第43話 最強ガンナー VS 素人レーサー

 ――母さん、元気ですか?


 ――俺は一人暮らしを始めて、そして、レーサーになって……


 ――隣に座った最強砲撃手ガンナーと、必死に戦ってます。




「ちょっと! 何やってるんですか!?」

 “大加速ブースト”を使用して爆走する加賀美かがみレイの機体。ハンドルを必死に握るレイを叱りつけるように、隣に座る雪野ゆきのアズサは怒鳴った。

「せっかく、全機を一箇所に集められそうだったのに!」


「全機を集めて、どうするつもりだったんだよ!」

 ハンドルを切りながら、彼女の圧に負けじとレイも叫ぶ。

「決まってるでしょ!? まとめてミサイルぶち込んで、全機リタイアさせてやるんですよ!」

 雪野は、さらに語気を強める。

「そんな危険なやり方、許されるわけないだろ!」

「許されないから、やるんでしょ!」

 彼女の怒りは頂点に達しているようだ。怒鳴りながら、“迎撃ミサイル”の発射スイッチを押す。

 機体から正面斜めに発射された“迎撃ミサイル”は、壁を反射して機体の元へ戻ってくる。そして機体に損傷を与え、足止めさせる。


「レースから引退するために、やってるんでしょ!」


「お、俺は、レーサーを引退したいわけじゃねぇ! チームから抜けたいだけだ!」

 レイは、揺れる機体の中で必死にハンドルを握りながら、叫ぶように言った。


「引退しない?」

 雪野は、ハンドルを持つレイの左腕を握った。




「これだけいいレーサーがいるチームから抜けたいのに、レーサーは辞めない?」


 怒りが鎮まったかのように落ち着いた声に、レイは彼女の方を振り向いた。


 彼女は、害虫を見るような――見下し、軽蔑した眼差しで彼を見ていた。


「いいチームに属する気概も無いくせに、レーサーなんか続けて、どうするつもりなんですか」


 レイの左腕を掴む手に、力が込められる。

 そのあまりの圧力に、レイはハンドルから左手を離した。

 機体のバランスが崩れ、盛大に壁に機体の腹をぶつける。慌てて右手を動かし、片手で機体の向きを操作する。


 ――そういえば、こいつ……我田がだみたいな大男を、軽々と投げ飛ばすような女だった!


 雪野が体を運転席に乗り出して、レイの右腕にも触れようとしてくる。


 ――右腕も掴まれたら、終わりだ!


「お前は“最強ガンナー”様だから、わからないかもしれないけどなあ!」

 レイは左肩を雪野の体に押しつけ、右腕からなるべく遠ざけながら反論する。

「“分相応”ってのが、あるんだよ! 俺の居場所は、ここじゃねぇってだけだ!」


「居場所? 何度も負けて、惨めな思いをする立ち位置がですか?」

 雪野は、小柄にも関わらず猛烈な力でレイの左肩を押しのけながら、言う。


「期待されるのが、怖いだけでしょ?」




 見透かしたような彼女の問いに、レイは一瞬、頭の中が真っ白になった。


 何を言い返せばいいか、わからなくなって。




 そして、雪野がレイの右腕も掴み、両腕の制御を完全に奪った。

「だったら、レースなんて辞めてしまえばいいんです」


 だが、機体の制御は失われていなかった。


 レイはハンドルに噛みつき、肩や首を使って、必死に機体を動かしている。


「ちょ、ちょっと!」

 雪野は、想定外の必死さに戸惑いを見せた。

「なんで、そんなに必死になってるんですか!?」

「わかったんだ」

「はい!?」

「いや、ずっとわかってた!」


 困惑で力の抜けた雪野から脱出させた腕でハンドルを握り、レイはさらに“大加速ブースト”をかける。




 <大加速ブースト


 Dレーシングの機体が持つ、基本装備の1つ。

 エンジンに大量の魔力を流し込み、一時的に限界を超えた出力を与え、数秒間のみ爆発的な加速と最高速を得る。

 がむしゃらに使用すれば、機体の損傷は免れない。




「俺は根性無しだ! おまけに、やっちゃいけないことまでやっちまった! これ以上、レーサーを続ける権利も、意味も無い!」

 レイは絶叫しながら、機体を爆速で走らせる。

 それは暴走というより、ただただ必死に、前の機体へ追いつこうとする――縋るような追走。

「なら――」

「でも、あいつらはダメだ!」


 機体の魔力残量メーターは、50%を切っている。3周目の途中にしては、少ない。それでもレイは、“大加速ブースト”を使用し、走る速度を維持する。


「あいつらは真面目だし、逃げないし、俺を見捨てもしない! だから、あいつらが破滅するのだけは、絶対にダメだ!」




「今日は、あいつらのために走るんだ……それが俺の、レーサーとして、人として、やるべきことなんだ……」




 雪野は、何も言わない。


 レイは、一瞬だけ横を向き、彼女の顔を見た。


 雪野アズサは、眉間に皺を寄せて、眉を思いっきり曲げて。

 憐れむような、悲しむような表情をしていた。




「もう……なんで今更、そんな泣くんですか……」

 

 彼女の声が、小さく聞こえた。


「もう……もう。そんな顔して……本当にしょうがない……」




 それからしばらく、隣からの妨害は無かった。

 レイは、そのことにも気付かず、とにかく必死に運転した。

 1秒でも早く、前の機体に追いつくために。

 涙が出ているのに気付いたのは、零れた涙がハンドルを握る手に落ちた瞬間だった。

 それを気にする間もなく、レイは運転を続けた。


 3周目が終わる。

 魔力残量は40%。




「おい、レイ! 加賀美レイ!」


 魔力残量メーターを見ているとき、レイはふと、自分の名を呼ばれていることに気付いた。


「ああ! やっと気付きました!?」


 雪野が、レイに声を掛けていた。


「私が窓を開けたら、“大加速ブースト”はもう使わないでくださいね!」


 彼女は、腕にライフルを抱えていた。


 最強砲撃手ガンナー・雪野アズサとしてレースに出るとき、いつも使っているライフルだ。


「あとは普通に走っていても、前の機体が落ちていきますから」




「えっ……え?」

「返事!」

「は、はい!」







<“D-3リーグ”Fブロック第3レース 現在順位(括弧内は所属チーム)>

1位 棘野順二(ニードルズ)

2位 ローデス(Dan-Live A-Team)

3位 片岡栄吾(ハバシリBチーム)

4位 ゴリラ(動物園)

5位 緑川快(アカガメレーサーズ)

6位 鷹野美宇(グラビアレーサーズ)

7位 戸倉洋二(千種食器)

8位 山坂まこ(お茶の間親衛隊)

9位 キング(シャドウズ)

10位 あるいはなあ(言葉遊びレーサーズ)

11位 ちゃっす(お笑いの走り手達)

12位 加賀美レイ(チーム望見)

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