第3話 拒否

「遅い!」




 親方の怒声を耳に入れながら、アルバイト整備士の一条いちじょうソウは、機体カートに反重力エンジン装置のパーツを取り付ける。

 丁寧に、ゆっくりと。

 機体の心臓とも言える部位だ。いくらかされようと、適当に済ませることはできなかった。


 作業を終え、外部装甲を取り付けた瞬間、機体はソウの目の前で動き出した。

 驚いたソウが尻餅しりもちをつく間に、機体は『じらされ続けてもう限界だ』と言わんばかりに、あっという間に加速してレースへ復帰していった。




「おい!」


 地面に尻をついて呆然とするソウは、頭の上から親方のデカい声を浴びせられた。


 ソウが振り向くと、親方は般若はんにゃの形相で彼を睨んでいた。


「どんだけ整備がおせぇんだ、おめぇはよ! 整備士やって何年目だって?  2年目だったか!?」




 ――3年目だよ。

 とソウは思ったが、言っても良いことが無いのは明らかなので、彼は押し黙る。




「整備はな、早くできてなんぼ! 1秒でも早く乗れるようにしてやるのが大事なんだよ!」


 親方はソウに説教する。


「整備の中身なんて、乗れりゃ何でもいいんだ!」




 ソウは、整備士のアルバイトでレース場に来ていた。

 今日は、国内戦”ディーリーグ”開催前のエキシビジョンレースだ。仕事内容は、専属整備士を持たないレーサーに対して、ピットイン時の機体整備を請け負うこと。




 上司から言われることは、前の職場と同じだった。




「おい、次が来たぞ!」

 ピットインする機体のエンジン音が聞こえてくると、親方はソウに背を向けた。

「さっさと来い!」




 親方が走り去った後。

 ソウは松葉杖につかまって、ゆっくりと立ち上がった。




 ソウは、イライラしていた。


 ――なんでみんな、早さしか気にしないんだ? オレみたいに、整備不良の事故でレースに出れなくなっても、気にならないのかよ?




「1位と2位の機体だぞ! ほぼ同時だ!」




 誰かの大声で、ピット内の雰囲気が変わった。


 整備の時間で優勝者が左右し得る。整備士にとって最も緊張し、ストレスがまるシチュエーションだ。




 先に入場してきたのは、薄汚れた鉄板を全体に打ち付けたような、無骨なデザインの機体。

 続いて、美麗な流線型のフォルムに、ガラス張りで上品なフロントをした機体が入ってきた。

 どちらも魔法攻撃を被弾したのか、外部装甲の一部が剥がれ落ち、内部の機械に故障が見られる。


 こういう場合、先に入場した方から声をけるのがルールだ。

 親方は、1位のゴツい機体へ向かい走る。




 ――丁寧に整備するのも、バカらしくなってきた。


 ソウは下を向くと、投げやりな考えを胸の内に渦巻かせる。


 ――適当にやって、誰よりも早く終わらせてやろう。その方が褒められる。そのあと事故ったって、知ったことか。


 そんな、どす黒い感情を抱きながら、ソウは顔を上げる。




 様子がおかしいことに、ソウは気づいた。


 1位の機体に集まった男達が一向に整備を始めず、機体の周りでざわついている。




 ――なにか、めてるのか?


