第13話 雑魚に用は無い

 “雷王らいおう”の“雷撃サンダー”が炸裂した瞬間、観客席では熱狂的な歓声が上がった。

 この「蹂躙じゅうりんショー」とでも言うべきレース。これは賭博レース場の観客達にとって、賭けを一旦忘れて興奮できる、刺激的なイベントのようだ。

 観客席の前には、映画のスクリーンのような大型モニターがある。画面は6分割されていて、各レーサーの視点をカメラ映像で観察できた。


 “雷王らいおう我田がだ荒神こうじん以外の全ての視点で、機体は停止している。


 数分前にレース場に到着した、一条いちじょうソウと望見のぞみニナは、観客席から惨状を見ていた。




「む……無理だ……」


 望見のぞみニナは、凄惨せいさんな光景をの当たりにしてつぶやいた。


「遠くの機体に、遠隔で雷を落とすなんて……ど、どうしようもないよ……」

 彼女は恐怖に怯え、青ざめた顔で声を震わせる。

「せ、せっかく作った機体なのに……壊されちゃう……」


 ニナは、車椅子の隣に立つソウを見上げた。

 彼はまゆ一つ動かさず、大型モニターの横に設置された魔力レーダーを眺めている。

 レーダーは機体に付いているものと同じ仕様のようだ。ゴール付近で光るマーカーそばには、“raiou”の文字。悠々と1位でゴールする“雷王らいおう我田がだの、機体位置を示すマーカーだ。




