第41話 最強ガンナーによる壊滅作戦

 想定外の事態に、加賀美かがみレイは困惑していた。


 「裏掲示板の指示通りにメチャクチャやる」という蛮行でチームから追放される、という計画だった。しかし、チームメイトの一条いちじょうソウと望見のぞみニナは、自分を駄々をこねる子どものようにしか扱わず、追放などという雰囲気ではない。

 おまけに、新たなチームメイトまで姿を現してしまった。




「ここまで来たってことは」

 一等最初に、ソウが雪野ゆきのアズサに声を掛けた。

「乗る気になった?」


「本当は乗るつもりは無かったんですが」

 雪野は、冷淡な視線をレイに送る。

「あなた達がここで見苦しく口論する姿が、観客席からも見えてしまったので」


「別に口論はしてなかったけど?」

「とにかく見苦しいんです」

 雪野は松葉杖で立つソウの横をすり抜け、レイの脇を通り過ぎ、レイの機体の砲撃手ガンナー席を外から覗き込む。

 彼女は、背中に背負っていた大きなリュックを、砲撃手ガンナー席に放り投げた。

「これに乗ればいいんですよね?」


「いや、まだ運転手ドライバーが乗るかどうかわからねぇ」

 ソウが答える。

「加賀美は『ニナとしか乗らない』って言ってるし」


「いや、それは……」

 レイは、返答に困ってしまった。

 彼がチームを抜けようと思っていたのは、彼がレースに出ることでチームが負ける、そして信頼を失う、という、およそ確定した未来を恐れての考えだった。


 雪野アズサと、伝説のレーサー“神威カムイ”の隣にも乗っていた砲撃手ガンナーと一緒に走れば、自分は勝ててしまうかもしれない。

 レイにとって、これは想定外の事態だった。


「何が怖いんですか?」

 雪野は、困って眉を変に曲げているレイを見て、鼻で嘲笑した。

「私が乗ったら、敵の攻撃は全部撃ち落とします。もちろん、“棘の鉄槌ニードル・ハマー”とかいう変な攻撃も。それでも、勝負するのが怖いんですか?」


「ゆ、雪野さん、そんな言い方しなくても……」

 ニナが、いつもの震え気味の声で心配そうに言う。

 それを聞いて、雪野はフン、と、もう一度鼻で笑った。

「臆病者なんですね、加賀美レイさん」




「乗るよ」

 レイは、雪野の挑発に我慢できなくなった。


 と同時に、安堵もしていた。




 ――散々「ニナとしか乗らない」と言ってきたのを撤回する理由を、雪野が作ってくれた。




 ――裏掲示板の奴らが、脅しの通り俺の蛮行を表沙汰にしたって、きっとソウやニナは、俺を追放なんてしない。







 長いピットインが終わり、雪野アズサを砲撃手ガンナー席に乗せたレイの機体が、レースに復帰した。




「ライフルは使わないのか?」

 機体に乗せたリュックを開けず、砲撃手ガンナー席のスイッチを色々といじっている雪野に、レイは尋ねた。

 11位と差のついた最下位になってしまったが、やることは変わらない。さらに、他の機体はこれからピットインするから、差はじきに縮まる。そんな余裕から、レイは雪野とのコミュニケーションに意識が向かっていた。


「ええ」

 雪野は、短く答える。

「ライフルは、“雪野アズサ”の象徴ですから」


「……どういうこと?」

 レイは、雪野が言っていることの意味がよくわからなかった。


「チーム名に名前が入っていても、偽名の可能性があります。でもライフルを使ってしまったら本人確定なので、“雪野アズサ”の名に傷がついてしまいます」


「いや、だから、どういうこと?」

 せっかく砲撃手ガンナーとコミュニケーションを取ろうと思っているのに、コイツは何を言ってるんだ? という気持ちで、レイは質問を繰り返す。




「チームから追放されたいんでしょ? 実は私も、同じ事を考えていたんです」




 雪野は砲撃手ガンナー席のスイッチを押して、“迎撃ミサイル”を発射した。機体から放たれた魔力弾はコース端の壁で反射し、機体の元へ戻ってきた。




 基本武装<迎撃ミサイル>。


 機体から発射された魔力弾が直線状に飛び、敵機を攻撃する。魔力弾はしばらくすると威力が減衰し、やがて消滅する。

 コース端の壁に張られた魔力バリアに触れると反射する。


 自機にぶつかれば当然、自機が損傷する。




「わああっ!?」

 レイは情けない声を上げながら、自機の“迎撃ミサイル”を喰らってバランスを失った機体を一生懸命に制御する。

「何するんだよ!?」


「チームの一人が失態を犯しても、それを世間は『個人のミス』と捉えます。チームそのものの評価は、思うほど下がりません」

 雪野は、笑みを浮かべながら横目でレイを見た。

 ピットでの会話の時よりも、遙かに底意地の悪い、嘲笑に満ちた目で。

「ところが、二人以上がおかしなことをし始めると、途端に雰囲気が変わります。『チームに何か、問題があるんじゃないか?』と」

 雪野は、スイッチを2回連打した。

 発射された“迎撃ミサイル”が何度も左右の壁で反射し、レイの目の前を右往左往する。

 どうしていいかわからないレイは、そのまま2発の“迎撃ミサイル”を機体に喰らってしまった。




「さあ、二人でレースをメチャクチャにしましょう。大丈夫。責任は全部、チームが取ってくれます」

 魔力弾を受けて、大きく揺れる機体の中。

 視点が定まらずめまいがする中、レイは雪野の声を聞いた。


「公式のブラックリストに入れられて、チームは壊滅」


 鼓膜に響くは、機体の揺れる轟音、遅れて鳴る魔法攻撃警告アラート、そして雪野の声。


「追放されなくても、チームの方が無くなってくれますよ」







<“D-3リーグ”Fブロック第3レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位 ローデス(Dan-Live A-Team)

2位 ゴリラ(動物園)

3位 緑川快(アカガメレーサーズ)

4位 片岡栄吾(ハバシリBチーム)

5位 戸倉洋二(千種食器)

6位 山坂まこ(お茶の間親衛隊)

7位 鷹野美宇(グラビアレーサーズ)

8位 キング(シャドウズ)

9位 あるいはなあ(言葉遊びレーサーズ)

10位 ちゃっす(お笑いの走り手達)

11位 棘野順二(ニードルズ)

12位 加賀美レイ(チーム望見)

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