第4話 テン職

 ソウは松葉杖を動かし、機体の修理箇所へ進み出た。




「何のつもりだ」

 親方は、ソウに言った。

「頼まれたら修理する。それが仕事でしょう」

 ソウは平然と返す。




 ――別に、この子が可哀想だと思ったからじゃない。


 ソウは考えた。


 ――上司とか、金持ちとか。そんな奴らにヘコヘコし続けるのに、嫌気が差しただけだ。




「そんな個人参加者は放っておけ」

 親方は、説教口調でソウをさとそうとする。

「向こうに行け」

「先にピットインしたのはこの機体です。オレはこの機体を修理します」

「指示に従え」

「嫌です」


 ――この会社には、もうバイトにも来れないな。


 言い合いのさなか、ソウは思った。


 ――けど、仕事ならまた探しゃいい。片足以外は健康なんだ。人生は立て直せる。




 ――心は、折れたらもう治らないかもしれない。




「チッ、これだからバイトは……」

 捨て台詞を残して立ち去る親方の足音を聞きながら、ソウは機体の破損箇所を見た。


 ぱっと見、作りは複雑に見える。だが、それは様々な構造を細かく組み合わせているからだ。

 1つ1つを見れば、知らない構造は無い。修理は十分可能だ。


「直せますが、少々お時間を頂きます」

 ソウは、彼女に尋ねた。

「よろしいですか?」


「もちろんです」

 彼女は、希望の光を宿した瞳で、ソウを見た。

「時間はどれだけかかってもいいです。完走できるのなら……」







 ソウは、修理を始めた。

 一つ一つの部位を確認し、破損したパーツを付け替える。

 普段の整備では見ない、教科書でしか見たことが無いような構造もある。

 しっかり勉強して、製作したのだろう。ソウは、彼女が費やした努力に思いをせながら、修理を進める。




 5分後。2位の機体が発進する音が聞こえた。




 さらに5分後。別の機体が2機来て、修理を受け、発進していった。




 彼女は、そばでずっと修理を見守っていた。

 祈るように、こぶしを膝の上で、ぎゅっと握りながら。




 いつの間にか、親方が戻ってきていた。

 ソウの修理を、じっと観察している。


 ソウが修理を終え、外部装甲を取り付けたとき、親方は目を見開いてつぶやいた。

「こんな精密な仕事、初めて見た……」







「これで、走行には問題ありません」

 点検を終えると、ソウは彼女に告げた。

「エンジンをかけてみてください」




「な、直った……」

 彼女は、機体が元気に始動するのを見ると、瞳をうるませた。

「よ……よし」


「お気をつけて」

 ソウは、今度は目の前で発進されないように、松葉杖で後方へ下がる。







「キ……キミ!」


 だが彼女は発進せず、ソウを呼び止めた。


「い、一条君と言ったかな!?」

「はい?」


 ソウは、コクピットから体を乗り出して懸命に叫ぶ彼女を見て、首をかしげた。

 ――整備に、何か不備があったのか?


「キミみたいに細かい作業ができる人、初めて見た」

「そりゃ、どうも」




「キミ、私のチームに入れ!」







「はい!?」

「えっと……整備士だけじゃなくて、予備のレーサーもやってほしいんだ。私のチームは人手不足……というか、私一人だし……」

「レーサーも!?」

「そ、そう! この機体は速い代わりに、普通の機体より細かい操作が要るんだ。だから私以外に扱える人がいなかったけど、キミならきっと……」


 言いながら、彼女は顔を赤らめ、モジモジとしている。




「そ、そりゃあ、ありがたい話だが……」


 仕事に困っているソウにとっては、願ってもない話だ。整備もレースもできるなんて、こんなに嬉しいことは無い。だが、話が出来すぎていてソウは、即答出来かねていた。




「……だ、ダメか? もしかして、給料のことを気にしてる?」

「えっ? まあ、気にはなるが……」

「た、確かに、収入源は私のバイトだけだから、キミのお給料を出すのはなかなか……」

「そりゃ確かに困るな」

「で、でもっ! 生活は保障する! キミが必要なことなら、なんでもするから!」

「なんでも!?」

「お、お金のかかることは無理だけど、それ以外は……と、とにかく! キミが生活の心配をする必要は無い! だから私のチームに入って、お願い!」




 ――胡散臭うさんくさい子だ。


 そう思いながらも、ソウに迷いは無かった。


 むしろ、最初から心は決まっていた。




「わかりましたよ」




「ホント? やった!」

 彼女は、ソウに手を差し伸べた。




「じゃあ、今すぐ機体に乗って!」




「は!?」

「他のピットに入ったとき、キミがいないと修理してもらえないかも。でしょ?」

「はあ……まあ……」


 コース中には2ヶ所、ピットが設置されている。

 先ほどの親方の対応を見るに、オレ以外に修理してくれそうな人はいないな、とはソウも思った。


「整備士のキミがいれば、ピットで工具くらいは貸して貰えるはずだし」

「隣に整備士乗せて走るレーサーなんて、聞いたことないですよ」

「いいの! それに、チームメイトなんだから見届けてよ! 私がゴールするところ!」




 ソウは、思わず笑みがこぼれそうになった。


 ――チームメイト、か。


 ――その響き、久しぶりに聞いたな。




「待て!」

 親方が、ソウを呼び止めた。

「さっきの整備を見ていた。一条君、キミは整備の才能がある」




「才能?」

「ああ。あれだけ精密な整備、余程の才能が無ければできるもんじゃない! ウチの正社員にならないか!?」




 ソウは、強烈な違和感を感じた。


 ――才能?


 ――お前らが整備できなかったのは、だ。


 ――メーカー製の、仕様書付きの機体しか、整備する気が無いからだろ。




「オレは、才能で仕事してないんです」

 そう言うと、ソウは彼女の手を取った。




一条いちじょうソウです」

 ソウは、彼女に名を告げた。


「私は、望見のぞみニナだ」

 彼女はソウの手を握って、安堵の笑みを見せた。







<D-3開幕前エキシビジョン 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位:ローデス(Dan-Live)

2位:太刀宮陽太(Rokuma)

3位:Liina(オンダ)

4位:赤居祐善(Tasnitecアカガメレーサーズ)

5位:にゃーた(Dan-Live)

6位:ひげレーサー(オフィシャル髭レーサーズ)

7位:ゴリラ(動物園)

8位:seven(Dan-Live)

9位:じい(高齢者レーサーズ)

10位:ピエロダッシュ太郎(サーカスレーサーズ)

11位:望見ニナ・一条ソウ

12位:加賀美レイ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る