第27話 “打開”

「おわっ!?」

「ん? なんで今、壁に体当たりしたんだ?」

「普通に曲がりきれませんでした……すんません……」


 最初のU字カーブでアウトコースの壁にぶつかりながら、加賀美かがみレイの機体は進む。


 今日が砲撃手ガンナーデビューの一条いちじょうソウは、常にコクピット備え付けのスコープを覗き、そこかしこに照準を合わせて狙撃の予行練習をしていた。

 初の公式戦で緊張している加賀美には隠しているが、ソウも今日はかなり緊張している。その理由は、シミュレーターの練習で鍛えた狙撃力が、実戦でどこまで通じるか、わかっていないから。

 そして、“打開”戦術成功の鍵は、後半の追い上げ時に上位陣をなぎ倒す、砲撃手ガンナーの狙撃力が握っているからだ。




「11位の野郎、やっぱり攻撃は最初だけだな」

 ソウは、加賀美の緊張をほぐすため、危険の少ない幅広の直線コースで話しかける。

「一向に絡んでこない。魔力を拾うので精一杯――」

「ソウ、ちょっと黙っててくれるか」

 ソウの言葉を、加賀美は落ち着き払った、低く小さな声で遮った。

「気が散って、壁にぶつかる」


「……ここ、直線だぞ?」

「知らないのか、ソウ? 機体は、ハンドルをいじらなければまっすぐ進むわけじゃない」

「いや、それは知ってるが」

「ハンドル操作を一歩間違えたら、機体がどっか行きそう」

「……マジ?」


 ソウはコースの隅に、魔力の残滓ざんしが大きめに残っている箇所を見つけた。11位の機体は見落としたようだ。


 ――魔力を感じ取れない奴って、意外と多いんだな。


 レースについて人とあまり話さないソウは、気付いていなかった。

 魔力を感じ取れる敏感な人間はあまりに少なく、もはや空想上の存在と世間では思われていることに。


「コースの左端、魔力の塊が落ちてる」

「そうか……」

「拾っておこう」

「そうだな……」

「あれ? なんで素通り?」

「ソウよ、できると思うか? まっすぐ走るのもおぼつかない男が、コース端に寄ることなんて」

「……」


 ソウは、若干の違和感を覚えていた。


 ――あれ? 加賀美って、こんなに操縦下手だったか?


 やっぱり緊張していると腕が鈍るのか? 何とか緊張をほぐせないか?

 攻撃や妨害に遭わず出番のないソウは、色々と考えながら加賀美の隣に座っていた。







「よし! 目標の8割くらいは、まったか!?」

「いや、まだ半分くらいだな」

「マジか……」


 数十分走り、途中のピットインでニナから「お、お疲れ様、頑張ってね」というエールももらうと、次第に加賀美の口数が増えてきた。


 だが、運転技術に変わりは無い。


 壁や障害物に大激突こそしていないものの、壁に機体の脇をぶつけたり、湖に浮かぶ障害物に底部を軽くこすりながら、加速と減速を繰り返して機体は進む。

 既に4周目の中盤。5周でゴールのため、レースは終盤に近づいてきている。

 そろそろ、魔力を解放して追い上げに入る必要がある。しかし、魔力の溜まりが非常に悪い。D-3初戦はエキシビジョンよりも障害物の少ない、穏やかなコース構成であることが災いしているようだ。通常よりも加速や攻撃を使う機体が少なく、コース上に魔力の残滓が少ない。


「一旦魔力を使って誰かに追いついて、スリップストリームに入るか……」

「ちょっと待って!? スリップストリームって、敵車の真後ろにつく奴だよな!? 俺じゃ無理だって!」


 焦る加賀美は、レーダーに目をやる。

「まだ溜めれるって! ほら、前の機体とはそんなに離れてな……あれ?」

 加賀美は、レーダーで各機体の位置を確認すると、おかしなことに気付いた。

「俺らの後ろから、追い上げてくる奴がいる……?」

 加賀美は自分の順位を確認する。「12位」とレーダーに表示されている。最下位。つまり、加賀美より下位の機体はいない。しかし、レーダーを見ると確かに、後ろから猛スピードで追い上げてくる機体の反応がある。


