第二話

煌びやかな装飾、周りにいる高貴な雰囲気を纏った人々、テーブルの上に並べられた高級食材たち。


何故俺は此処に居るのだろう…?完全に場違いである。

早く逃げたい。

いち早く帰りたい。


目の前では土御門さんが愛想笑いで政治家や大企業の社長等々、色んな人の対応をしている。


俺はその場にいると言うのに、何処か目の前の出来事が自分とは違う遠くの出来事のように感じていた。


そもそも、何故こんな場所に居るのか、それは今から2時間程前まで遡る。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「良いよー!!こっち向いてー!」


熱烈な黄色い悲鳴と共に炊かれるフラッシュ、俺は指示された通りにポーズを取っていく。


書類仕事の後、土御門さんに連れてこられたのは何処かの撮影スタジオ。

俺は何時もの装備を身に着けながら、カメラマンのリクエストに答える。


…と言うか俺は仮面をつけている訳だが、本当にこのままで良いのか?

どう考えても写真写りの悪い格好をしていると言うのに、カメラマンはとても生き生きとしている。


―――…プロがこれでいいと言っているのなら、これで良いのか。


俺は思考を止め、カメラマンの指示に従っていくのだった。


30分ほど写真を撮っていると、カメラマンは満足したのか清々しそうな表情でカメラを下ろした。


「それじゃあ、後4セット行きますね」


「はい………っ!?よ、4セット?そんなに取る必要あります?」


そう返すとカメラマンは「当然ですが何か?」と言いたげな表情を浮かべる。


俺はもう諦めて次から次と来るリクエストに答えていくのだった。




「完璧だぁ……」


あれから写真撮影は更にヒートアップし、俺はロングコートを脱ぐことになり、結局インナーシャツ1枚となってしまった。


何が完璧なのか欠片も理解できないが、取り敢えずカメラマンにお礼をいい、退出した。


「お疲れ〜それじゃあ湊、今度はこれ着て」


そう行って手渡されたのは品質の良い着物。

すぐさま土御門さんの顔を見るが、意味深な笑みを浮かべるだけで他に何も言わない。


「これって断れたりしま…「着なさい」…はい。」


土御門さんの笑みに影が差した事で本格的に拙いことを悟った俺は、観念して着物を受け取ることにした。


「………着替えるんで出てってくださいよ…」


「ん…仕方が……待てよ、そう言えば昔までは一緒にお風呂に入った仲じゃないか、折角だ、ここは私が着替えを手伝って…「出てけ…!」…むぐぅ」


扉の近くで喚く変態土御門さんにそこら辺にあるクッションを投げ付け、無理矢理黙らせる。


変態土御門さんは文句を言いながらも部屋から出て行ってくれた。


俺は一息ついて、畳まれた着物の全体を見る。

素人目でも分かる程高価な青と白を基調とした袴。


俺はこの着物にどことなく懐かしさを感じた。

恐らく、配色がが着ていたものと似てるからだろうな。


少しの間感傷に浸り、出来る限り丁寧に着物を着た。

一通り着付けを終わった後、鏡で自分の姿を見る。


うん…良い感じだな。


「良いじゃないか、とても似合ってるぞ」


「入る時はノックしてくださいよ…」


何時の間に中に入ったんだ…。

俺は土御門さんを半目で睨んだが、当の本人は意にも介さず、携帯で何か操作している。


「……それじゃあ、次は車に乗って会場に向かうぞ」


「会場って何ですか?もしかして、また会議ですか…?」


土御門さんは「分かってないなぁ」と言わんばかりに、分かり易く肩をすくめ、小さく溜息を吐きながら首を横に振る。

何となくその仕草にイラっとしながらも腹の内に収める。


「何を言っているんだ。今から向かうのは誕生日パーティーだよ。」


「誕生日パーティー?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



……と言う事で現在に至る。

土御門さん曰く、今日の誕生日パーティーは御三家の”すめらぎ 華凛かりん”という方をお祝いするものらしい。


会場に入場する際に剣やアイテムボックスは全て受付で回収されている。

やはり、政界の重鎮達が参加する程のパーティーは警護が厳重だな…。


隅には黒服のボディーガードなんかも居た。


こういった人達を見るのも創作物の中でだけなので少し新鮮である。

まあ、俺の中の創作物による偏った知識だとパーティーは毎回事件が起こるっぽいが…まあそんな事は無いだろう。