 反重力エンジンの駆動音が、遠くから響いてきた。

 その音は次第に大きくなり、やがてエンジン音とともに“雷王”我田の機体が、観客席の方へゆっくりと走ってきた。


 我田がレースを終えてから、まだ間もない時間だ。ゴールは、観客席付近にあるらしいことがわかる。




「おい、すぐ次のレースが始まる」

 ニナ達をレース場へ連れてきた男達の一人、顎に傷のある男が、後ろから声をかける。

「機体をスタートゲートまで運ぶ。早く来い」


「え……えぇっ!? ま、まだ心の準備が――」

「時間なら十分あっただろうが! さっさと動け!」

 あたふたとするニナを、顎傷の男は一喝する。

「で、でも……」

「でもじゃねぇ! ここまで来てづいてんじゃねぇよ!」




「レース相手は、誰なんだ?」

 ソウは振り返りもせず、顎傷の男に質問をする。


「……まずは、賭博レースに来てる他のレーサー達とだ」

 ソウのぶっきらぼうな尋ね方に、少し不満げな表情を見せるも、顎傷の男は質問に答えた。

「リタイアせずに何戦か乗り越えられたら、“雷王”と走らせてやるよ」




「ら、“雷王”と……」

 ニナはごくりとつばを飲んだ。

「じゃ、じゃあ、いつかは絶対、機体を壊され……」




「お断りだね」

 ソウは、きっぱりと言い放った。


「あ? てめぇまで怖じ気づいて――」

「ここに来る前、言ったよな? 『一番速い奴と走らせてくれ』って」


 ソウの言葉に、顎傷の男はいぶかしげに眉を曲げる。

「……何が言いてぇ」

「見る限り一番速いのは、あの“雷王”って奴だ。オレはあいつとレースする」


「ばっ……!?」

 顎傷の男は、驚きと怒りで唇を震わせた。

「バカ言ってんじゃねぇ! ボスは……“雷王”はてめぇごときが指名できるような方じゃねぇんだ!」







「誰が、俺を指名できるって?」




 腹の底まで響くような、低い声が観客席に響いた。


「ボ……ボス!?」

 顎傷の男は、声の主の方を振り向き、そして青ざめた。


 ニナも、声の方を見た。そこには、身長2mは越えるであろう、筋肉質の大男が悠然と立っていた。


「す、すいませんボス! このバカはすぐに……」

「その松葉杖野郎が、俺と戦いたがってるのか?」


「ああ。雑魚に用は無いんでね」

 ソウは、“雷王”我田を睨み、言った。

「こっちも忙しいんだ。あんたを倒せば、沢山賞金が貰えるんだろ?」




「カッハッハッハ!」

 我田は、返答の代わりに笑い声を上げた。ニナは、その低く大きな笑い声に合わせて、腹の底が震えるのを感じた。

「お前ら、見たことがあるぞ! D-3のエキシビジョンで1位を取っただろぉ!」


「なっ……!?」

 顎傷の男が、我田の言葉でハッとなる。

「あの、赤居あかい祐善ゆうぜんに勝ったっていう……!?」


「カッハッハ! 公式のラップタイムの数字がらしいが……D-3でギリギリ勝てた程度で、そんなに調子に乗っているのか! 笑ってしまうな!」

 そう言うと、我田は背後を振り返った。我田の大きな体に隠れて見えなかったが、我田の後ろには小柄な若い女性が立っていた。

「のう! 雪野ゆきの!」

 我田は、彼女に向かって言った。

「……はい」

 彼女は無表情のまま、小さな声で返す。


「小僧。お前が俺と走るには、まだ早い。まずは他のレーサーどもと走って、強さを見せ――」

「なんだ、怖いのか?」


 ニナは、驚愕した。上機嫌な我田に向かってソウは、よりにもよって挑発の言葉をぶつけたのだ。


「調子のいいこと言ってるが、要するに『まずは様子見したい』ってことだろ? D-3とか言ってバカにしてる割には、随分とビビってるじゃないか」


「……何だと?」

 笑っていた我田の表情が、凍り付いた。


「ここではヒーロー扱いだけど、公式レースで“我田”なんて名前は聞かない。所詮しょせん、この“闇レース”とかいうチンケなイベントでしか威張れない、井の中のかわずってわけだ」


「おい! てめぇ!」

 顎傷の男が、「ボスの代わりに」と言わんばかりに、勢いよく怒鳴った。

「我田さんは、ここでD-1のレーサーを何人もぶちのめしてんだ! 表舞台に興味がねぇだけで、やろうと思えばいつでも世界を狙える人なんだよ!」


「そういう言い訳しながら、ここでふんぞり返ってるわけか」

 顎傷の男の威嚇いかくは何の意味も為さず、ソウは我田を見て、ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべた。

「“雷王”って名前も、アレだろ? 3年前にD-1で優勝した奴の“魔王”って二つ名をパクってんだよな? 小物にピッタリの、ダサい二つ名だ」




「……おい、顎傷」

 我田は、顎傷の男に言った。

「は、はいっ!?」

「コイツを含めて5人、生けにえのレーサーを用意しろ」

「はっ!? そ、それは、まさか――」

「喜べ観客ども! 今日は“雷王”のショー、二連続だ!」


 我田は観客席に向かって拳を振り上げた。ソウとのやり取りを遠巻きで眺めていた観客達は、“雷王”の宣言に沸き立つ。


「おい、D-3」

 我田は、ソウを睨んだ。

 生涯かけて倒すべき敵を見つけたかのような、鋭い眼光で、ソウを睨んでいた。

「感謝しろ。俺は、お前が負けて絶望する顔を見るのが、待ちきれなくなった」


「そりゃ、どうも」

「どんなに差が付いても、“雷撃サンダー”は撃つ。機体に別れを済ませておけ」


 言い終えると、我田はソウに背中を向けた。

「行くぞ、雪野」


 雪野は、歩き出した我田の後ろを静かについていった。







「ど、どうしてあんなこと言ったの、ばかぁっ!」


 移動のため機体に搭乗し、コクピットの扉を閉めた途端、ニナはソウに迫った。


「て、適当に1,2レース済ませて、魔力がたなくなったら『もう走れません』って、リタイアすれば良かったのに!」

 ニナの責めの言葉を、ソウは黙って聞いている。

「そ、そうしたら、機体は壊されずに済んだかもしれないのに……あれじゃ、もう……」

 ニナは、涙目になってうつむいた。

「もう、雷で壊されちゃう……」

 そう言って、口をつぐむ。


「機体を壊されずに帰してもらおうなんて、無理ですよ」

 ソウは、平静な様子で言った。


「えっ……?」

「観客達の楽しみの一つが“ショー”です。“雷王”が他の機体を破壊するのが見たくて、ここへ来てる。ネットでレースの配信を見てる人も、それが楽しみの人は多いはず」

「そ、それって――」

「レーサーが『もう走れません』なんて言っても、通じない。たぶん死なない限り、どんな状態でも機体に乗せられ、レースさせられる。“雷王”に機体を破壊されるまで」


「そ、そんな……」

 ニナは、ショックで頭が真っ白になった。

 今まで、夜を徹して機体を作った日々を、思い出した。

 涙が、あふれそうになる。


「ここから帰る方法はただ一つ」


 だがソウは、決して絶望を感じてはいなかった。


「ボスの“雷王”に勝って、このクソみたいなイベントそのものをぶっ潰す」




「で、できるの? 雷も、避けれるの……?」

「雷は……さすがに難しそうですね」

「えぇ……そんなぁ……」

「でも大丈夫です」




 ソウは、ニナの不安を吹き飛ばすように、不敵な笑みで応えた。


「絶対に勝ちます」







<“闇レース” 第6回(まもなくレース開始)選手一覧(括弧内は賭け倍率)>

No.1  “雷王”我田荒神(1.01倍)

No.2  一条ソウ(15.62倍)

No.3  村道みのり(20.42倍)

No.4  トンファー葛西(22.43倍)

No.5  ボブ・リック(21.56倍)

No.6  坂泰治(22.43倍)

No.7? 加賀美レイ(27.62倍)※飛び入り参加希望、現在可否を検討中

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