第十六話

「皇華凛…!あんたの仕業だったのか!」


「そのように、他人行儀な呼び方をしないでください。私の事は華凛とお呼びください」


皇華凛は「およよ」と言いながら、大げさに悲しんだ。


「…はぁ……そんな事はどうでも良い。あんたは何が目的なんだ?」


少しだけ体の力を抜いて俺はそう言った。

今の俺ではこの二人を相手にしてこの場を切り抜けられる気がしない。

現状、此処で戦ってもなんの意味もない。


彼女は薄く微笑んで、俺に食事の席に座るように促した。

俺は渋々彼女の対面に腰を下ろした。


すると、直ぐにメイドが俺の傍に座って来る。

動きが余りにも自然でちょっと怖い。それに、直ぐ傍に居るメイドの動きがまるで逃げ道を塞いでいるようで…。


「ふふふ…それで、私達の目的でしたよね?」


「ああ、あんた達に俺を誘拐するメリットなんて無いだろう?何でこんな事を…」


「目的など…ただ貴方を私の物にしたかっただけなのですが…」


皇華凛はさも当然の様にそう言った。

俺はしばらくの間思考が止まったが、何とか正気を取り戻すことが出来た。


「…は…はぁ?何で…そんな事に意味なんて…」


「ありますよ。だって…」


皇華凛がゆっくりとした動作で俺の下に近付いてくる。

俺はその行動に言いようの無い恐怖を感じ、魔力を体に巡らせるが、刻印がそれを阻害するように体に電流が走る。


「…んぐっ」


突然の走った鋭い痛みに声が漏れそうになるが、全力で耐える。

皇華凛は抵抗が出来ない俺の頬を、気味の悪い手つきで優しく撫でる。


甘い香りが鼻腔をくすぐり、良い匂いのはずだが、殊この状況においてはその香りは不快感すら感じた。


「貴方様をこんなに近くで感じられるのですから」


俺は後ろに下がろうとするが、メイドに退路を塞がれて、接近を許してしまう。


「そう怖がらないでください。大丈夫、きっと貴方様に幸せな日々を与えて見せます」


拙い…さっきの香りの所為だろうか、段々体が痺れ始めて言う事を聞かなくなってきた。

恐らく、異界から出た時に喰らった物と同じだろう。

『全耐性』のお陰でまだ大丈夫だが…これ以上は…。


「さあ、私達と一緒に…」


俺はこの場は諦めて、目を閉じると、突然大きな爆発音が鳴り響いた。

廊下が何かが駆ける音がすると、メイドが俺から離れ、武器を構えた。


瞬間、襖が壊されて何かが部屋に入って来る。

俺は其れに皇華凛から引きはがされて、抱きかかえられた。


「遅れて申し訳ございません。後は私にお任せください」


「……みことさん…ありがとうございます…」


痺れが残り、舌っ足らずな発音だったが、美誠さんは大きく頷いた。


「貴様ら、其処を退け、今ならまだ許してやる」


美誠さんの雰囲気が一気に変わり、空気がずっしりと重くなる。

魔力によって空気中に赤黒い炎が生まれ、美誠さんの周囲を旋回する。


「例え同じ御三家だとしても、天城殿の妨げになる様であれば容赦はしない。貴様らのその骨肉一切全てを食い千切ってやろう」


美誠さんの紅色の瞳が爛々と輝き、瞳孔は縦に鋭く伸びる。


「はい、そこまで……昨日ぶりだな湊、元気…じゃなさそうだ」


土御門さんは苦笑いを浮かべて、何時も通り飄々としながら現れた。

傍には小さな龍と亀が浮遊しており、皇華凛と美誠さんを牽制していた。


「それじゃ、事後処理は私に任せて、犬淵は先に湊を近くの冒険者協会に連れて行ってあげてくれ」


「待ちなさい!彼は私と…」


「おっと!湊と恋仲になりたいと言うなら、まずは私を通してもらおうか」


土御門さんが俺たちと皇華凛の間に割って入る。

その隙に美誠さんが駆けだし、俺達は皇邸を後にした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



さてと…湊はこれで大丈夫そうだな。

いや~連絡が付かなくなった時は正直かなり肝を冷やしたが、本当に…無事で良かった…。


はぁ……事後処理が面倒だな…。


「緋織さん?悪いのですけれど、今から彼を連れ戻さなければならないのです…ですから……今すぐそこを退きなさい…!」


華凛殿がそう言うと、隣のメイドも隠し持っていた武器を構えた。


「仕方ない…ちょっとお灸をすえるとするか、行くぞ『青龍』『玄武』久々の戦いだ。最初から、全開で行くとしよう」


私は二体の式神に魔力を流し込み、その力を完全顕現させる。

さぁ、夢見がちな小娘達に現実を教えてあげよう。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・キャラクター紹介


・犬淵美誠…【獄門犬】


A級冒険者最強にして上位冒険者の中で最もフットワークが軽い。

行動範囲が広いのもあるが、彼女自身、あまり異界に行くことが少なくて基本的に地上で活動している為、いろんな場所に直ぐに行くことが出来る。

今回の誘拐事件が発生した際に即座に現場に赴き、湊の場所を割り出したのが彼女である。

因みに、単純な力比べだったら日本の冒険者の中で2、3番目に強い。


・土御門緋織…【統率者】


今回の事件で湊の異変にいち早く気づき、犬淵に連絡した人。

スキル関係で湊の状況が何となく分かる為、湊が『超越突破』をしたのが分かると直ぐに式神を送ったのだが、その場に湊は居らず、更に異界も消滅していた為、とてつもなく焦った。


その後、誘拐犯二人組はきっちりボコボコにした。


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