しかし、俺は頭では否定しながらも、無意識のうちに魔力を練ってしまっいたようで…。


「湊、あんまり緊張するな、リラックスしていけ」


挨拶回りを終えて戻って来た土御門さんはそう言って、俺の肩を叩いた。


強張っていた体から少しずつ力が抜け、漲っていた魔力は何時も通りに落ち着いて行った。


「土御門さん…何で俺をこんなところに呼んだんですか…」


恨みのこもった視線を土御門さんに向けると、俺の視線なんて意にも介さず、並べてあった料理を皿の上に載せて俺に渡してきた。


「まあまあ、取り敢えず食ってみな、美味いぞ?」


俺はそれを食べながら、土御門さんの話に耳を傾けた。


「まあ、本当だったらこう言う面倒くさい事は私だけで終わらせて置きたかったんだが、最近メディアに出始めたお前を見て、見合いの申し込みが死ぬほど来てな…ちょっと根回しする為にもお前に来てもらった訳だ。」


俺はその話を聞いて思わず咽かけてしまった。

懐からハンカチを取り出して、仮面を少しずらし、口元を拭った。


「お…お見合い…?何で俺なんかに…」


「そりゃ…なあ…お前くらい強い冒険者ならな……と言うかお見合いの申し込み何てお前を家で預かってた頃からずっと来てたぞ」


嘘でしょ…?あの頃はまだ小学生だぞ?

そんな歳から結婚なんて考えられないだろ…普通…。


「ぁ…あの、湊殿…」


蚊の鳴くような小さな声が聞こえてきて、そっちの方向を向くと、大きな体を小さく縮こませた美誠さんが不安そうにこちらを見ていた。


黒を基調とした着物を身に纏っていて、クールな美誠さんの雰囲気に似合っていた。

しかし、今の美誠さんは顔を赤く染め、しかも、何時もピンと立ている耳はペタンと下げられている。


…って言うか、そもそも何故美誠さんが此処に?


「……知っているだろうけど…一応言っておくが、犬淵家は土御門家、皇家と並んで御三家と言われる家だからな…こういうパーティーに出席する際には覚えておいて損はないぞ」


……土御門さんマジで助かりました。

今まで美誠さん凄い強いな~とは思っていたが…まさか御三家の一角を担っている家の出とは…。


「会長、湊殿、あけましておめでとうございます。今年も貴方様にとって幸せな一年になりますように」


美誠さんは尻尾と耳を慌ただしく動かしながら、瞳を輝かせてそう言った。


そんな美誠さんを見ていると俺の脳裏に大型犬の姿が浮かんだ。

思わず頭を撫でてしまいそうになり、すぐさま右腕を抑えた。


「……?どうかされましたか?」


「いえ、何でも無いです…」


俺はこの時、美誠さんの目を直視できなかった。

ちょっとだけ、気まずい空気が流れた後、美誠さんが突然勢いよく頭を下げた。


「この度は貴方様の名に瑕を付ける形に成り誠に申し訳ございません」


その瞬間、あまりの動揺に俺は思考が停止し、土御門さんは飲んでいたワインで盛大に咽ていた。


放心する事およそ数秒間。

ようやく意識を取り戻した俺は急いで美誠さんの顔を上げさせようとするが美誠さんは動こうとしない。


「美誠さん!理由は分かりませんが、そんなに思いつめなくて大丈夫ですよ!俺、美誠さんには何時も助けられてますし!名前に瑕がつくなんて思ったこと無いですし!そもそも、そんな瑕を付けられるようなたいそれた名前を持ってないです!」


「私の様な者にそのようなお言葉を…本当に光栄です。ですが、この件に関して言えば私は…」


俺の言葉を聞いて更に思いつめ始める美誠さん、俺はもうどうすれば良いのか分からなくなってきた。


助けを求めようと土御門さんの方を向けば土御門さんは意地の悪い笑みを浮かべながらワインを楽しんでいた。


確実に俺が困っているのを肴にしている。

本当にどうしようもない人だ。


俺は必死に美誠さんを宥めようとしていると、辺りが急にざわつき始め、強い視線を感じた。


「お初目お目にかかります【剣王】様」


声がした方向に咄嗟に視線を向けると、青と緑と言う自然の色を基調としたドレスに身を包み、気品あふれる所作で薄く微笑んだ女性が立っていた。


さっきの視線はこの人がやったのだろうか…?しかし、先程の視線は何処か粘度のあるねっとりとした気味の悪い視線だったのだが…。


俺は少しだけ考えた後、直ぐに思考を頭の隅へと追いやった。


「こちらこそ、お初目お目にかかります…えっと…」


「ああ、申し遅れました。私、皇華凛と申します」


――――ん?待てよ、皇華凛……聞き覚えがあるような…あ!


