第32話 VS “棘の鉄槌”

 「ニードルズ」棘野とげの順二じゅんじ

 チームメンバー全員がスキンヘッドに揃えるという団結力がウリのチームで、リーダーを務める。

 チームは「強い相手を潰すことで勝ち残る」ことを信条とし、団結して人の嫌がることをしてくる「ニードルズ」を嫌いなレーサーは多い。


 今回、彼らのターゲットは共にD-3リーグへ落ちてきた「アカガメレーサーズ」……にしようとしたが、スポンサーからストップがかかり断念。理由は「レース配信もしているアカガメを潰したら、世間で散々叩かれた上でアカガメのスポンサーに社会的に潰されるから」。

 やむを得ず次に選んだターゲットは、一条いちじょうソウという謎のレーサーが所属する、不確定要素の多い「チーム望見のぞみ」。

 一戦目の目論見もくろみは成功した。「チーム望見」の順位を大きく沈めることに成功し、さらには特殊武装“棘の鉄槌ニードルハマー”の威力を見せつけ、一条ソウにプレッシャーを与えることができた。

 あとはチームリーダー・棘野が、“棘の鉄槌ニードルハマー”にビビって全力で走れない一条を破り、「チーム望見」の望みを完全に絶つ。




 はずだった。




「噂には聞いてたが、まさかこれほどとは……」

 レース4周目中頃、そろそろ終盤戦に差し掛かろうというところ。

 棘野は、レーダーで一条の位置を確認しながら、なかば絶望の混じった声でつぶやいた。


 一条は、現在2位の棘野に半周以上の差をつけた圧勝。


 既に6位までが、一条によって一週遅れにされていた。


赤居あかい祐善ゆうぜんでも、ここまで速くはなかったろ」


 コースはほどよい直線とカーブが連続する、オーソドックスなもの。障害物と言えば途中で二箇所“動く壁”がある程度。ここまで来て運転ミスやコースギミックによって大幅ロスをする可能性は、限りなく低い。いや、仮にあったとしても、一条が棘野に追いつかれることは無い、と断言できるほどの差が、1位と2位の間にできていた。

 “棘の鉄槌ニードルハマー”にビビる様子も、一切見られない。ここまで差をつけたら、もう撃たれないと思っているのかもしれない、と棘野は思った。せっかく第1レース後に皆で圧まで掛けに行ったのに、苦労が水の泡だ。


 そして、走行中にレーダーをもう一度ちらりと見た棘野は、驚愕する。


 一条のスピードが、さらに上がった。


 あっという間に3位を抜き去り一週遅れにすると、まるで「第1レースの仕返し」とでも言わんばかりに、2位の棘野も一週遅れにしようと迫ってくる。




「棘野さん。一条に、撃っちゃいましょうよ。“棘の鉄槌ニードルハマー”」

 隣の砲撃手ガンナー席に座るスキンヘッドが、小声で囁いた。

「3位に追いつかれることも無さそうですし」




 特殊武装<“棘の鉄槌ニードルハマー”>。


 小型の反重力エンジンとAIを搭載した、自動追尾型の“迎撃ミサイル”。

 指定した敵機の熱反応を検知して追尾させる。後ろの機体をロックオンすれば、“棘の鉄槌ニードルハマー”は撃った直後に後ろへ飛んでいき、敵機を攻撃する。




「いや、しかし……」

 棘野は躊躇ためらった。

 ここまでの実力者に、果たして“棘の鉄槌ニードルハマー”は通用するのか? という、一抹の不安があったからだ。

 ましてや、一条は“棘の鉄槌ニードルハマー”に一切ビビっていない。

 避けきる自信があるのではないか? 逆に、さらなる仕返しが棘野を待っているのではないか?

 そんな不安で、棘野の胸の内は一杯になってきた。


「ここは1位を譲ってやったって、問題無い。第3レースでもう一回潰せばいいだろ」

 棘野は、撃たない言い訳を述べる。

「でも、第3レースは他のポイント高いチームを潰したくないですか?」

 砲撃手ガンナーは、いらん正論で棘野を追い詰める。

「『チーム望見』だけに勝ったって、合計ポイントで2位にならなきゃ意味ないじゃないすか」


「そ、それだったら、その、ポイント高そうなチームの今のレースで潰したら……」

「どのチームが高くなりそうか、わかるんですか?」

「いや……」




 つまらない言い争いをしている間に、一条の機体が棘野達を抜き、目の前に出た。

 棘野はまだ4周目終盤、一条は、ゴール目前だ。

「クソ……」

 棘野が舌打ちしていると、一条の機体は驚くべき行動に出た。




 棘野の機体の目の前で、速度を落とした。


「おわっ!?」

 棘野は、慌ててハンドルを切った。


 一条の機体が目の前に来たことで、棘野の機体はスリップストリームの状態に入ったからだ。




 操縦技術<後方加速スリップストリーム


 前方の機体の真後ろにつくことで、正面からの空気抵抗を軽減し、自機の速度を上げる。のみならず、目前の機体が残す魔力の残滓ざんしを吸収することで、機体性能の向上もできる。

 ゆえに、敵機の方から目の前に来てスリップストリームをさせてくれることなど、普通はあり得ない。




 想定外の加速を得た棘野の機体は、目の前を走る一条の機体にぶつかりそうになった。それを避けるためにハンドルを切った棘野だったが、それにより今度はコース端の壁にぶつかりそうになり、さらにハンドルを切らされる。


