第14話 “打開”の予感

 スタートラインには、6機の機体が横一列に並んだ。


「本当にいいんですか? 降りて待っててもいいんですよ」

 ソウは、ニナに再度、確認をした。


「お、降りるわけないだろっ!」

 ニナは、強気な態度を見せる。

「わ、私の借金のためにレースをするのに、私が乗らないなんて、あるわけないよ!」

 だが、必死の強がりであることは、ソウから見て明らかだった。




「ちょっと! まだオーケー出してないでしょ!」

 公共フリー通信のスピーカーから突然、男の声が聞こえた。

「まだスタートラインに運ばないで、加賀美かがみさん!」

 ソウ達ではなく、他のレーサーへ向けられた言葉のようだ。


 ソウはバックミラーを覗く。ソウ達の機体の背後に、進み出てくる機体の姿があった。カラフルな金属板を全体に貼り付けたような、何とも不格好ぶかっこうな機体だ。


「さっきのレースは、序盤で故障しちまって! ずっと直してたんだ!」

 スピーカーから今度は、レーサーと思われる男の声が発せられる。

「今は調子がいい、やらせてくれ!」


「7機目はカメラが設置できないんだ、次のレースにしろ!」

「けど、次は“雷王”が出ないんだろ!? 俺は“雷王”と走りたくてここに来たんだ!」

「うるせぇ、我慢しろ! 毎回ビリのくせに、機体だけはしぶとく生き残りやがって!」

「そんな言い方なくない!? さっきのレースも、機体降りてる時にモンスターに襲われたり、工具取りに数キロ走ったりで大変だったんだぜ!?」

「知るかよ! レーサーやめてマラソン選手にでもなったらどうだ!?」

「断る! 俺はレーサーとして大成するんだ!」


 係員と思われる男とレーサーが、延々と言い争っている。

「き、機体に乗ってなかったから、“雷撃サンダー”の時に見逃してもらえたんだね」

 話を聞いて、ニナが感想をらす。

「せっかく助かったのに、またレースしたいの……?」




「走らせてやれ」


 二人の会話に割り込んで、“雷王”我田がだ荒神こうじんの低い声がスピーカーから聞こえる。

「カメラは無しでいい。上位に来れば、機体の姿は嫌でも俺のカメラに映る。興業イベントレースは犠牲者レーサーが多い方がいい」

「そ、それはそうですが……」

「早くレースを始めろ。俺の怒りが、限界を超える前に」


「か、加賀美さん! どこでもいいからスタート位置を決めろ!」

 係員は、慌てて加賀美というレーサーに指示を出す。

「よっしゃ、任せろ!」

 加賀美は、ソウ達の真後ろに機体の位置を調整した。ここからスタートするつもりのようだ。




「レーサーの皆様、大変お待たせしました。第6レースを開始します。本レースは、先ほど機体の不調でリタイアした加賀美レイも加え、7機でレースをおこないます。各機、発車の準備をしてください」

 スピーカーからアナウンスが聞こえる。このあたりは公式レースと同じらしい。


 ――ようやくレースか。


 ソウはエンジンを始動し、ハンドルを握る。


 ――“雷撃サンダー”は間違いなく攻略できる。他の懸念けねん材料は……


「あ、言い忘れてた!」

 スタート合図の直前、ニナが慌てて言い添える。

「き、機体が運転者ドライバーから吸う魔力の一部を、助手席の人が肩代わりする機能をつけたんだ。ほんのちょっとだけど……だから、疲労は前よりちょっとだけ楽かも!」

「えっ? 望見のぞみさんの方は大丈夫ですか!? 魔力を吸われて――」

「だ、大丈夫! 気にせず運転して!」




 レース開始のカウントダウンが始まった。

 スタートライン脇の赤信号が点滅を始める。


 ――いや、そう言われても気になるんだが!?




