第44話 VS “棘の鉄槌” 再び

 加賀美かがみレイによる決死の爆走は、功を奏していた。

 4周目の終盤から、前の機体が見え始めていたからだ。


「ここから先の機体達は、たいして離れていません」


 雪野ゆきのアズサは、機体に接続したライフルを手に、砲撃手ガンナー席横の窓を開けた。


「私が合図をするまでは、“大加速ブースト”も“無敵道化スター”も使わないように」


「はあ……」

「返事!」

「は、はい!」




 窓を開けて身を乗り出した雪野は早速、銃口から小さな“迎撃ミサイル”を撃ち出した。

 発射されたその魔力弾の特徴は、小さい以上に、速い。

 目に映らないほどの速さで、11位の機体に命中。バランスを崩した敵機は、ふらふらとコースの真ん中から離れた。

 その隙を突いて、加賀美の機体はコースの真ん中を突っ切り、11位に浮上する。




 それからも、快進撃は続いた。

 前にいる機体達に、次々と“迎撃ミサイル”を命中させ、足止めをする。

 雪野アズサの快進撃、と、観客の目には映った。

 実際は、加賀美レイの決死の爆走が、今も続いているにも関わらず、だ。




「いいですよ!」

 雪野は、歯を食いしばりながらハンドルを握るレイを賞賛し、励ます。

「“大加速ブースト”無しでも、ちゃんと追い上げできてるじゃないですか!」


 6位まで上がったところで、長い直線コースに入った。

 5位の機体とは、かなり離れている。


「“大加速ブースト”を使っていいですよ」

 窓を閉めながら、雪野が言った。

「え、魔力の残量は?」

 レイは魔力残量のメーターを確認する。残り15%。これ以上“大加速ブースト”を使えば、“迎撃ミサイル”を撃つ魔力がほとんど無くなってしまう。

「大丈夫です」

 だが、雪野は構わず魔力使用を勧める。

「あなたがミスしなければ、私はあと5発で十分です」




 “大加速ブースト”により、5位に一気に迫る。

 雪野は再び窓から身を乗り出し、狙いを定めた。

 彼女が撃った相手は、5位の機体ではなく、そのすぐ前にいた4位の機体。

 反重力エンジン付近を攻撃された4位は煙を上げながら減速し、5位の進路を塞ぐ。

 もたつく2機の脇をすり抜け、加賀美の機体が前に出る。


「残り3機ですよ! しっかり!」

 雪野は、また窓から体を引っ込める。

「“大加速ブースト”、もう一回どうぞ!」


 5周目後半。残り魔力11%。


 “大加速ブースト”。


 加速の勢いで、撃ち落とすまでもなく3位の機体の前に出た。




「ウ……ウホ! させるかウホ!」

 公共フリー通信から、特徴の強すぎる声が聞こえてきた。

「俺はパワーとスピードのゴリ押しで勝ってきたゴリラ! スピード勝負で負けるつもりはないウホ!」


「うるさいゴリラですね……」

 耳が痛くなるくらいの大音量の声に、舌打ちする雪野。


「こっちも“大加速ブースト”……ウホ!?」

 ゴリラの驚く声。


 雪野がゴリラの機体にライフルを向け、撃ったのは“迎撃ミサイル”ではなかった。


 彼女が敵機のコクピットに向かって撃ったのは、大量の黒インク入りの弾。


「ウホ!? 前が見えな……」

 既に“大加速ブースト”を開始していたゴリラの機体は、行き先を見失った。




 <黒インク>


 ペンやプリンター等に使用する、黒インク。

 ライフルの発射装置を使用して撃つため、発射に魔力を要さない。

 コクピットに撃たれた機体は、ウインカー等で排除しない限り、前が見えなくなる。




「スピード自慢は、視界を遮るに限ります」




「ウホーッ!!」


 ゴリラの雄叫びか断末魔か、よくわからない叫び声と共に、通信は切れた。




 ライフルを機体と接続し直し、2位の機体を狙う。

 こちらは、反重力エンジンを狙った“迎撃ミサイル”による狙撃。

 命中した2位の機体が落ちていく上を、加賀美の機体が抜かしていく。




 前にいるのは、もはや1位のみ。




 レースはもう、最後の直線に入っていた。1位の機体よりも、レイの機体の方が少し速い。もう一度“大加速ブースト”を使えば、抜かすことが可能。


 ――魔力は残り6%。あとは、1位の魔力残量がどうか……




「まーたテメェか、加賀美レイ」


 公共フリー通信から聞こえた声に、レイは背筋が凍った。


 ピットで声を聞いたことがあるから、わかる。

 棘野順二。チーム「ニードルズ」の……

