第40話 最強ガンナー登場

「それで、何があったんだ?」


 2周目にして早めの修理調整ピットインに入った加賀美かがみレイは、チームメイトの一条いちじょうソウに尋問されているような気分だった。


「いや、その……」

 レイは、“本当のことを話す”か、“嘘で誤魔化す”かで揺れていた。レイ自身の目的は既に達成していた。ふざけて掲示板の指示に従ってレースをめちゃくちゃにする。それを知って呆れたチームメイトが、レイをチームから追放する。それでレイは、期待される重圧や、期待されなくなって見放される不安から解放される。


 裏掲示板のことは、レーサー仲間から聞いた。誰かの紹介が無ければ入ることができない。仲間と認めれば、秘密は漏らさない。だから、心配はいらない、はずだった。


「体調が悪くてですね……」


 レース中にふざけたことが外にバレるのは、さすがにマズい。一旦誤魔化して、掲示板の連中が機嫌を直したら、改めて真実を話そう、ということに、レイの心の中では決まった。




「そりゃ、こんな掲示板で煽られてたら、体調も悪くなるかもな」

 一条ソウは、スマホの画面をちらつかせながら言った。




「は!?」

 彼のスマホの画面に表示されていたのは、紛れもなく、あの“裏掲示板”だった。

「おま、なんでそれを!?」


「“闇レース”の会場で情報収集してたときに、コレも紹介して貰ったんだよ」

 呆然とするレイの前で、ソウは嘲笑した。

「『レース中にスマホを見てる』って、ニナの話。それだけで、何やってるかは絞られてくる。わかりやすくて助かるよ」


「……そういうことだよ」

 レイは、心の中でほんの少し、ソウに感謝した。

「俺は真面目に走る気なんて、ねぇんだわ」

 これで、もう隠し事で悩まずに済む、と思って。


「加賀美くん……」

 さっきまで運転席の隣に座っていた望見のぞみニナが、心配のような、哀れみのような目をレイに向ける。


 ――この子を押し倒せ、なんて命令も、もう聞かなくていい。


「どうする? こんな俺を、まだチームに置いとくつもりか?」

 レイは、煽るように言った。


「へえ、そういうことね」

 だがソウは怒ることもなく、ただ納得したような顔で言った。

「自分から言うのが怖くて、こういうことをして追放して貰おうってことか」


「なっ! いや、そういうわけでは……」

「随分と追い詰められてたんだな。こんな掲示板に実名で書き込んだ時点で、Dレーシングからも追放されるかもしれないのに。ちゃんと考えて実行したか?」

「俺はただ、公式戦をやる気が無くて……」

「掲示板を見た限りじゃ、オモテにバラされることにビビってたみたいじゃないか。それとも、何だ? こういうことをして、オレらに構ってもらいたいのか?」


「ふざけんな! そんなんじゃねぇ!」

 レイは、引っ込みがつかなくなっていた。もはや、話をどうまとめればいいかもわからず、レイは口を開き続ける。

「もう沢山だ! 勝手に重たい期待されるのも、勝手に見放されるのも! だから、俺の方から終わらせてやるんだ!」


 勢いのまま話すレイに、呆れた様子のソウ。そして、ニナはどうしていいかわからず、オロオロしている。




「わかったわかった。とりあえず、頭冷やしたら?」

 ソウは、駄々をこねる子どもに呆れるような、そんな雰囲気だった。

「いや、俺はここで決断するぜ」

 レイは、余計に引っ込みがつかなくなった。

「まだ俺にレースをさせるつもりなら、俺は掲示板の指示に従う。博士ちゃん以外を隣に乗せて走る気も無い。どうする? 俺を止めるなら、リタイアするしかないぜ」

「ああ、そうかそうか」

「おい! 真面目に聞けよ!」

「とりあえず、お前が落ち着くまではオレもニナも機体に乗らない。ヤケになったお前の運転で、事故っても嫌だからな」

「ふざけんな! 俺はちゃんと走れる!」

「か、加賀美くん、大丈夫じゃないよ。一旦、落ち着いて……」

「博士ちゃん、話しかけんな! 俺は掲示板の指示で、お前を……」




「あーあ、情けないですね」




 わざとらしく大きな、心底呆れた声が、レイの言葉を遮った。




「せっかく、乗ってみてもいいかと思って、来てみたんですけどね」


 彼女を、レイは“闇レース”で見たことがあった。

 その、賭けレースに似合わぬ堂々とした雰囲気は、彼の印象に強く残っていた。

 そして、彼の見てきた中で、彼女は最強の砲撃手ガンナーだ。


「来てみたら、このザマですか」

 そこには、チームに入ることを今までずっと拒んできた雪野ゆきのアズサが立っていた。

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