ダンジョンカートDX(仮)無能整備士、レーサーになり成り上がる ~敵車の追尾攻撃は全部避けるのが普通だと思っていました。実はオレ以外、誰もできないらしい

ぎざくら

第1章 プロローグ

Race.1 D-3開幕前エキシビジョン

第1話 無能整備士

「それは、クビってことですか?」

「そう。だってキミ、遅いもん」







 整備士の一条いちじょうソウは、田舎町にたたずむオフィスの社長室で、宣告を受けた。




「わかる? 大事なのはスピードなの。だって、レース中の修理調整ピットインだよ? 整備が遅いとか、論外」


 右手にコーヒーカップを持ちながら、空いた左手でネクタイの位置を直しながら、社長は感情のもらない声で言う。


「なんでそんなに遅いの? 嫌がらせ?」




「なんでって……」

 ソウは、律儀りちぎに質問に答える。

 言葉通り「嫌がらせで整備に時間をかけた」と社長が思っているなら、弁解の余地があると思ったからだ。


「安全にレースに復帰してもらうためです。特に昨日担当した機体は、損傷が大きかったので大事を取って……」

「その結果が、向こうさんからのクレームなんだわ」


 社長は、ソウが言い終える前に口をはさんだ。


「キミの考えとか、どうでもいいの。「整備が遅いせいでレースに負けた」って、ウチのお得意さん、カンカンよ? キミのクビ一つで話が済むだけでも、ありがたいと思わなきゃ」







 ソウは大手メーカーの修理下請け企業”ダン・メンテナンス”の整備士だ。

 と言っても、現在のクビ宣告がくつがえることはないので、まもなく”元・整備士”となる。


 彼の仕事内容は、他の整備士とともに”ダンジョンレーシング”レーサーとチームを組み、機体整備を請け負うこと、だった。




「あとの事は、心配しなくていいよ。キミの代わりは、もう決まってるから」

 不満と悲しみの混ざった表情のソウに、社長はそう言って笑顔を向ける。




 ”ダンジョンレーシング”とは、世界各地に出現したでおこなわれる、いま一番熱いレースイベントだ。

 ダンジョン特有の、特殊なギミック。探索でつちかわれた魔法技術による、妨害や攻撃。さまざまな要素をあわせ持つDレーシングは、国内でも3部構成のリーグが作られるほど、大規模なエンターテインメントとなっている。


 整備士の主な出番はレース前後と、レース中の修理調整ピットイン。ピットインは、いかに早くレースに復帰できるかが順位に直結する。

 社長は日頃から「タイムと順位こそ、レーサーの命」と言い、最低限の修理で、極力早く整備を終えることを至高とする。




 ソウは、社長の理屈が嫌いだ。


 ――命は、命だ。タイムや順位とは違う。


 ――整備不足で、事故で死ぬ方が、よっぽど不本意じゃないのか?







「明日から来なくていいから、忘れ物しないようにね。じゃ、次の仕事探し、頑張って」

 社長は、しゃべっている時間がもったいない、と言わんばかりに、まくしたてるように話を終える。

「ホラホラ、さっさと動いて」




「……はい」

 これ以上話しても無駄か、と察したソウは、社長に背を向けた。




 両手の松葉杖まつばづえたくみに動かし、社長室の出入り口へ向かう。




 ソウは10年前、事故で片足を失った。


 Dレーシングの機体は、両手両足が無ければ制御できない。

 当時、若干15歳でレーサーをしていたソウは、引退を余儀なくされた。

 レースに関わることを諦めきれなかった彼は、整備士になることを決めた。







「ああ、あの人が、前の障がい者枠の人?」


 社長室を出た先のオフィスルームでソウは、自分に指を差してくる男に出くわした。

 ソウと同じ、作業着を着ている。

 左腕の肩から先が、無い。

 周りには、数人の作業着の男達。

 これまで、ソウと同じチームだった整備士達だ。


「オレが来たから、もういらないってわけか」

 ニッコニコの笑顔でソウを指差す、隻腕せきわんの男。

「そうそう、障がい者は一人は雇う義務があるからな。有能なお前が来てくれて助かるよ」

 彼の言葉に笑顔で返す、元・同僚の一人。

 暗い表情のソウには言葉をかけず、ニヤニヤしながら、物珍しいモノを見るような視線を送る。


 彼らは……同じチームの整備士達は整備が早いが、作業が雑だ。部品のつけ忘れもよくある。だが、運良く大事故には至らず、レーサーからクレームを受けたことも無い。

 整備の遅さで怒られるソウを見て、いつも遠くから指を差して笑っていた。




「おい、一条! この人、片腕だけど仕事めっちゃ早いぞ!」

「両腕あるのに遅いお前、なんなの?」

「たっはっは!」




 ソウは男達の言葉を無視し、笑い声を背中に受けながら、オフィスを出た。




 ――さて、どうするかな。


 ソウは、2年勤め上げた会社のビルを背に、考えた。

 就職してこの町へ来てからは、一人暮らし。実家の家計は苦しく、頼って負担をかけることなど、とてもできない。


 ――とりあえずは……バイトで稼ぐか?


 考えながら、気分が重くなるのをソウは感じた。


 ――何やってんだろうな、オレ。




 今まで働いていたチームで、ソウがレーサーからもらった言葉は「グズ」、「遅いぞ」、その他は、思い出したくもない暴言の数々。

 他の整備士達からは”ノロマ”とののしられ、バカにされる日々。

 それでもがんばって、がんばって。

 その末、得た結果が”クビ”。




「……レーサーじゃあるまいし」

 ふと、ソウの口から言葉がれた。

「早いのが、そんなに偉いかよ」




 ソウが片足を失った事故は、レース中に起こった。

 原因は、直前の修理調整ピットインでの整備不良だった。


 それが彼の整備を、慎重にさせる理由なのかは、ソウ自身にもわからない。




「……レース、したいなあ」


 つぶやいた後、自分の言葉に恥ずかしくなったソウは、うつむいて雨の街を歩いた。

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