 信号が青に変わり、レースの開始を告げた。




 “雷王”我田を含め、5機が勢いよくコース奥へ突進していく。

 ソウ達の機体、そして、その後ろにいる加賀美の機体は、少し遅れて続く。


 ソウは、自身の疲労感に気を配りながら、アクセルをゆっくりと踏み込んでいく。

 今回の課題の1つは、機体の魔力吸収のリスク対処だ。アクセルを踏み込んだ分だけ、機体がソウとニナから吸収する魔力が増える。ニナも心配だが、そもそも自分がゴール前でへたばってはいけない。


 ――完璧なペース配分は難しい。序盤は抑え気味に走って、確実に体がつスピードを模索していくしかないな。




 ソウは、魔力レーダーでの点を観察しながら、離されない程度の速度で走る。


 ――トラップや仕掛けがあれば、のマーカーが不穏な動きをするはずだ。


 今回は周回しないタイプのコースで、スタートとゴールの位置が異なる。そして、ソウ達が実際のコースを確認できたのは、前のレースでモニター越しに見た、終盤5分程度。


 つまり、コースのほとんどをソウは知らない。


 ――機体が壊れるのを期待するような観客が見るレースだ。罠や妨害がどれだけあっても、おかしくない。


 ソウには、どんな罠でも視覚と魔力感知で回避する自信がある。

 だが事前にわかっていれば、危険を回避だけでなく利用できる場合もある。




 ――!? 前の機体が急に減速したな。


 ソウはハンドルを切り、前の機体を回り込んで抜かした。


 ――被弾? だが“迎撃ミサイル”や“妨害ボム”の魔力は無かった。


 前方は、ひらけた空間になっている。




 さっきの機体が減速した理由を、ソウは理解した。




 ――前方が、壁!?




 レーダーが示しているはずのコースは、真っ暗な壁で塞がれていた。

 ソウより前の機体達は、コース通りに進行している。この壁は最初からあったのではなく、途中で閉まったのだ。


 ソウは急いでハンドルを切り、急旋回する。


「ひゃあっ!」

 機体が大きく揺れて、ニナが小さな悲鳴を上げる。


 ――完全に塞いだらレースにならない。別の道はどこだ?


 ソウは、辺りを見回す。


 ――あった! あそこから行けってことか。


 右下隅に、小さな穴が開いている。ソウは機体をさらに旋回させ、穴へ向かう。




「松葉杖の小僧。あれだけ威勢の良いことを言っておいて、最初は“様子見”か?」


 公共フリー通信から、“雷王”我田の声。

 ソウは聞き流しながら、小さな穴をくぐってコースの別ルートに入る。

 後続の機体も、ガンガンと穴のフチに外部装甲をぶつけながら入ってくる。


「お前の考えが甘いことを、教えてやろう」


 別ルートはレーダーにマップが表示されず、ソウ達の機体のマーカーはマップの外を移動している。


 ――あくまで興業だ。勝負にならないほど遠回りではないだろうが……


 考えていると、ソウは沢山の、小さな魔力の動きを感じた。

 レーダーは反応しないくらいの、小さな魔力。だが、無数に感じる。


 ――これは、まさか……?


 近づいてきた魔力が、ソウ達の機体めがけて飛び出してきた。

 四つ足を持ち、大型犬程度のサイズ。しかし、体表を鱗に覆われた、異形の怪物。


 ――モンスターか……!


 ダンジョンの攻略に伴い、そのほとんどが討伐された“モンスター”。だが、一部は鹵獲ろかくされ、実験やペットに利用されている。


「ウチで飼ってるペット達だ。外部装甲を食い千切るくらいには、獰猛どうもうだぞ? カッハッハ!」


 スピーカーの向こうで、我田が嘲笑する。


「き、機体が食べられちゃうぅっ!」

 何匹も飛び出してきた異形の怪物達を見て、ニナは怯えた声を上げる。


「罠としては、悪くないですね」

 ソウは、悠長にコメントをしながら、飛びついてくるモンスター達を引きつけつつ、スイスイと回避する。

「さ、最悪だよっ! コースも遠回りだろうしっ!」

「大丈夫」


 不安げなニナと対照的に、ソウはこのハプニングを好機と捉えた。


「こいつらがいれば、“打開”できます」







<“闇レース” 第6回 現在順位(括弧内は賭け倍率)>

1位 “雷王”我田荒神(1.01倍)

2位 ボブ・リック(21.56倍)

3位 村道みのり(20.42倍)

4位 坂泰治(22.43倍)

5位 一条ソウ(15.62倍)

6位 加賀美レイ(27.62倍)

7位 トンファー葛西(22.43倍)

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