「ああ、これは1位の機体だな」

「えっ!?」

「つまり、1周遅れってことだ」


 まもなく、後ろの機体が加賀美とソウの機体を追い抜いた。

 機体の脇をすり抜け、前に出ると、スピードを上げてあっという間に進んでいく。


 その正体は1位・赤居あかい祐善ゆうぜんの機体。


 赤居の機体はぐんぐんと差をつけ、まもなく見えなくなった。


「心配すんな、速いのはあいつだけだ。2位はまだ、4周目が終わってもいない」

 ソウは加賀美が焦らないよう、事実を伝えた。

「2位までまくれれば、十分過ぎる成果だ」


 そう言った直後、ソウは前方で大きな魔力の動きを感じた。

 レーダーを見ると、先ほど前へ行った赤居の機体と、11位の機体が同じくらいの位置で動きを止めている。




「ハーッハッハ!」

 公共フリー通信のスピーカーから、男にしては甲高い声が響く。

「見たか、赤居祐善!」


 しばらくすると、赤居の機体と11位の機体が、外部装甲から煙を上げているのが見えてきた。どうやら魔法攻撃か妨害の撃ち合いで、お互いに被弾したようだ。


赤い追跡者レッド・トレッフェンを自分が喰らった気分は、どうだ!?」

 スピーカーから再び、甲高い声。どうやら仕掛けたのは11位の機体のようだ。


 甲高い声に対する返事はなく、赤居の機体は再加速をすると、加賀美達が抜く前にスピードに乗り、前を走っていく。


「逃がさん!」

 11位の機体は、ここで“大加速ブースト”を使用。

 赤居の機体に食らいつく。

「俺達“ニードルズ”からは逃げられんのだ!」




「赤居祐善に集中攻撃する気か」

 ソウは、11位の機体の意図に気付いた。

 1周遅れの、しかも最終周の相手に攻撃を仕掛けても、抜くことはまずできない。

 目的は1位に勝つことではなく、1位を撃墜し、リタイアさせることのようだ。




「オイオイ」

 作戦の意地汚さにしびれを切らしたのか、赤居が遂に公共フリー通信で口を開いた。

「レース前に言ってた『倒す』って、そういう意味かよ。情けなくて涙が出てきたぜ」


 赤居の機体と11位の機体が、ソウ達の前方、見えるところで狙撃戦を始めた。

 11位の機体がこれまで溜めた豊富な魔力で赤い追跡者レッド・トレッフェンを撃てば、その軌道に合わせて赤居の機体が“迎撃ミサイル”を放つ。

 2機の機体が放った魔力弾が衝突し、コース内に多大な魔力を残す。


「よし、良い具合にドンパチ始めてくれたぞ」

 ソウはほくそ笑んだ。

 ソウ達の機体が魔力を溜めるには、絶好のチャンスだ。


「おっ……すげぇ!」

 加賀美は、機体の魔力チャージメーターを見て目を見開いた。

 先ほどまで、メーターが半分弱しか埋まっていなかったのが、赤居達の後ろを走っているだけで、みるみるうちにメーターが埋まっていく。


 4周目が終わる頃に、魔力チャージは満タンになった。


「おし、行くぞ」

 ソウが合図をかけたのは、赤居祐善の機体が5周目を終え、ゴールした瞬間だった。


 1位の機体がコース外へ去っていき、1位の撃墜に失敗した11位の機体は、諦めて魔法攻撃を一旦止める。


 道が空いた。


「行くぞおっ!」

 加賀美が雄叫びを上げながら、技を発動する。


 “大加速ブースト”3連。


 一息ついている11位をあっという間に抜き去り、10位の機体にも一気に迫る。

 加速を始めた瞬間、ソウは一度は心配になった。

 加速前でも運転がおぼつかなかった加賀美が、ちゃんと運転できるのか? と。


 だが、それは杞憂きゆうに終わる。




 加賀美の操縦はむしろ、洗練されたものとなった。




 ――加速を始めてから、壁に全くぶつかってない!?


 ソウは、その変わりように驚きながらも、思い出した。

 “雷王”戦でも、加賀美がソウとニナの機体の前に出たのは“大加速ブースト”を始めた後だった。

 どうやら加賀美は、一定以上の速度になった方が、安定した走りができるようだ。


「絶好調!」

 加賀美は、水を得た魚のように、生き生きとハンドルを回す。


 ――これなら、2位も狙えるな。


 機体の調子は、3周目の終わりのピットインでニナと確認した。

 これまでのレースで加賀美を苦しめていた、機体の不調が今日は一切無い。これまで時間をかけてしっかり整備・調整してきたおかげだ。


 あとは、ゴールまでどれだけ勢いに乗れるか。


 ――上位陣ほど、攻撃して順位を落としとかなきゃな。


 強いチームの順位を落として、ポイントを取らせない。そうすれば、次に加賀美が出る第3レースで順位が伸び悩んでも、合計点で上位リーグ進出ライン・2位以内に食い込みやすくなる。


 ソウは、出番が無くて先ほどまで使っていなかったスコープに、再び顔を近づけた。

 そして、いつでも狙撃できる態勢を整えた。







<“D-3リーグ”Fブロック第1レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位(ゴール済) 赤居祐善(アカガメレーサーズ)

2位 ローデス(Dan-Live A-Team)

3位 佐東陣(ハバシリBチーム)

4位 村道みのり(お茶の間親衛隊)

5位 うっす(お笑いの走り手達)

6位 ゴリラ(動物園)

7位 戸倉洋二(千種食器)

8位 キング(シャドウズ)

9位 二船佐和(グラビアレーサーズ)

10位 なんだかなあ(言葉遊びレーサーズ)

11位 加賀美レイ(チーム望見)

12位 景谷尊号(ニードルズ)

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