第36話 終わらせてやる
どれだけ才能に差があっても、その差を埋めるだけの努力をすればいい。
そう思っていた時期が、
そして、その考えは誤りであると、大学時代の
「また走ってるの? 熱心ね」
サークルで2個上の先輩が、シミュレーターから降りてきたレイに声を掛けた。
「明日は実機でのレースができるんで、最終調整です!」
レイは、自信満々に答えた。
「さっきシミュレーターの記録、更新しましたよ!」
「へぇー! すごいじゃない!」
「そういえば、明日は新人も来るんでしたっけ?」
「ええ。昨日初めてシミュレーターで走って、結構上手かったわよ。実機にも乗ってみたいって」
「へへ、そりゃ、プレッシャーですね。
「速いだけが全部じゃないわよ。数ヶ月とはいえ、レイくんのが先輩なんだから。堂々してればいいの」
「そうですかね?」
「そうよ。どんな子が入ってきても、レイくんは自分らしく、レーサーを続けてね」
次の日、サークルに新しく入った同期生は、初めて乗った機体で俺の記録を軽々と更新した。
「すごーい! 本当に初めてなの!?」
「ええ……実機の方が走りやすいですね。魔力の感覚とかがあると、全然違います」
それ以降、レースの話となると先輩達は一人残らず、その同期生のことしか話題にしなくなった。
一人しか出場枠の無い大学対抗レースは当然、その同期生が出た。
「熱心だけど、趣味なのよね?」
1年後、就職活動を始めた先輩が、珍しくレースの話題でレイに話しかけた。
「資格取るとかボランティアとか、就活に役立つことをした方がいいよ」
彼女は就活で疲れているのか、冷ややかな目でレイを見て言った。
「レースは公式戦に出てないし、サークルのリーダーでもないでしょ?」
加賀美にとって最も嫌だったのは、自分より常に速かった同期生が、「プロのレーサーにはいくら頑張っても勝てないから」という理由で、一般企業に就職したことだった。
レイの自宅マンションの、チャイムが鳴った。
インターホンのカメラ映像を見ると、車椅子に座った女性が、玄関の前にいた。
「またか……」
レイは、チームメイトに自分の住所を教えたことを改めて後悔した。
「あ、あの……」
玄関ドアを開けると、チームメイトの
疲れた表情をしている。
「明日のレース、やっぱり、出れないかな?」
「昨日も言ったでしょ? 俺が出たら、チームの負けが決定するって」
レイは、自身がドライバーとして出場した第1レースが見事大爆死に終わったことに対し、一切責めてこないチームメイト達を見て、最初は嬉しかった。
「俺に期待されたって、困るんだって」
だが、みるみるうちに不安になった。
――いつか、あの先輩と同じように、冷ややかな目でしか見られなくなるんじゃないか?
――だったら、先に自分から離れた方がいい。自分の身の丈に合った場所で、長く細々と続けた方がいい。
「で、でも、第1レースだって“
「また狙われたら、同じ結果になる」
「でもそれは、狙われたら、の話で……」
「上位に入れば、絶対に注目されて、狙われる。なんと言っても、次のレースではあの
「そ、それは……一条くんも
「その結果が、第1レースなんだよ!」
「うっ……」
「自分のせいでチームが負ける! それがわかっててレースに出たがる奴なんて、どこにいるってんだ!」
「ま、負けてもいいよ」
ニナは、おそるおそる、上目遣いでレイを見上げる。
「わ、私達、リーグに出るのも初めてなんだから……負けたら、次のシーズンで頑張ればいいんだから……」
「そんなことを言ってられるのも、今のうちだよ」
レイは、心からの本心を言った。
「一条の大活躍に反して、俺が弱すぎる。ネットでもしっかり評判ができあがってるよ。『チーム望見は、2番手がいないのが欠点だ』ってさ」
「き、気にしなくていいよ、そんな噂――」
「
「そ、そんなことない!」
ニナは疲れた顔をしながらも、レイに一生懸命訴えかける。
「人数合わせなんてつもりで、一条くんは加賀美くんをスカウトしてないよ! だって、一条くんは――」
「『何よりも勝つのが最優先』ってレーサーは、嫌いなんだよな」
レイは、ニナを冷ややかに見下ろす。
「けど、俺より上位互換が見つかったら、きっと俺は捨てられる」
「じょ……上位互換?」
「“『勝つのが最優先』じゃなくて、しかも速いレーサー”」
「ち、違うよ!」
ニナは再び語気を強めた。
「どんなに速くていい人が来たって、加賀美くんが仲間なことには変わりないよ! 捨てるだなんて、そんなことするわけない!」
「本当に?」
「も、もちろんだよ!」
レイは、サークルの先輩を思い出した。
――「どんな子が入ってきても、レイくんは自分らしく、レーサーを続けてね」
――「資格取るとかボランティアとか、就活に役立つことをした方がいいよ」
「わかった。俺が出るよ」
レイは、外の景色を眺めながら言った。
「え……ホント?」
「ただし、条件がある」
「な、なに……?」
「
レイの言葉に、ニナは目を丸くした。
「一条が乗れるように改造したけど、博士ちゃんは乗れない?」
「う、ううん、乗れるけど……私、
「それは別にいいよ」
「で、でも、一条くんの方がいいんじゃ……」
「一条が
「えっ」
ニナの表情が露骨に陰り、
「嫌なら、別に俺は乗らなくたっていいんだ」
「や、やるよ! 私が
――こんなことを言ってたって、どうせ、遅い俺はいつか捨てられる。
――だったら、俺の方から終わらせてやる。
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