第7話 VS ”アカガメ”

 赤居あかい祐善ゆうぜん

 Dレーシング機体製造メーカー”Tasnitecタズニテック”社お抱えのチーム”アカガメレーサーズ”のチームリーダー。

 レースの様子をコクピット視点で配信する、いわゆる”レース配信”も積極的におこない、動画配信サイトの”アカガメ”レーサーチャンネルは、登録者100万人を超す人気チャンネルとなっている。


 赤居は、”ディースリーの”エキシビジョンレースに参加することに、大きな不満を抱いていた。


 前シーズンまで1つ上のリーグ「D-ツー」で、もっと以前は最上位の「D-ワン」でレースしていた赤居にとって、降格した「D-3」のレースに参加すること自体が、屈辱だったからだ。


 ささやかな抵抗として、普段は連れているチームの専属整備士や他のレーサーは、一切連れてこなかった。

 機体も、普段使っている機体ではなく、型落ちのものを持ってきた。


 このハンデを背負ったうえで軽く1位を取り、自分は決してまだ落ちぶれていないことを、確認するつもりでいた。




 ところがレース2周目、赤居にとって、さらに腹立たしい出来事が起こった。


 初参加の車椅子女のブサイクな機体が、赤居祐善との距離差を詰め、追いついてきたのだ。圧勝しなければならない赤居を、あろうことか抜かそうとしているのだ。




 車椅子女の機体がバックミラーに映ったとき、赤居は怒りの限界に達した。


「おい、ユリン。、使うぞ」


 赤居は配信の音声をミュートにすると、運転席の隣に座る砲撃手ガンナーに言った。


「えぇ? 『魔法攻撃使わない縛りで勝つ』って言ってなかった?」

 砲撃手ガンナーのユリンは怪訝けげんそうな声で言う。


「あの車椅子女、調子に乗ってオレらを抜かそうとしてるだろ? 一人じゃ、機体に乗ることもできねぇのによ」

「でもさ、乗れないのはしょうがなくない?」

「ナメてんだよ。身の回りは、誰かに世話してもらえばいい。自分はレースで目立って、チヤホヤされたい。あの機体だって、自分で用意できるわけねぇ。親か誰かに買ってもらったんだろ」

「自作したって言ってたけど」

「そう言えば褒められると思ってんだろ。ムカつくんだよ、ああいう奴」

「ふーん……知らないけど、ま、いっか」


 赤居は、配信のミュートを解除した。


「このままでも勝てますが、一回くらい見たいですよね? 。 後ろから追ってきてる女に、一発かましてやりましょう。機体に乗せてあげたんだから、それくらい、いいですよね? 世間の厳しさ、教えてやりましょうよ」







 ――ユリンの手元が狂って、オレの機体まで被弾したのはムカつくが……まだいい。




 5周目終盤。

 赤居は、はらわたが煮えくり返る思いでハンドルを握っていた。




 ――なんだってまた、あの車椅子女の機体が2位まで上がってやがる!?




 ピットで整備を拒否られていたはずだが、結局直して貰ったのか? いつの間にここまで追いついた? このまま逃げ切れるか?


 様々な考えが赤居の脳内を巡ったが、結論は最初から決まっていた。


 赤居は配信をミュートにして、砲撃手ガンナーささやいた。


「ユリン、もう一発だ」


 ――今度こそ、心から完全にへし折ってやる。


「あー……はいはーい」

 ユリンはスコープを覗き、射撃の準備を始める。

「またわざと抜かれるの? ゴール前は危険じゃない?」

「うるせぇな。完全に撃墜しねぇとオレの気が済まな……」


 もう一度レーダーを横目で確認した赤居は、目を疑った。




 一瞬で、真後ろまで迫ってきている。

 しかも、ヘアピンカーブの最中にもかかわらず、ほとんど減速無しの猛スピードで抜きに来ている。


「本当に、さっきの車椅子女の機体か……?」


 赤居が呟いた瞬間、目の前に無骨な板張りの機体が姿を現した。

 その機体は加速し、赤居の機体とさらなる距離差を作ろうとしている。


 もうヘアピンカーブを抜けて、最後の直線に入る。

 こちらが巻き添えで被弾する可能性も、無い。




「撃て! ユリン!」




 赤居の合図で、砲撃手ガンナーは引き金を引き、必殺の一撃を放った。




 特殊武装<赤い追跡者レッド・トレッフェン>。


 ロックオンした敵車を追尾する特殊な”迎撃ミサイル”。コース端では通常の”迎撃ミサイル”と同様に反射し、狙った相手を追尾し続ける。撃たれた側の対処法は「魔力バリアを張ってダメージを減らす」か、「赤い追跡者レッド・トレッフェンの魔力が減衰・消滅するまで回避し続ける」か。

 これまでに後者を成功させたレーサーは、




 赤い追跡者レッド・トレッフェンの魔力弾は、前を走る敵車の猛スピードをさらに超える速さで、一直線に敵車へ向かっていく。




 ――さあ、もう一度、無様に墜落しろ!




