第23話 博士ちゃんの魔力

「ちょっと待って!? 俺は雪野ゆきのアズサの予備砲撃手ガンナーとして勧誘したんじゃないの!?」

 加賀美かがみレイは、驚きの声でソウに抗議した。

「俺が運転手ドライバー!? 俺、今まで一人で走ったレース、全敗だぜ!?」


「今までのレース結果なんて、これから出るレースの結果には関係ねぇよ」

 一条いちじょうソウは、ニッと笑って言った。

「それに、知らねぇの? そもそも、リーグはシステム上、一人で全レース出るのは無理だ」

 そう言って、ソウは歩き出す。

「ほら、ニナが待ってる。ガレージに行くぞ」




 ガレージに入ると、ソウはまず加賀美の機体の方へ歩み出た。

「が、砲撃手ガンナーの席には、一条くんも乗れるように調整したよ。乗ってみる?」

 ニナが、ソウに声を掛ける。

「すごいな。本当にたった数日でできたんだ?」

「う、うん。運転手ドライバーと違って、座席をいじればいいだけだから」


「まさか……俺の機体を博士ハカセちゃんに預けたのって、お前が俺の機体に乗るため!?」

と、加賀美。

「それと、単純に機体の整備な。お前の機体、速さ以前に故障が多すぎるんだよ」

「は、外れかけてる部品がいっぱいあったから、直しておいたよ」


「そ、そりゃどうも……」

 加賀美は、恥ずかしそうに頭を下げた。

「金が無いから自分で整備してるんだけど、どうも苦手でさ……」




「そうだ! で、なんで俺が出ないといけないんだ!?」

 加賀美は顔を上げて言う。

「なんだ、マジでリーグの仕組みわかってないの?」

 ソウは呆れ顔で応える。

「じゃあ、説明するよ」




 3人は、加賀美の機体の近くにある作業台を囲んで座って、話をすることにした。


「まず、オレ達がこれから出るD-3リーグは、1日1レースを4回、計4レースで勝ち負けを決める」

「そこは知ってるぜ! 各レースで順位ごとに点数がもらえるんだろ?」

「そ。例えば14チームでレースしてるなら、1位は14ポイント、2位は13ポイント、って感じで1ポイントずつ減ってって、最下位は1ポイント。リタイアは0ポイントだ。4レースの合計点が高い2チームが、上位の『D-2リーグ』に進める」

「ま、まず、完走できないと最下位よりポイントが低いんだよね」


「問題は、その4レースを5日間のスケジュールでやる、ってところだ」

 ソウが言った。

「具体的には、第1、第2レース、1日休んで、第3、第4レース、っていう5日間。Dレーシングの機体は運転手ドライバーの魔力を吸う。1回レースしたら、最低でも翌日までは休まないと命に関わる。にも関わらず、2レースを2日連続でやるんだ」


「そうか……つまり、一人が2日連続で運転手ドライバーをやるのは、無理ってことか」

「そういうこと。だからリーグは『チーム戦』が前提となる。最低2人で、分担してレースを走るのが前提」


「俺、リーグに全く興味無いから、そういうの全然知らなかった」

 加賀美は、ぽかんとした顔で言った。

「か、加賀美くんは、レースで何がしたい、っていう目標はあるの?」

「そりゃもちろん、最強の“打開専用機”を作ることだ!」

「だ、“打開専用機”?」

「そう。魔力を溜めて後から追い上げる“打開”機体は、タイム至上主義の公式戦じゃけむたがられがちだからな。非公式のレースで機体をブラッシュアップしていくつもりだったから、公式戦のリーグに出る予定は無かったんだよ」

「で、でも、ありがとうね。私達のチームに入ってくれて」

「いやあ、誘われたら話は別よ。“打開”機体が公式戦に出ちゃいけない理由なんて、無いわけだし」


「加賀美には、第1レースと第3レースに出てほしい。1位を取れなくたっていい。合計点で勝ちゃいいんだからな」

 ソウは話を進めた。

「で、第2・第4レースでソウが出て、足りない分のポイントを稼ぐと」

「ああ。オレができるだけ後ろの方のレースに出たい。他のチームとの点差がわかってれば、調もできるからな」


「で、俺が走る時は、ソウが砲撃手ガンナーをやってくれるのか?」

「おう。機体が魔力を吸うのは運転手ドライバーだけだからな。隣で魔法攻撃をする砲撃手ガンナーは、機体の魔力で攻撃するから消耗は無い」

「じゃあ、ソウが走る時は俺が砲撃手ガンナーやろうか?」

「ありがたいが、あいにくオレとニナの機体には、武装ついてないんだ」

「……マジ?」

「しかも、助手席からも魔力を吸われる特殊な仕様。今のところ助手席の負担は少しだけど、それだと全力で走れない」

「“雷王”戦の時って、全力じゃなかったの!?」

「その前のエキシビジョンでは、1周ちょいだけ全力で走った。けどその後、オレは2日も寝込んじまった」

「……ソウがひ弱なのか、機体が魔力を吸い過ぎなのか……」

「将来的には助手席から吸わせる魔力を増やして、常に機体を全力で走らせるようにしたい。だから助手席に座る奴は、運転手ドライバーと同じくらいの負担を背負うことになる。別のレースで運転手ドライバーをする加賀美に、この負担を任せるわけにはいかない」

