りてきたソウを見て声を尖らせた。

「私はチームには入らないって、あれほど言ったのに!」


「ご、ごめんね、アズサちゃん」

 コクピットから顔を出して謝ったのは、望見ニナ。ピットイン直前に雪野へ電話し、ピットに来るよう頼んだのは、彼女だ。


「あ、あなたは悪くないですよ。指示されただけでしょ?」

 ニナの本当に申し訳なさそうな顔を見ると、雪野の声は勢いを失いかける。


「ニナを降ろすにはスロープの準備がいる。それなら、オレと雪野でサッサと整備した方が早いだろ?」

 早くも機体下部の外部装甲を開き、機体の点検を始めたのは、ニナに電話を指示した一条ソウ。

「だから、なんで当たり前のように私をこき使おうとするんですか!?」

 雪野の声に勢いが戻る。

「でも、こうして来てくれたわけだし」

「ニナさんが可哀想だったからです」

「あ、マフラー側の点検、お願いしていい?」

「人の話、聞いてます!?」




「お、お疲れ様です!」

 機体整備中のソウに、声を掛ける女性の声。

 ソウは、この声をレース前にも聞いている。

 チーム「Dan-Liveダンライブ A-Team」の、戸貝リイナ。


「あ、振り向かなくていいです、お忙しいところすみません!」

 機体下部に潜り込んでいたソウが顔を出そうとすると、リイナはそれを止めた。

「ただ、一条さんが想像よりもっと速くて、すごいなと思って……一言、声を掛けずには、いられなかったんです!」


「わあ、雪野アズサちゃんだ!」

 同じ方向から、空切ナコの声も聞こえてきた。

「思ったより、ちっちゃい!」


「ちっちゃくて悪かったですね!」

「わあ! ご、ごめんなさい!」

 雪野の怒声に、タジタジなナコの声。


「私、チームの勝ちも欲しいですけど……それ以上に、あなたに勝ちたい!」

 リイナは言った。

「だから、私達は最後まで、あなたを抜きに行きます! それを、伝えに来ました!」


「はいよ」

 ソウは、作業をしながら返事をした。


「望見さんも、最後までよろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします」

 リイナは、機体に乗っているニナにも声を掛けたようだ。

 そのやり取りを、ソウは見ることはなく、耳で言葉のやり取りだけを聞いていた。




「彼女達、思ったより元気ですね」

 リイナ達が自分たちの機体に戻っていった後、雪野がソウに話しかけた。

「あなたと激闘を繰り広げた直後とは、思えません」


「そう?」

 ソウは、一言だけ返した。


「……一応、私も魔力感知能力はあるので、それも踏まえて言ったんですけど」

 雪野は、ソウの反応が想定外だったのか、言葉に詰まりながら続ける。

「ひょっとして、あなたの魔力感知能力の方が、性能が良かったりします?」


「いや、それは知らんけど」

 それだけ言って、ソウは潜り込んでいた機体下部から、体を脱出させた。

「おし、異常なし、絶好調!」


「……無茶は、しないでくださいよ」

 雪野が、上機嫌なソウの顔を見て、言った。

 ソウが振り向くと、雪野はいつもと違って、不安そうな表情をしている。

「心配してくれてるの?」

「だから! ……ニナさんが、可哀想でしょ」




「……結果のために、人生を台無しにしたりはしないさ」

 そう告げると、ソウは機体のコクピットへ上がっていった。




 機体に乗り込むと、ソウは急ぎ気味にスマホの画面を見た。

 そして、戸貝リイナの配信をチェック。

 彼女は、元気そうな声でコクピットで話している。どうやら整備が終わって、まもなく出発するようだ。

 彼女や空切ナコの顔は見えない。ただ、ソウと競い合えていることが嬉しい旨を、元気な声で視聴者達に伝えながら、リイナは機体のエンジンを始動させていた。


 1位チーム「アカガメレーサーズ」のレーサー・赤居あかい祐善ゆうぜんも配信していたので、ついでにこちらも軽くチェック。

 赤居は「腹が痛くて調子が出ない」等、やたらと言い訳を口にしながら、整備が終わるのを待っている。ピットインしたのが先ほどなので、レースに復帰するまでにはもう少し、時間がかかるだろう。




「ね、ねえ」

 エンジンが始動した機体の中で、ニナが言った。

「無理、しないでね」


「雪野にも、同じこと言われたよ」

 ソウが言う。

「大丈夫だ。勝つぞ、ニナ」


「で、でも……」

「勝って、加賀美が戻ってこれる場所を作っておく。だろ?」

「そ、それは確かに、最初はそう言ったけど……」

「ニナは正しいよ」


 ――今までのように、余力を残して目標を達成するのは、難しいだろう。「戸貝リイナを4位に落とした上で、1位を取る」という目標を、達成するのは。だが……




「大丈夫。勝算は、ちゃんとある」







<“D-3リーグ”Fブロック最終レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位 一条ソウ・望見ニナ(チーム望見)

2位 戸貝リイナ(Dan-Live A-Team)

3位 赤居祐善(アカガメレーサーズ)

4位 村道みのり(お茶の間親衛隊)

5位 メイス(シャドウズ)

6位 コウテイペンギン(動物園)

7位 佐東陣(ハバシリBチーム)

8位 儀棚友和(千種食器)

9位 二船佐恵(グラビアレーサーズ)

10位 ドン(お笑いの走り手達)

11位 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)

12位 景谷尊号(ニードルズ)

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