「今日の主役…!」


思い出した。今日のパーティーの主役であり、御三家の次代当主候補の皇華凛殿だ!


俺は改めて居住まいを正し、丁寧にお辞儀をした。


「本日はお誕生日おめでとうございます。【剣王】と呼ばれている者です。…本名を申せぬ無礼、どうかお許しください。」


「良いのですよ。【剣王】様はこの様な場は慣れておられないでしょう?そのように緊張されないでも良いのですよ?」


彼女はそう言って小さく微笑んだ。

皇様は瞳や髪の色の色素が薄く、服装も相まって浮世離れした雰囲気を纏っていて、目を合わせるとそのまま飲み込まれてしまうような…神秘的な感じがする。


俺がどう対応すればいいか悩んでいると、土御門さんが間に入り、美誠さんが俺の横に立った。


「華凛様、お久しぶりですね。三か月前の集会以来でしょうか」


「ええ、お久しぶりです。美誠様は先日ぶりですね」


「貴女とは顔を合わせる機会が多いからな…其れよりもこれは何の真似だ?」


「…と言うと?」


「白々しい……貴女が態々挨拶に来るなんて珍しいと思っただけだ」


「【剣王】様とは常々一度話してみたいと思っていたものですから。それに、あのS級冒険者様方に自らご足労頂くと言うのも良くない事でしょう?」


「…どうだかな」


す…凄い…二人の間に火花が散っているのが見える…。

これが大人なのか、と俺が感心していると土御門さんが俺の肩を叩いた。

そして俺の耳元に口を近づけて


「湊は別の所に行け、お前が離れたら直ぐに葵が付いてくれるから安心しろ」


そう言った後、土御門さんは二人の間に割って入っていく。


「まあまあ二人とも子供の前ですよ?一旦落ち着きましょう。」


俺はそんな三人を横目にでき始めた人だかりから逃げるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・一口用語紹介


・御三家


土御門、犬淵、皇の三つの家を指すもの。

大昔から有名な冒険者を輩出しており、御三家の多くの冒険者は冒険者協会には所属していない。

何処かの流派に所属している者も同様に冒険者協会には所属しないものが多い。


・冒険者協会


冒険者達をサポートすることを目的として設立された組織。

民間人の依頼を掲示板に張ることが出来、それらを協会に所属する冒険者に委託すると言うのが主な役割で、他にも、協会内には医療施設、魔物の解体施設、トレーニングルームなど、手厚いサポートを受けることが出来る。


一応、協会に所属しなくても異界に入ることが出来るが、B級以上の殆どの異界は協会が抑えており、その場合は協会からの許可が必要である。



・一口キャラクター紹介


・皇 華凛


若くして皇家の次期当主に任命される才女。

儚い雰囲気を纏い、透明感のある美人で、多くの縁談が申し込まれているらしい。

因みに、犬淵美誠とは幼い頃からの知り合いで、その掴み所の無さから割と仲が悪いらしい。


・【獄門犬】…犬淵 美誠


忠義に厚く、義を大切にする何処か古風な女性。

高身長、厳しい視線、恵まれた体と、M気質な方には嬉し要素が詰まっている。

しかし、実際は主にと認めた人間にだけだが、割と乙女チックである。

自分が主として認めた方の為、御三家次期当主と言う立場でながら、冒険者協会に所属している。


・【統率者】…土御門 緋織


土御門家当主にして冒険者協会会長、そして日本NO.1の冒険者。

肩書だけで履歴書が埋まってしまいそうな超エリートである。

その性格はふざけが多く、人をいじるのが大好きなダメ人間…と言う訳では無く、ちゃんと色んなことを考えた上で最適な行動をとっている…らしい…。






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