「なるほどねぇ。ってことは、助手席に座る人間の魔力量も、結構大事ってわけか」

「まあな」


 言いながら、ソウは壁際に置かれた、小型冷蔵庫サイズの四角い機械に目をやった。

「あれ、魔力測定器?」


「う、うん。計ってみる?」

と、ニナ。

「ああ。せっかくだから」

「わ、私も、みんなの魔力量は計っておきたいと思ってたんだ」


 魔力測定器は、繋いだ人間が体内に保持する魔力量を計測する。数値が高い人間は魔力量が多いため、機体が吸う魔力量を多めに設定することで、機体性能を上げることができる。

 逆に魔力量が少ない人間は、性能を下げてでも機体が吸う魔力量を減らす必要がある。


「じゃあ、まずは俺から」

 こういう機器類が好きなのか、なぜか加賀美が最初に、勇んで測定器のケーブルを自分の頭に繋いだ。

 測定器の正面につけられたディスプレイに、「3,600mp」と表示された。

「お、大人の男の人なら、普通くらいの量だね」

「じゃあ、次はオレが計るよ」

 次にソウがケーブルを手に取り、装着する。

 表示された魔力量は、「3,350mp」。

「ん? 思ったより、少なくないな」

「ふ、普通の量だね」

 数百程度の差なら、誤差の範囲と言っていい。10年前は3,200mpだったから、むしろ増えたくらいだ、とソウはいぶかしむ。


 ――機体の負担が重いのは、オレの魔力量が少ないからじゃないのか?


「機体の吸う魔力量の調整、ミスってるんじゃないか?」

 加賀美が言った。

「お、おかしいな。私が吸われても平気な量に抑えてるから、そんな無茶な吸い方はしないはずなのに……」

 ニナは困り顔だ。


「博士ちゃんも計ってみてよ」

 加賀美はニナに提案する。

「えっ?」

「そうだな。少なくとも、しばらくは助手席に乗って、魔力を吸われるんだからな。計っといた方がいい」

 ソウも、ニナに測定するよう促す。

「そ、そうかな。自分のこと全然興味なくて、計ったことないんだ……」

 そう言いながら、ニナはソウから受け取ったケーブルを装着する。

「この機器も、最近買ったばっかりだし」


 喋っているうちに、魔力量がディスプレイに表示された。


 「100,000mp」。


「えっ?」

 加賀美とニナの声が重なった。

「こ、故障かな?」

 ニナはそう言って、ケーブルを外して再び加賀美に渡した。加賀美は何も言わず察して、再びケーブルを装着する。

 「3,600mp」。

「い、一条くん、もう一回やってみて」

「別に変わらないだろ……」

 ソウがもう一度計っても、やはり結果は一度目と変わらず「3,350mp」だった。

 そしてニナが無言で、自身にもう一度ケーブルを装着する。

 「100,000mp」。


「じょ、常人の30倍の魔力ってこと?」

 加賀美は、まだ数値を信じられない様子だ。

「5~6万くらいの奴が、昔知り合いにいた」

 ソウは、レーサー時代にそれくらいの魔力量を誇るレーサーは何人か見たことがあった。ニュース等でも、魔力量が常人の数倍ある人間やモンスターが存在することは、たびたび紹介される。

「世界ランカーのレーサーで、8万って奴もいた。10万がいてもおかしくはない」

 それに、ソウにとっては合点がてんのいく話だった。

 機体が吸う魔力量を、ニナに合わせて設定されていたとしたら。常人が乗ると吸われすぎになってしまうのは、当然のことだ。


「けど、10万って……規格外にも程があるぜ」

 加賀美は、まだ信じられない、という顔だ。

「わ、私、ちょっと変なのかな……」

「いや! 変ではないさ!」

 落ち込むニナを、必死でフォローする加賀美。

「しかも可愛いし! いや、それは関係ないか……」


「むしろ、ありがたいよ」

 ソウは、嬉しさを感じていた。

「オレの助手席、これからもニナに任せていい?」


「も、もちろんだよ! いっぱい頼って!」

 ニナはソウの言葉を聞いて、表情をぱあっと明るくさせた。


 ――魔力を吸う助手席にニナを乗せるのは、気が引けていたが……そういうことなら、心配はいらなそうだ。


 ――それどころか……やりようによっちゃ、オレ達はもっと速くなれる。


「さあ、次のレースの作戦を立てようぜ」

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