第2話 カート博士の初レース

 望見のぞみニナは、不安と期待を胸に、レース参加受付の前にいた。


「ニナ!」


 呼びかける声に、彼女は振り向く。


「お姉ちゃん!?」

 ニナは驚きの声を上げる。

 そこにいたのは、来るとは思っていなかった彼女の姉・ルナだったからだ。


「あなた、本当にレースに出るの? そんな体なのに!?」

「当たり前でしょ! そのために機体を作ってるって、言ってたでしょ!」


 姉のルナは、既に結婚して家庭を持っている。一人暮らしをしているニナと会うのは、実に2年ぶりだ。

 ニナがダンジョンレーシングの機体を作ることに、ずっと反対していた。


「見て! 安全テストに合格して、協会の保証書ももらったんだよ」

 ニナは、1枚の紙を広げて見せる。


「でも、自分で運転するなんて……危ないわよ」

「心配しないで。シミュレーターと練習場で、みっちり練習したんだから!」

「実戦は初めてなんでしょ? 大丈夫?」

「もう、心配しすぎ! 前に言ったでしょ? 細かい作業が得意なエンジニアは、細かい操作が必須なDレーシングも得意だって。私、シミュレーターなら日本記録と1分しか違わないんだよ!」

「そっか……」

「……そんな顔しないでよ。知ってるでしょ? レースで一番になるのが、私の夢だって」

「うん。……気を付けてね」




 ニナは参加受付を済ませると、機体カートを運んで意気揚々と会場入りした。


 今日はダンジョンレーシングの国内リーグ、”ディーリーグ”開幕前のエキシビジョンレース。


 ニナにとっては、これがデビュー戦だ。

 今日の目標は、まずは完走すること。

 ゆくゆくは自分のチームを作って、”ディーリーグ”制覇を目指すのが、ニナの夢だ。







「あの、すみませーん!」


 ニナはスタートレーンに機体を運ぶと、隣のレーンに顔を出して声を掛けた。

 彼女の機体は特別な仕様で、一人だけでは乗り降りができない。レーサー以外出入りができないレーン内では、他のレーサーに手伝ってもらうしかない。


「ちょっと、手伝ってほしいんですけど」




「あ?」

 隣の機体のコクピットから、若い男が顔を出した。

 見たところニナより少し若い、大学生くらいの男だ。


「なんか、隣のレーサーに話しかけられました」

 男は返事の代わりに、手元のスマートフォンに向かって喋り始めた。

「いや、あの様子だと、きっとレーサーじゃないでしょうね。でも、係員でもなさそう」


「ほら、手伝ってあげなよ」

 機体の助手席に座る女が、男の肩をつついた。

「ちょっと待っててぇ」

 彼女はニナに声を掛けると、男の背中を押して、一緒にコクピットから降りてきた。




「私が、この機体に乗りたいんですけど……」


「えっ? キミが乗るの?」

 ニナの説明を聞く前に、男がまゆを曲げて驚いた。

「マジ? 聞きましたか、この人……」

「ちょっと! 配信の前に、説明聞いてあげなよ」


 女が男をどつきながら、ニナの説明を聞いて、機体に乗るのを手伝った。

 しかし女の方も、ニナが一人で機体に乗ってレースに参加すると聞いて、いぶかしげな表情を見せる。




「ねえ、後援企業はあるの?」

 女がニナに尋ねた。

「えっと……後援してくれる会社は、無くて……」

「そっか、そうだよね……」


「顔はいかにも不健康だけど、メイク次第で美人になりそうでしたよね。やりたい? よせって、まだ本人近くにいるんだからさぁ」

 男はスマートフォンが好きなのか、作業中もひたすらスマートフォンに向かって語りかけていた。




「ありがとうございました! お互い、がんばりましょう!」

 コクピットから顔をのぞかせ、ニナは二人にぺこりと頭を下げた。

 女は手を振って返してくれた。男は、やっぱりスマホが好きみたいだ。




 ――二人乗りかぁ。


 レース開始までの間、ニナは物思いにふける。


 ――女の人の方が砲撃手ガンナーなのかな。いいなぁ。私の機体はそもそも、砲撃手ガンナー用装備が無いからなぁ。




 レース開始のブザー音で、彼女は我に返った。


 ――いけない! レースに集中しなきゃ!


 ニナは、アナウンスを聞きながら機体のエンジンを起動する。


 ――機体を壊さないように、がんばろっと!