「おわあああ!」

 棘野の機体は壁にゴリゴリと装甲をこすらせながらカーブを曲がった。おかげで機体は減速したが、走行不能になるような破損はしていない。




 一条の機体は、棘野の減速に合わせてさらにスピードを落とした。


 まるで、棘野がやってくるのを待ち構えるかのように。




「棘野さん、これ、明らかにあおってますよ」

 砲撃手ガンナーが言った。

「第1レースの仕返ししようとしてるんですよ!」




「だよなあ」


 棘野は、今ので完全に、気が変わった。


めてるよなぁ」




 棘野は、公共フリー通信をオンにした。


「おい、一条」

 棘野は、ドスの利いた声をマイクに乗せる。

「調子に乗るなよ」


 通信を切ると、棘野は砲撃手ガンナーに素早く指示する。

「おい、撃て」


「了解」

 砲撃手ガンナー席のスキンヘッドは嬉しそうにニヤつくと、レーダー上の一条の機体をタップし、スコープも何も見ずに発射スイッチを押した。

 発射したら、あとは“棘の鉄槌ニードルハマー”のAIの仕事だ。




 おぞましい棘に覆われた黒い弾頭は、一条に向かって猛スピードで飛んでいく。


 棘野は、“棘の鉄槌ニードルハマー”が一条に当たるまでは急がず、のんびりと走ろうと思っていた。遠目の方が、一条の爆散する様子がよく見えると思ったからだ。

 だが、一条の様子をみて、棘野は逆に“大加速ブースト”を使った。




 一条が“棘の鉄槌ニードルハマー”に追われながら、こちらに向かって正面から突っ込んできたからだ。




「こいつ、イカれてんのか!?」

 棘野は、突っ込んで来た一条の機体を紙一重でかわしながら、叫んだ。

 しかし、恐怖はこれで終わらない。一条は信じられないスピードで機体を反転させ、“棘の鉄槌ニードルハマー”の体当たりを回避しながら棘野を追ってくる。


「この、バカ野郎が!」

 棘野は叫びながら、必死で機体を走らせる。しかしその努力も虚しく、一条と棘野、二人の機体は、横並びになった。


「あいつ、バカですよ!」

 隣の席のスキンヘッドは、他人事のようにヘラヘラと笑う。

「俺らの機体の近くにいれば、巻き添えにビビって当ててこないと思ってる!」


 お気楽な態度は気に入らんが、言うことはその通りだ、と棘野は思った。

 “棘の鉄槌ニードルハマー”はAI搭載だ。棘野の機体に被害が及ぶような爆発はしない。敵機の隣に棘野がいるなら小さめに爆発して、敵機の反重力エンジンのみを破壊するように配慮する。


 おまけにここで、棘野と一条はコースの最終カーブに入った。

 直線と違い、カーブでは自在に動き回れない。

 “棘の鉄槌ニードルハマー”は、一条の機体の真横につけた。


 ――終わりだ!




「終わりだ」




 自分の思ったことと同じ言葉が、公共フリー通信のスピーカーから聞こえてきた。

 一条の声だ。


「は?」

 棘野は、思わず呟いた。


 そして、自分の横にいるはずの、一条の機体の方を見た。


「は?」


 もう一度、思わず呟いた。


 そこにいたはずの一条の機体は無く、いたのは、こちらへ向かって体当たりしてくる“棘の鉄槌ニードルハマー”の姿だった。




 AIは、今まで経験したレースから敵機の動きを予測し、確実に追い詰める。

 経験した動きならAIは確実に対処し、対処しきれず味方機に当たることなどあり得ない。


 だが“棘の鉄槌ニードルハマー”のAIは今まで、一条のドリフトに出会ったことが無かった。




 機体のバランスが崩れやすいコーナリング中にあえて“大加速ブースト”を使用し、圧倒的速度のドリフトを実現する神業かみわざ

 敵機を外側から回り込んで抜くその軌跡は、空へ昇り沈む太陽の軌道のよう。


 名は<昇日の曲線ライジング・ドリフト>。




加賀美かがみの分、ここで返しておくよ」




「おわあああああああ!」

「ぎゃあああああ!」

 棘野と砲撃手ガンナー、2人分の悲鳴が中でこだましながら、“棘の鉄槌ニードルハマー”を喰らった機体は墜落していった。







<“D-3リーグ”Fブロック第2レース 最終順位(括弧内は所属チーム)>

1位 一条ソウ(チーム望見)

2位 緑川快(アカガメレーサーズ)

3位 メイス(シャドウズ)

4位 ゴリラ(動物園)

5位 儀棚友和(千種食器)

6位 片岡栄吾(ハバシリBチーム)

7位 どうもなあ(言葉遊びレーサーズ)

8位 seven(Dan-Live A-Team)

9位 山坂まこ(お茶の間親衛隊)

10位 よっす(お笑いの走り手達)

11位 四葉ななみ(グラビアレーサーズ)

リタイア(時間切れ) 棘野順二(ニードルズ)


<“D-3リーグ”Fブロック 各チーム累計ポイント数&順位>

1位 アカガメレーサーズ 12pt+11pt=23pt

2位 動物園 8pt+9pt=17pt

3位 Dan-Live A-Team 11pt+5pt=16pt

4位 ハバシリBチーム 7pt+7pt=14pt

5位 千種食器 5pt+8pt=13pt

5位 お茶の間親衛隊 9pt+4pt=13pt

7位 チーム望見 0pt+12pt=12pt

7位 シャドウズ 2pt+10pt=12pt

9位 言葉遊びレーサーズ 4pt+6pt=10pt

9位 ニードルズ 10pt+0pt=10pt

11位 お笑いの走り手達 6pt+3pt=9pt

12位 グラビアレーサーズ 3pt+2pt=5pt

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