第16話 サンダーの予兆

 モンスターの魔力を集めながら、自力で速度を上げる予定だったソウにとって、加賀美かがみレイの存在は嬉しい誤算だった。


 ――加賀美レイ……この男、“打開”狙いの機体か?




 戦術<打開だかい>。


 最初からフルスピードで1位をキープするのが定石であるダンジョンレーシングにおいて、最初は順位を落とす戦術。


 目当ては、上位機体が走行や“迎撃ミサイル”、“加速ブースト”をした跡に残る、魔力の残滓ざんし


 機体の反重力エンジンには、コース上に残った魔力の残滓を吸収する機能がある。

 下位になるほど多くの魔力がコース上に残っているため、それらを集めることで機体に魔力を大量に保持し、後半戦で一気に使用。強力な武装や加速で追い上げる。

 タイムは狙えないが、回避困難な攻撃や妨害で上位陣を攪乱かくらんできるため、乱戦を制するのが得意なレーサーが好んで選ぶ戦術。




 ――魔力吸収効率だけじゃなく、“加速ブースト”の威力も高い。やっぱり“打開”特化型の機体だな。


 モンスターの魔力を集めていたソウは、後ろから追い上げてきた加賀美レイの機体の性能に気付くと、作戦を変更した。


 猛スピードで抜かしていく加賀美の機体の、真後ろにつく。




 操縦技術<後方加速スリップストリーム


 前方の機体の真後ろにつくことで、正面からの空気抵抗を軽減し、自機の速度を上げる。

 、目前の機体が残す魔力の残滓を存分に吸収することで、“打開”と同等の魔力吸収が可能。


 ただし、前方の機体が“迎撃ミサイル”や“妨害ボム”を真後ろへ撃ってくる危険があるため、外部装甲に“障壁バリア”を張れる機体以外はあまり使用しない技術でもある。




 ――撃ってきそうな魔力の動きを感じたら、すぐに離れるつもりだったが……一向に撃ってこないな


 ソウは、ただ乗り同然でスリップストリームさせてくれる加賀美に若干の違和感を抱きつつも、ルート合流地点までずっと加賀美の後ろにつけて走る。おかげでソウ自身の魔力は、機体にほとんど吸われていない。


「おい、俺の後ろの機体!」


 公共フリー通信から、男の声が聞こえてきた。レース直前にも聞いたので、声の主が誰かソウはすぐに気付く。加賀美レイだ。

「よくぞ俺を信じて後ろをついてきてくれた! 俺がお前に攻撃を仕掛けなかった理由は、他でもない!」


「こ、これ、ひょっとして私達に言ってる?」

 ニナは困惑気味。ソウはと言えば、加賀美の話には特に興味が無く、魔力の動きに注意しながら操縦を続ける。


「俺とお前は仲間だ! 共に“雷王”を倒すぞ!」


 加賀美が言い終えた直後、ルート分岐が終わり、ソウ達の機体はレーダーに表示されているコースに合流した。

 細い直線コースの先、“雷王”我田がだ荒神こうじんの機体が、目視可能な位置にいる。


 そのとき、加賀美の機体から魔力を感じたソウは、こちらへの攻撃を警戒してスリップストリームをやめ、加賀美から離れた。


「先手必勝!」

 加賀美は公共フリー通信をオンにしたまま叫ぶ。

赤い追跡者レッド・トレッフェン!」

 加賀美の放つ追尾型の“迎撃ミサイル”が、高速で我田の機体に襲いかかる。

「ダメ押しのもう一発!」

 立て続けに、我田の機体めがけて、さらなる追尾型の“迎撃ミサイル”。一撃目が失敗した時のための保険か、2連撃で我田の機体を破壊し、脱落させるための追撃か。


「よ、よくわからないけど、仲間が増えたね!」

 ニナは嬉しそうに言う。頼りになりそうか? と疑問を感じながらも、ソウは無言で操縦を続ける。


 時間差で我田の機体へ向かう、2つの追尾型魔力弾。

 しかし2つの魔力弾は、我田の機体に近づく前にほぼ同時に爆発し、消滅した。


 我田の機体のコックピットから、上半身を出している小柄な女性の姿。

 砲撃手ガンナー雪野ゆきのアズサ。

 スナイパーライフルを構えている。


「あれ!? なんで爆発した?」

 加賀美は通信上で間の抜けた声を上げる。


 ――雪野か。


 ソウは、魔力の動きで雪野の行動を把握していた。

 ライフルから視認できない速度と大きさの魔力弾を放ち、2つの赤い追跡者レッド・トレッフェンを撃墜している。


 ――来るとわかっている“雷撃サンダー”よりも、実力の底が見えない砲撃手ガンナーの方が厄介かもな。


 おそらく、自分達の機体のいる位置も射程内。そう考えたソウは、雪野の動きに警戒しながら走る。


「落とせないなら、抜くまで!」

 加賀美の機体が加速し、我田との距離を詰める。

「“加速ブースト”2連!」

 その爆発的な加速は追い上げに留まらず、ついには我田の機体を追い抜いた。


 ――オレ達がスリップストリーム中の時にも使った技か。


 抜群の最高速を誇るソウ達の機体でも、置いていかれそうになった加速力。最高速がさほどでもない我田の機体なら、あっさりと抜かせる速度だ。


 しかし、我田の前に出た瞬間、加賀美の機体の一部が爆発。


「げぼばぁー!?」


 通信に情けない叫び声を残しながら、加賀美は大減速をきっし、一瞬でソウ達の後ろまで順位を落としてしまった。


「何!? 何が起こった!?」

 軽くパニック状態の加賀美。


「バカが。撃ち落とされたことにも気付いてないのか?」

 雑魚が鬱陶うっとうし過ぎて痺れを切らした、といった感じの我田の声が、公共フリー通信から聞こえた。

「力の差に気付くまで、何度でも撃墜してやるよ」


「や、やられちゃった!」

「ご心配なく、お嬢さん!」

 思わず声を上げたニナに、反応する加賀美。

「まだ戦えるぞ! 赤い追跡者レッド・トレッフェン!」

 ここまで蓄えた魔力をふんだんに使い、後方からさらに追尾型の魔力弾を放つ加賀美。

「は、恥ずかしい……」

 公共フリー通信に声が乗ってしまった上に、返事までされてしまった羞恥心しゅうちしんもだえるニナ。

 そして、公共フリー通信のスイッチを切るソウ。


「そ、そんな気を遣わなくてもいいのに……」

「いや、これから、さっき話した動きをするので」

「えっ?」




 ――やっぱり、無言の不意打ちで撃つつもりだな。


 ソウは、加賀美が赤い追跡者レッド・トレッフェンを撃った直後に、我田の機体から動く膨大な魔力を感じ取っていた。


「おそらく、あと数秒以内に雷撃サンダーが来ます」







<“闇レース” 第6回 現在順位(括弧内は賭け倍率)>

1位 “雷王”我田荒神(1.01倍)

2位 一条ソウ(15.62倍)

3位 加賀美レイ(27.62倍)

4位 村道みのり(20.42倍)

5位 ボブ・リック(21.56倍)

6位 トンファー葛西(22.43倍)

7位 坂泰治(22.43倍)

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