第28話 無敵道化

「ねえ、ちょっと待って!」

 9位の機体を抜かした直後に、公共フリー通信から女の声。

「二桁の順位になったら罰ゲームになっちゃうの! 番組の企画で! ねえ待って!」

と必死の声掛けをしながら、先ほどまで9位だった機体はこちらに向かって“迎撃ミサイル”を撃ってきた。

 ソウは、機体の背部から“妨害ボム”を排出、飛んできた“迎撃ミサイル”とぶつかり、大爆発を起こす。


「ぎゃあーっ!」

 女の断末魔のような悲鳴と共に、通信は切れた。


「こっちの方が番組も盛り上がるだろ」

 加賀美かがみレイの機体の砲撃手ガンナー一条いちじょうソウは、スコープを覗いたままつぶやいた。

 その直後、加賀美とソウの乗る機体は緩いカーブを曲がりきれず、外側の壁に軽くぶつかった。


「どうした!?」

 ソウは心配して運転者ドライバー・加賀美に声を掛ける。

「さ……さっきの声のお姉さん、確かグラビアの人だったよな!?」

「……そうだっけ?」

「クソ! 声を掛け逃した!」

「レースに集中してくんない?」


 加賀美の機体は“大加速ブースト”使用中、外部装甲に薄い魔力のバリアを張る。“迎撃ミサイル”までは防げないが、壁にぶつかった程度の衝撃は吸収し、機体の破損を防いでくれる。ただ、ぶつかった際の減速はまぬがれない。


