第19話 こういうことです

「よくご存じですね」

 小柄なうら若き女性、雪野ゆきのアズサは、面倒くさそうに口を開いた。

「“神威カムイ”の砲撃手ガンナーの名前なんて、一般には知られてませんよ」


「レーサーの間じゃ、有名だったろ」

 松葉杖のレーサー、一条いちじょうソウは、雪野を真剣に見据える。

「一般人はおろか、レース関係者にすら顔を見せない“神威カムイ”に代わって、意志を伝える代弁者でもあった。“神威カムイ”の正体を知る、唯一の人間と言われていた」




 ――ひょっとして、一条くんと雪野さんの関係って……


 近くに居合わせている車椅子の女性、望見のぞみニナは、想像を膨らませている。

 レース中に、ソウが“神威カムイ”の技「昇日の曲線ライジング・ドリフト」を使った時から、ずっと。

 「一条ソウの正体は、“神威カムイ”なのではないか?」という、疑念を元に。


 ――一条くんが“神威カムイ”だとしたら、二人は昔、相棒だった?




「実際は、私も知りませんでしたけどね。“神威カムイ”の正体は」

 雪野は、自分の正体を隠す気は無いようだ。

「いつもヘルメットをしていて、素顔は私も見たことがありません」


「ま、それはどうでもいいさ」

 ソウが言った。

「オレが提案したいのは、一つだけ」


 それから彼が言った一言は、その場にいる全員の度肝を抜いた。


「これからオレ達は、チームを作ってDリーグに出る。オレ達のチームに入ってくれ。あ、雪野だけじゃなくて、加賀美もな」




「はあ!?」

 雪野の現・相棒、“雷王”我田がだと、加賀美かがみレイが同時に叫んだ。

「おい、何勝手にウチの砲撃手ガンナーを勧誘してんだ!?」

「いやあ、やっぱりわかっちまったか! 俺の隠しきれないポテンシャルが!」


「ちょ、ちょっと待って!?」

 ニナは、慌ててソウに言った。

「きゅ、給料、払えないよ!?」

 他にも色々言うことあるんだけどなぁ、と心の中で思いつつも、話が進んでしまう前にとりあえず思いついた言葉で、口を挟む。


「資金ならあります。4,500万」

「えっ!?」

「ほら」


 ソウは、ニナにスマホの画面を見せた。

 “闇レース”の賭け結果の画面が映っている。


 一条ソウ(15.62倍)|賭け金3,000,000円 ……的中


「事前に、自分に賭けといたんです。賭け金の上限マックス、300万円」


「はあ!?」

 さらに唖然あぜんとする我田。


「レースで勝った賞金で借金は返せるって話だから、これで資金面は問題無くなりました」

「ちょっと待てぇ! 何ちゃっかり自分に賭けてんだ!」

「え? 自分に賭けちゃダメってルール、あった?」


「ぐ……別に、ねぇが……」

 ソウに言い負かされて、言葉の勢いを無くす我田。

「てめぇ、最初から勝つ気満々でいやがったのか……」




「はあ」




 雪野は、勧誘の返事の代わりに、小さく溜息ためいきをついた。

「自分がちょっと速いからって、何でも思い通りになるとでも思ったんですか?」

 そう言うと、彼女はツカツカとソウの前に歩み出る。


 彼女もスマホを取り出し、その画面をソウに近づけ、彼にだけ見えるようにした。


 ソウは、顔が驚きにゆがむ。


「こういうことなので、私はもうレースには出ません」




 彼女はソウに背を向け、我田の方へ戻っていく。




 そして、我田の目の前まで歩み寄ると。




 我田の腕をつかみ。




 その大きな体を、片手で持ち上げた。




「!?」

 突然の出来事に、周囲は何も反応できない。

 構わず、雪野は持ち上げた我田の体躯を、地面に背中から叩きつけた。


 ダァン!


 コンクリートの地面に、我田の背中がぶつかる。


「ぐあっ!?」

 痛みに顔をしかめた我田。その目の前には。


 拳銃の銃口が突きつけられていた。




「私は、今まで“闇レース”に潜入していた警察官です」

 雪野は、元・相棒に冷たく言い放った。

我田がだ荒神こうじん。あなたを、違法賭博場運営の罪で逮捕します」

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