 レース開始の、カウントダウンが始まった。




 痛いくらいに鼓動が脈打つ。


 カウントに合わせて信号が点滅する。


 赤の信号が、青に変わる。







 全機、一斉にスタートした。




 ダンジョンレーシングは反重力エンジンで宙を舞う機体に搭乗し、暗いダンジョン内を時速120km以上で駆け抜ける高速レースだ。


 ニナの機体は、最後尾の12位からのスタート。加速の調子は良く、敵車ライバルを数機抜かしながら勢いよく発進した。

「わわっ……わっ!」

 敵車にぶつからないよう、ニナは慎重にハンドルを操作する。




 最初の直線を終える頃、魔力レーダーの順位表示を見ると、「7位」とある。


 ――上々!この調子でいくぞ!




 最初の直角カーブにさしかかる。シミュレーターで練習した通り、速度を落としながらカーブを通過し、次の直線で加速をかける。


 直線で、1機抜いた。

 ニナが乗り込む自作機は、魔法攻撃用の装備が無い分、加速と最高速に性能を全振りした機体だ。スピード勝負なら自信あり。


 敵車を抜かした直後、コクピットのすぐ右脇を、緑の発光体が高速で通過していった。

 敵車の魔法攻撃”迎撃ミサイル”だ。

「ぎゃあーっ!」

 思わず叫び声を上げる、ニナ。

 ニナの機体は、装甲が薄い。普通なら二、三発くらい耐えられる”迎撃ミサイル”も、ニナは一発でも喰らえば致命傷だ。


 魔法攻撃を意識して回避するのは、容易ではない。操作技術のつたないニナは、当たりませんように、と祈りながら運転を続ける。




 次のS字カーブは、練習通りの動きで難なく突破。直後の直線で加速し、さらに1機抜かす。




 溶岩の上スレスレを通るエリア。たまに飛び出してくる溶岩に気を付けながら進む。

 目の前の機体が、溶岩を受けて減速した。その隙に抜き去り、順位はさらに上へ。




 お次は壁が動き、機体の進行を妨害するエリア。

 これは、練習で壁の動きのパターンを頭に入れているニナには、楽勝のエリアだ。

 壁に翻弄される機体を2機ほど抜いて、さらに先へ。




 最後のヘアピンカーブ、そして直線。さらに1機抜かす。

 


 これで1周目は終わり。時間にして、11分程度。

 そして、2周目だ。


 レースは、コースを5周してゴール。1時間近い長丁場だ。まだ、折り返しにも来ていない。しかし、1周して目立ったミスは無し。調子は悪くない。




「よーし。この調子で、ミスせずにいくぞー……」

 ニナの握るハンドルに、さらに力がもる。




 直角カーブを抜けた先で、さらに1機を抜かした。




「あれ?」

 直線を走行中、ニナはふと、魔力レーダーの端に表示されている自分の順位を確認した。

 ここまで余裕ゼロ、レーダーの順位表示なんて一切見ていなかったニナは、自分の順位を知って驚愕した。


「ええっ!? 私が1位!?」


 まさか、自分が1位を取れるなんて! という喜びと共に、これまでに無い緊張感が、ニナの胸に押し寄せてきた。


「あ……あと3周半……」


 この順位をキープできれば、1位でゴール。だが、今のニナにとって3周半後のゴールは、気が遠くなるほど先の話だ。


「が、がんばるぞ……!」




 ニナは子どもの頃から、レースが好きだった。

 10年前、大好きなレーサーが、世界大会決勝の直前にケガで引退した。

 それが悔しくて、自分もレーサーを目指すようになった。


 高校時代からアルバイトで資金を貯め、10年かけて機体を自作した。

 シミュレーターや練習場で、運転を何度も練習した。


 ――やっと、これまでの努力が報われる!







「あー、あー……1位のお姉さん、聞こえますかね?」




 公共フリーの無線通信から、男の声が聞こえてきた。

 機体に乗るときに手伝ってくれた、レーサーの声だ。


「あんた、後援企業も無い、ただの趣味の人でしょ?レースに出る暇あったら仕事しろっつーの、ハハハ」

「ちょっと、可哀想でしょ」

 遠くから、女の声も聞こえる。

「でも……ふふっ、やめた方がいいと思うよ?確かに、その体でレースしたら話題になるかもだけど……あざとすぎるって」


「速けりゃ1位になれるとでも思った?このレース、そんな甘くねーんだわ。それを教えてやるよ」




 レーダーが、魔力を検知した。


 すぐ後ろにつけている2位の機体から、大きな魔力の砲撃が放たれる。







<D-3開幕前エキシビジョン 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位:望見ニナ

2位:赤居祐善(Tasnitecアカガメレーサーズ)

3位:ローデス(Dan-Live)

4位:太刀宮陽太(Rokuma)

5位:Liina(オンダ)

6位:じい(高齢者レーサーズ)

7位:ひげレーサー(オフィシャル髭レーサーズ)

8位:にゃーた(Dan-Live)

9位:seven(Dan-Live)

10位:ゴリラ(動物園)

11位:加賀美レイ

12位:ピエロダッシュ太郎(サーカスレーサーズ)

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