 だが赤い追跡者レッド・トレッフェンが衝突するその瞬間、敵車の位置が右にずれ、魔力弾は敵車の横を素通りした。




 ――外れた!? 運の良い奴だ! だが……




 回避されて敵車の遙か前へ進んだ魔力弾はUターンし、もう一度、敵車の方へ進路を変えた。




 ――それで終わりじゃねぇんだよ!




 魔力弾は楕円の軌道を描きながら、コース端で反射。

 反射でさらに勢いのついた赤い追跡者レッド・トレッフェンは、真横から敵車を襲う。




 ――くたばれ!




 だが、敵車は横からの攻撃を軽々と回避した。

 少しだけ、機体の高度を下げる。ただ、それだけで。




「な……!?」


 赤居は愕然がくぜんとした。


 普通の”迎撃ミサイル”ならともかく、追尾型の攻撃が二度も外れる事など、赤居にとっては初めての経験だった。




 ――このままじゃ、先にゴールされる!




「もっと撃て! ユリン!」

 赤居は叫ぶ。

「え!? 赤い追跡者レッド・トレッフェンはまだチャージが……」

迎撃ミサイルでいい! ありったけ撃て! 負けたいのか!?」


 怒鳴られたユリンが半ばヤケクソで何発も迎撃ミサイルを発射する。

 だが、全ての攻撃を、敵車はスイスイと左右に避け、さらにはもう一度コース端で反射した赤い追跡者レッド・トレッフェンも軽く回避。

 ここで、敵車がさらに猛烈な勢いで加速し、一気にゴールゲートをくぐった。




 <大加速ブースト>。


 Dレーシングの機体が持つ、基本装備の1つ。

 エンジンに大量の魔力を流し込み、一時的に限界を超えた出力を与え、数秒間のみ爆発的な加速と最高速を得る。

 そのあまりの加速から制御が困難を極めるため、レース中一度も使わないレーサーも少なくない。




 赤居は、思わず呟いた。

「嘘だろ……?」




「あー、あー……聞こえますか?」




 公共フリーの無線通信から、男の声が聞こえてきた。

 知らない男の声だ。


「オレ、昔レーサーやっててさ」


「祐善! ちょっと、ぶつかるわよ!」

 ユリンが悲鳴に近い大声を上げる。斜めに反射した迎撃ミサイルが、赤居の機体に迫っていた。


「追尾型の迎撃ミサイルなんて、何百発も避けてきた」


 衝撃と共に赤居の体が揺れる。ユリンが頭を抱えてかがみ込む。

 赤居の機体は体勢を崩し、大減速を喫した。




「こんなノロい追尾、一生当たんねぇよ」







 ――あぁ、そういや配信のミュート、ずっと解除し忘れてたわ。


 呆然とした赤居は、どうでもいいことを頭の中で考えていた。

 目の前の現実を受け入れたくなくて、わざとどうでもいいことを考えていた。







 赤居の機体が減速している間に3位の敵車が追い抜かし、赤居は3位でのゴールとなった。


「勝てなかったのは、ショックかもだけどさ……エキシビジョンなんだし、元気出してよ」


 レースが終わり、機体を降りてからも呆然としている赤居を案じ、ユリンは言葉をかける。

 だが、赤居にとってその言葉は、的外れとしか言いようがなかった。




 ――順位なんて、どうでもいい。


 ――問題は、あの1位の機体……車椅子女の機体に乗っていた男だ。アレは、スタートの時は乗っていなかった。何者なんだ? 追尾型の攻撃を意図的に何度も避ける奴なんて、




 ――オレはD-3で、あんなバケモノみたいな奴と戦わなきゃならないのか?




 1位の機体から降りる松葉杖の男を、赤居は離れた場所から、恐怖と絶望に満ちた眼差しで、ずっと見ていた。







<D-3開幕前エキシビジョン 最終順位(括弧内は所属チーム)>

1位:望見ニナ・一条ソウ

2位:太刀宮陽太(Rokuma)

3位:赤居祐善(Tasnitecアカガメレーサーズ)

4位:ローデス(Dan-Live)

5位:Liina(オンダ)

6位:ピエロダッシュ太郎(サーカスレーサーズ)

7位:seven(Dan-Live)

8位:ひげレーサー(オフィシャル髭レーサーズ)

9位:ゴリラ(動物園)

10位:にゃーた(Dan-Live)

11位:じい(高齢者レーサーズ)

12位:加賀美レイ

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