 これが、通常時の話だ。


 バリアの強度を上げれば、当然、話は変わってくる。


「この先、6機くらいが固まってる」

 ソウは、魔力感知だけで他機体の位置を把握し、加賀美に告げた。

 “大加速ブースト”中は、運転者ドライバーがレーダーを見ている余裕は無い。ソウの覗くスコープにレーダーは表示されない。

「残量2割までは使っていいぜ」

 運転者ドライバーに対し、ソウはこれから使う武装の、使を伝えた。


「りょーかい!」

 加賀美はソウの言葉を確認すると、武装を発動した。




 <特殊武装・“無敵道化スター”>。


 機体の外部装甲全体に強靱な魔力のバリアを張り、“迎撃ミサイル”をはじめとする魔法攻撃のほとんどを無効化する。

 運転者ドライバーが任意のタイミングで発動・解除できるが、使用中は膨大な魔力を消費するため、機体の魔力残量に注意を払う必要がある。




 張られたバリアで機体は若干の光沢感を帯び、コース天井から漏れる日差しを反射する。


 前を進む8位の機体が、“妨害ボム”を背部から3個ばらまいた。

 1つが起爆すると他の2つも誘爆し、爆発と煙でコース内が覆われる。

 しかし加賀美の機体はいま、無敵状態。

 爆発のど真ん中を突っ切る。


「“大加速ブースト”!」


 無敵中の“大加速ブースト”併用。図らずも加速した加賀美の機体が8位の機体にぶつかり、体当たりのような形になる。

 無敵中の加賀美の機体は、激突をものともしない。8位の機体を弾き飛ばして、先へ進む。


 7位と6位は、広い直線コースで“迎撃ミサイル”を撃ち合っている。壁で反射する魔力弾を、どの機体が被弾してもおかしくない危険な状態。

 そこを加賀美の機体は、ど真ん中を“大加速ブースト”しながら進む。


 まるで大名や権力者が、平民を脇へ押しのけ我が物顔で歩くように。

 被弾を恐れながらコース端を低速で走る7位と6位のど真ん中を、加賀美の機体は全速力で抜かしていった。


「あと3機、固まってる」

 ソウが呟く。




 カーブの脇で煙を上げている機体の横を、通り過ぎた。被弾した機体のようだ。5周目も終盤にさしかかる頃。ここで修理となるとキツいだろうな、とソウは想像する。

 だが、その機体は煙を上げながらも再び動き出し始めた。

 しかも、こちらに向かって元気に“迎撃ミサイル”を撃つ。

 カーブの壁を反射する“迎撃ミサイル”が、加賀美の機体に激突。

 しかしその衝撃は魔力のバリアに吸収され、ダメージ無し。「バチッ!」という大きな静電気のような音がしただけで、衝突による振動すら起こらない。


「あと3機で2位!」

 加賀美が得意げに声を張る。




 3位と4位は、静かなデッドヒートを繰り広げていた。

 これまでの機体達よりも走行が安定しており、操縦技術だけで追い抜くのは、中堅のプロドライバーでも難しい。


 その機体達に、“打開”戦術でめた魔力を使い、“無敵道化スター”と“大加速ブースト”で追い詰めるのが加賀美の機体だ。


「そうはさせんウホ!」


 公共フリー通信から、短く謎の言葉が発せられると、4位の機体から変な形の“妨害ボム”が放り投げられた。




 <特殊武装“果実型妨害バナナ”>。


 バナナの皮型の“妨害ボム”。性能は普通と同じ。




「なんだ!?」

「いい。そのまま突っ切れ」


 ソウに言われるがまま、加賀美はそのまま直進。“無敵道化スター”継続中の機体はバナナの爆発のど真ん中を突っ切る。


「魔力量は普通の“妨害ボム”だ」


 押しのけるように2機を抜いて、機体はついに3位におどり出た。




 それから十数秒後、2位の機体に追いついた。

 さすがに速い。簡単には追い抜けない。

「魔力がもう限界だ! 残り2割切っちまった!」

「ああ。解除しよう」


 ここからは1対1。ゴリ押しで勝てる相手でもない。そう判断したソウと加賀美は、“無敵道化スター”を解除した。魔力残量は18%と、予定より少なくなってしまったが、“無敵道化スター”以外の武装は使える量が残っている。


 2位機体は、幅の広い直線で“妨害ボム”と“迎撃ミサイル”2発を併用。加賀美達の進路を遮る。

「左を行け!」

 ソウは左の壁を反射して襲いかかる“迎撃ミサイル”に照準を合わせ、“迎撃ミサイル”を発射。ぶつかった魔力は爆発して消滅。そこを加賀美の機体が通り抜ける。


 ソウはさらに、2位の機体に向けて“迎撃ミサイル”を撃つ。

 左右に蛇行しながら走る2位には当たらず、反射した魔力弾はコースの先の方へ飛んでいった。


 ――なかなか、うまくいかないな。


 ソウは再び2位の機体に照準を合わせる。

 2位はコーナーにさしかかったところ。ドリフトをすべく機体を滑らせ始めていた。


 ――そこでドリフトするなら……軌道の先は……ここだ!


 ソウはドリフトの軌道を読み、“迎撃ミサイル”を発射した。

 コーナーの壁を反射した魔力弾は、2位の進路先で鉢合わせ。外部装甲をかすめた。


 被弾、とは言いがたい。しかし、2位の機体はバランスを崩し、コーナーで大きく減速した。


「今だ!」


 加賀美は、コーナーへ大きく外側から突入した。

 コーナーの真ん中で減速した2位と並ぶ。


 コーナーを終えた直後に、“大加速ブースト”。

 ついに、2位まで上り詰めた。


「よっしゃあ!」

 喜びの雄叫びを上げる加賀美。

「まだ、ゴールしてないぞ」

 たしなめるソウ。


 ――ゴールまで、あと1分ってとこか。


 ソウは、魔力残量のメーターを見た。残り8%と表示されている。


 ――“無敵道化スター”はもう使えない。けど、あとは順位を守るだけ。追い上げと魔法攻撃は“迎撃ミサイル”で対処。残る不安は……




 そのとき、ソウは気付いた。


 後ろの機体達をごぼう抜きしてこちらへ向かってくる、機体の反応がレーダーに表示されていることに。




 ――これは……機体? いや、それにしては魔力が小さい……


 レーダーを見ると、は反重力エンジンを持つ「機体」と認識されてはいるが、レーサー名が表示されていない。

 可能性として考えられるのは、1つは、レースに乱入してきた部外者の機体。

 もう1つは、レーダーが


 の速度は尋常ではなく、既に加賀美とソウの機体の真後ろにまで迫ってきていた。

 ソウはスコープを覗き、の正体を見た。




 ――こいつ……反重力エンジンを積んだ、“迎撃ミサイル”か!







<“D-3リーグ”Fブロック第1レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位(ゴール済) 赤居祐善(アカガメレーサーズ)

2位 加賀美レイ(チーム望見)

3位 ローデス(Dan-Live A-Team)

4位 村道みのり(お茶の間親衛隊)

5位 ゴリラ(動物園)

6位 景谷尊号(ニードルズ)

7位 佐東陣(ハバシリBチーム)

8位 うっす(お笑いの走り手達)

9位 戸倉洋二(千種食器)

10位 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)

11位 二船佐和(グラビアレーサーズ)

12位 キング(シャドウズ)

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