第13話 雑魚に用は無い
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この「
観客席の前には、映画のスクリーンのような大型モニターがある。画面は6分割されていて、各レーサーの視点をカメラ映像で観察できた。
“
数分前にレース場に到着した、
「む……無理だ……」
「遠くの機体に、遠隔で雷を落とすなんて……ど、どうしようもないよ……」
彼女は恐怖に怯え、青ざめた顔で声を震わせる。
「せ、せっかく作った機体なのに……壊されちゃう……」
ニナは、車椅子の隣に立つソウを見上げた。
彼は
レーダーは機体に付いているものと同じ仕様のようだ。ゴール付近で光る
反重力エンジンの駆動音が、遠くから響いてきた。
その音は次第に大きくなり、やがてエンジン音とともに“雷王”我田の機体が、観客席の方へゆっくりと走ってきた。
我田がレースを終えてから、まだ間もない時間だ。ゴールは、観客席付近にあるらしいことがわかる。
「おい、すぐ次のレースが始まる」
ニナ達をレース場へ連れてきた男達の一人、顎に傷のある男が、後ろから声をかける。
「機体をスタートゲートまで運ぶ。早く来い」
「え……えぇっ!? ま、まだ心の準備が――」
「時間なら十分あっただろうが! さっさと動け!」
あたふたとするニナを、顎傷の男は一喝する。
「で、でも……」
「でもじゃねぇ! ここまで来て
「レース相手は、誰なんだ?」
ソウは振り返りもせず、顎傷の男に質問をする。
「……まずは、賭博レースに来てる他のレーサー達とだ」
ソウのぶっきらぼうな尋ね方に、少し不満げな表情を見せるも、顎傷の男は質問に答えた。
「リタイアせずに何戦か乗り越えられたら、“雷王”と走らせてやるよ」
「ら、“雷王”と……」
ニナはごくりと
「じゃ、じゃあ、いつかは絶対、機体を壊され……」
「お断りだね」
ソウは、きっぱりと言い放った。
「あ? てめぇまで怖じ気づいて――」
「ここに来る前、言ったよな? 『一番速い奴と走らせてくれ』って」
ソウの言葉に、顎傷の男は
「……何が言いてぇ」
「見る限り一番速いのは、あの“雷王”って奴だ。オレはあいつとレースする」
「ばっ……!?」
顎傷の男は、驚きと怒りで唇を震わせた。
「バカ言ってんじゃねぇ! ボスは……“雷王”はてめぇごときが指名できるような方じゃねぇんだ!」
「誰が、俺を指名できるって?」
腹の底まで響くような、低い声が観客席に響いた。
「ボ……ボス!?」
顎傷の男は、声の主の方を振り向き、そして青ざめた。
ニナも、声の方を見た。そこには、身長2mは越えるであろう、筋肉質の大男が悠然と立っていた。
「す、すいませんボス! このバカはすぐに……」
「その松葉杖野郎が、俺と戦いたがってるのか?」
「ああ。雑魚に用は無いんでね」
ソウは、“雷王”我田を睨み、言った。
「こっちも忙しいんだ。あんたを倒せば、沢山賞金が貰えるんだろ?」
「カッハッハッハ!」
我田は、返答の代わりに笑い声を上げた。ニナは、その低く大きな笑い声に合わせて、腹の底が震えるのを感じた。
「お前ら、見たことがあるぞ! D-3のエキシビジョンで1位を取っただろぉ!」
「なっ……!?」
顎傷の男が、我田の言葉でハッとなる。
「あの、
「カッハッハ! 公式のラップタイムの数字がバグっていて速さがよくわからないらしいが……D-3でギリギリ勝てた程度で、そんなに調子に乗っているのか! 笑ってしまうな!」
そう言うと、我田は背後を振り返った。我田の大きな体に隠れて見えなかったが、我田の後ろには小柄な若い女性が立っていた。
「のう!