 ソウは、1位の機体へ向かった。

 見れば、整備員達は機体の外部装甲を外した状態で、あちこちを指差して話し合っている。


「こんな複雑なやつ、初めて見たよ」

「メーカー製じゃ無いのか?」


 話し声を聞きながら、ソウは機体のコクピットを見た。

 金属板を張り付けただけの簡素なサイドドアが開いていて、中のレーサーと親方が話をしている。


 ふと、親方が体を後ろに引いた。

 入れ替わるように別の整備員が進み出て、コクピットから地面にかけてスロープを設置する。

 すると、レーサーがコクピットから姿を現した。




 ソウは、思わず声を上げそうになった。




 レーサーは……彼女は、車椅子でコクピットから出てきたからだ。

 ソウの胸がざわつく。


 ――車椅子のまま乗れる機体なんて、聞いたことないぞ。


 ――当たり前だ。そんな機体があるなら、オレは……




 彼女はボサボサの長い髪を風に揺らしながら、大きなくまのできた目で足下を見て、車椅子を操作する。

 スロープを降り、機体の故障箇所を見る彼女に向かって、親方が何かを説明し始めた。


 話の内容に、ソウは耳を傾ける。




「機構がですね、よくわからないんですよ。だから、いま直せと言われましても……」

「そんなはずない。既存の装置を組み合わせただけです」


 親方に対し、彼女は反論する。


「失礼ですが、所属企業は?」

「……個人参加です」




「なんだ、やっぱり個人か」

 整備員の誰かのつぶやきが、ソウの耳に入った。




 レーサーは、企業や公機関の後ろ盾があるかどうかで扱いが変わる。


 世の中の大体の業界と同じ、いや、それ以上に、人脈が物を言う世界だ。


 機体の価格は最低3千万。これにレース参加費、整備費用、その他諸々もろもろの費用がかかることからも、個人参入の難しさがわかる。




「機体の製造メーカーは?」

「自作です……」

「メーカー保証の無い機体の整備は、ちょっとねぇ……」

「で、でもっ! 安全テストには合格しました! 協会発行の保証書もあります!」

 しぶい表情の親方に、彼女は必死で訴える。


「メーカー製は高くて、とても手が届きません。生まれつきこんな体だから、企業所属のレーサーにもなれないし……それでも、レースに出るのが夢で! そのために、自分でも乗れる機体を自作しました! せめて、最後まで走りきりたいんです! だから……」




「やめましょうか、走るの」




 親方は、彼女の話など聞いてはいなかった。


「危険ですよ、自作の機体で走るなんて」

「で、でもちゃんと安全テストには合格して……」

「こんな意味不明なエンジン機構、我々には直せません。どうしてもと言うなら、ご自身で整備士を雇っては?」




「機体も買えないのに、整備士なんて雇えるわけねぇって」

 近くの整備士が、クスクスと笑った。




「何か揉めてるんでしょうか? こちらの修理に誰も来ませんね。職務怠慢かな?」


 2位の機体の方から、わざとらしく大きな声。

 レーサーが、スマートフォンを片手に喋っている。


「ウチの専属整備士は、こんなこと一度も無いぜ!? これ以上遅かったら、訴えてもいいですよね。どう思う、みんな?」


 スマホに向かって喋っている彼は、どうやらインターネット配信をしながらレースに参加しているようだ。




「全員、あっちの機体へ行け!」

 親方が、大声で指示を出す。

「急げよ!」




 ソウを除く整備士達は一斉に、2位の機体の方へ走る。

「あの機体、見たことあるぜ! Tasnitecタズニテック社の”アカガメ”レーサーチャンネルだ」

「やべぇやべぇ、機嫌損ねたらウチの会社潰されるとこだ」

 彼らは口々に言いながら、1位の機体から離れていく。




「あ、待って……」


 整備士達が去り、ついには親方にも背を向けられた彼女は、呆然ぼうぜんとしていた。


「せめて、そこの電動工具を貸して……」


「あのね!」

 業を煮やした親方は、いら立った声を上げた。

「工具だって、タダじゃないんですよ! 直したかったら、もっとマトモな機体に乗ってこいよ!」


「う……うぅ……」

 彼女の目元の隈が、溜まった涙で少し濡れた。







「オレが修理します」


 そのとき声を上げたのは、他の整備士が去った後もその場に残っていた、ソウだった。







<D-3開幕前エキシビジョン 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位:ローデス(Dan-Live)

2位:太刀宮陽太(Rokuma)

3位:望見ニナ

4位:赤居祐善(Tasnitecアカガメレーサーズ)

5位:Liina(オンダ)

6位:ひげレーサー(オフィシャル髭レーサーズ)

7位:じい(高齢者レーサーズ)

8位:にゃーた(Dan-Live)

9位:ゴリラ(動物園)

10位:seven(Dan-Live)

11位:加賀美レイ

12位:ピエロダッシュ太郎(サーカスレーサーズ)

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