 あの“棘の鉄槌ニードル・ハマー”を有する、「ニードルズ」のレーサーだ。


「お前には感謝してるんだぜ? お前がみんなを足止めしてくれたおかげで、簡単に“打開”できた」

 棘野は陰険な声で、せせら笑うように言う。

「おかげで、ここまでを温存できた」




「マズい……」

 レイは、怯えた声で言った。

は……」

 第1レースで襲ってきた、“棘の鉄槌ニードル・ハマー”を、思い出しながら。

「“迎撃ミサイル”が、効かないんだ」




「レースをメチャクチャにした、悪役ヒールも退治して。今日の英雄ヒーローは、俺で決まりだな」

 1位を走る棘野の機体から、トゲに覆われた禍々まがまがしいデザインの“迎撃ミサイル”が、飛び出した。

「くたばれ」




 特殊武装<“棘の鉄槌ニードル・ハマー”>。


 小型の反重力エンジンとAIを搭載した、自動追尾型の“迎撃ミサイル”。

 指定した敵機の熱反応を検知して追尾させる。

 1位が2位の機体をロックオンするのも、当然可能である。




 雪野は、ライフルで“棘の鉄槌ニードル・ハマー”を狙撃した。

 トゲだらけの“迎撃ミサイル”は一旦動きを止めるが、墜落する素振りは見せない。


「“大加速ブースト”して!」

 窓から身を乗り出したまま、雪野が叫ぶ。

「え、でも――」

「早く!」


 言われるがままレイは、“大加速ブースト”を使用。

 加速した機体は、動きを止めている“棘の鉄槌ニードル・ハマー”とすれ違い、1位にいた棘野の機体を追い抜かして、一旦はトップに立った。


「無駄だぜ! ゴールより“棘の鉄槌ニードル・ハマー”が追いつくのが先だ!」

 得意げに棘野が叫ぶ。

 それを合図にするように、動き出したトゲトゲの“迎撃ミサイル”は、レイの機体をみるみるうちに追い詰める。


「ダメだ! 逃げ切れない!」

「撃ち落とします」

「無理だ! 第1レースでも、落とせなかったんだ!」




「それ、時の話ですか?」




 雪野は、“大加速ブースト”の加速に乗った機体から、身を乗り出した状態で、ライフルを構えた。


 狙いを定め、小さな“迎撃ミサイル”の魔力弾を、何発も発射する。


 一発は“棘の鉄槌ニードル・ハマー”の正面に当て、減速させた。

 一発は、トゲトゲの隙間から腹部に当て、小さな煙を上げさせた。


 最後の一発は腹部を貫き、内側の反重力エンジンに命中した。




 大きな煙を上げた“棘の鉄槌ニードル・ハマー”は、その時すぐ傍にいた棘野の機体を巻き込み、大爆発を起こした。




「は……? 嘘だろ?」

 まだ事態を飲み込めていない棘野は、間の抜けた声を上げた。その直後に、絶叫が続いた。

「げぼばぁー!!」




「ちぇっ」

 雪野は窓を閉めながら、軽く舌打ちした。

「『5発で十分』と宣言したのに、6発撃っちゃいました」







<“D-3リーグ”Fブロック第3レース 最終順位(括弧内は所属チーム)>

1位 加賀美レイ(チーム望見)

2位 ローデス(Dan-Live A-Team)

3位 緑川快(アカガメレーサーズ)

4位 片岡栄吾(ハバシリBチーム)

5位 戸倉洋二(千種食器)

6位 山坂まこ(お茶の間親衛隊)

7位 ゴリラ(動物園)

8位 鷹野美宇(グラビアレーサーズ)

9位 キング(シャドウズ)

10位 あるいはなあ(言葉遊びレーサーズ)

11位 ちゃっす(お笑いの走り手達)

リタイア(機体大破) 棘野順二(ニードルズ)


<“D-3リーグ”Fブロック 各チーム累計ポイント数&順位>

1位 アカガメレーサーズ 23pt+10pt=33pt

2位 Dan-Live A-Team 16pt+11pt=27pt

3位 チーム望見 12pt+12pt=24pt

4位 動物園 17pt+6pt=23pt

4位 ハバシリBチーム 14pt+9pt=23pt

6位 千種食器 13pt+8pt=21pt

7位 お茶の間親衛隊 13pt+7pt=20pt

8位 シャドウズ 12pt+4pt=16pt

9位 言葉遊びレーサーズ 10pt+3pt=13pt

10位 お笑いの走り手達 9pt+2pt=11pt

11位 グラビアレーサーズ 5pt+5pt=10pt

11位 ニードルズ 10pt+0pt=10pt

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