我田は、彼女に向かって言った。
「……はい」
彼女は無表情のまま、小さな声で返す。
「小僧。お前が俺と走るには、まだ早い。まずは他のレーサーどもと走って、強さを見せ――」
「なんだ、怖いのか?」
ニナは、驚愕した。上機嫌な我田に向かってソウは、よりにもよって挑発の言葉をぶつけたのだ。
「調子のいいこと言ってるが、要するに『まずは様子見したい』ってことだろ? D-3とか言ってバカにしてる割には、随分とビビってるじゃないか」
「……何だと?」
笑っていた我田の表情が、凍り付いた。
「ここではヒーロー扱いだけど、公式レースで“我田”なんて名前は聞かない。
「おい! てめぇ!」
顎傷の男が、「ボスの代わりに」と言わんばかりに、勢いよく怒鳴った。
「我田さんは、ここでD-1のレーサーを何人もぶちのめしてんだ! 表舞台に興味がねぇだけで、やろうと思えばいつでも世界を狙える人なんだよ!」
「そういう言い訳しながら、ここでふんぞり返ってるわけか」
顎傷の男の
「“雷王”って名前も、アレだろ? 3年前にD-1で優勝した奴の“魔王”って二つ名をパクってんだよな? 小物にピッタリの、ダサい二つ名だ」
「……おい、顎傷」
我田は、顎傷の男に言った。
「は、はいっ!?」
「コイツを含めて5人、生け
「はっ!? そ、それは、まさか――」
「喜べ観客ども! 今日は“雷王”のショー、二連続だ!」
我田は観客席に向かって拳を振り上げた。ソウとのやり取りを遠巻きで眺めていた観客達は、“雷王”の宣言に沸き立つ。
「おい、D-3」
我田は、ソウを睨んだ。
生涯かけて倒すべき敵を見つけたかのような、鋭い眼光で、ソウを睨んでいた。
「感謝しろ。俺は、お前が負けて絶望する顔を見るのが、待ちきれなくなった」
「そりゃ、どうも」
「どんなに差が付いても、“
言い終えると、我田はソウに背中を向けた。
「行くぞ、雪野」
雪野は、歩き出した我田の後ろを静かについていった。
「ど、どうしてあんなこと言ったの、ばかぁっ!」
移動のため機体に搭乗し、コクピットの扉を閉めた途端、ニナはソウに迫った。
「て、適当に1,2レース済ませて、魔力が
ニナの責めの言葉を、ソウは黙って聞いている。
「そ、そうしたら、機体は壊されずに済んだかもしれないのに……あれじゃ、もう……」
ニナは、涙目になって
「もう、雷で壊されちゃう……」
そう言って、口をつぐむ。
「機体を壊されずに帰して
ソウは、平静な様子で言った。
「えっ……?」
「観客達の楽しみの一つが“ショー”です。“雷王”が他の機体を破壊するのが見たくて、ここへ来てる。ネットでレースの配信を見てる人も、それが楽しみの人は多いはず」
「そ、それって――」
「レーサーが『もう走れません』なんて言っても、通じない。たぶん死なない限り、どんな状態でも機体に乗せられ、レースさせられる。“雷王”に機体を破壊されるまで」
「そ、そんな……」
ニナは、ショックで頭が真っ白になった。
今まで、夜を徹して機体を作った日々を、思い出した。
涙が、
「ここから帰る方法はただ一つ」
だがソウは、決して絶望を感じてはいなかった。
「ボスの“雷王”に勝って、このクソみたいなイベントそのものをぶっ潰す」
「で、できるの? 雷も、避けれるの……?」
「雷は……さすがに難しそうですね」
「えぇ……そんなぁ……」
「でも大丈夫です」
ソウは、ニナの不安を吹き飛ばすように、不敵な笑みで応えた。
「絶対に勝ちます」
<“闇レース” 第6回(まもなくレース開始)選手一覧(括弧内は賭け倍率)>
No.1 “雷王”我田荒神(1.01倍)
No.2 一条ソウ(15.62倍)
No.3 村道みのり(20.42倍)
No.4 トンファー葛西(22.43倍)
No.5 ボブ・リック(21.56倍)
No.6 坂泰治(22.43倍)
No.7? 加賀美レイ(27.62倍)※飛び入り参加希望、現在可否を検討中
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