第十一話

土曜日の朝、前回の反省を生かして最初から協会のトレーニングルームを借りて荒鐘君の実力を測ることにした。


俺が時間をかけて想定した荒鐘君の育成方針は、彼が持つ身体能力を生かした超近接戦闘型剣闘士、と言う型に仕上げようと考えていたのだが……。


「〈ファイヤーソード!〉」


彼がそう言った瞬間、何本もの炎の剣が空中に生成される。

荒鐘君が挙げた手を降ろすと、複数の的目掛けて襲い掛かり、10個ほどあった的を2つまで減らしていた。


「荒鐘君…凄いね!もう魔法が使えちゃうなんて!」


「む…そうか、そう褒められるとむず痒いな…」


そう…彼はゴリゴリの魔法使いだったのだ。

中学生の頃の基礎魔法の成績を見てみるとオール5、更には応用魔法の才能もあったそうで魔法研究会と言う部活に誘われたこともあったらしい。


「……俺は先見の明が無いみたいだ…」


昨日の夜、装備のメンテナンスをこなしながら考えた彼の育成メニューは一気に白紙に戻った。


しかし、才能は喜ぶことはあっても悲しむ何て…世界中の冒険者から石を投げられてしまう。


俺は一回頭の中にあった彼の育成ノートを破り捨て一から白紙のノートに彼の育成方針を書き連ねていく。

俺が黙って考えている間、待たせる訳にも行かないので二人にはアップをしてもらう事にした。


さて…ここで二つほど絶望的な事が有る。


一つ目が、俺に魔法使いのノウハウが全くない、と言う事だ。

そう、俺は生粋の中遠距離の脳筋戦士だから魔法使いの基礎程度しか分からない。

つまり、荒鐘君に教えられることがサバイバル技術くらいしかない。


二つ目が、俺の剣術が我流と言う事だ。

生まれてこの方、道場なんて全く通ったことが無い俺は、少しだけ武術と言う物に触れた程度で、誰かに教えられる技術何て持ち合わせていない。

つまり、優人に教えられることがサバイバル技術くらいしかない。


ふむ………どうしよう?


このままだとS級冒険者として情けなさすぎる。

脳筋突撃しか教えられないS級冒険者が居ちゃっていいんですか?


…………本当にどうしよう…。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



二人が軽いランニングを終えて湊を見ると何処か覚悟を決めたような目をしていた。


二人とも彼の何時もとは違う雰囲気に少しだけ強張った面持ちになる。

湊は何処からか竹刀を持ってきて、二人に向けた。


「俺は、君たちに具体的なアドバイスを教えられない。何故なら、俺と君たちの戦い方が違うから、俺には異界に居る魔物達の弱点を教える程度の事しか出来ない」


「だから……今俺が出来るのは君たちに実戦経験を積ませること」


そう言った瞬間、湊の纏った雰囲気が変わった。

咄嗟に優人は木剣と盾を、荒鐘は杖を構えた。


「二人一気にかかって来い。異界の理不尽さをその身でもって体験させよう」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



最初に動いたのは荒鐘だった。

杖を用いて魔法の威力を高め、目の前に炎の剣を生成しようとする。


優人はそれに気づき、荒鐘に意識が向かないように湊に近付く。


「それは悪手だな」


「……え?」


気が付いた時、優人は空を眺めていた。

近づいて来たと思った時にはバランスを崩されていた。


優人はすぐさま立ち上がり、荒鐘の方に視線を向ける。


「……ぐぁ”…おぇ」


其処には腹を抑えて蹲る荒鐘の姿が。

蹲る荒鐘に向けられていた視線は優人の方へと向けられた。


優人は無意識的に視線に合わせて盾を構えた。

盾に凄まじい衝撃が走り、借り物の盾が大きくひしゃげる。


体勢を崩さぬように足に力を込めてその場に留まった。

直ぐに前を向き盾を構える。優人の目の前には既に竹刀が迫ってきている。


一呼吸の間も置くことなく絶え間なく繰り出される連撃に優人は圧倒される。

次の瞬間直剣が絡めとられ、彼の手から離れた。


優人は全神経を盾に向け、全力で防御しようとする。

竹刀の振り下ろし、それに対応しようと上を守るが…。


「………ガッ!」


優人はまんまとフェイントに引っかかり、腹に重い一撃を入れられそのまま意識を落とした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ごめん、やり過ぎた」


俺は二人にポーションを飲ませて、その場に寝かせたまま全力で謝罪した。


「大丈夫…じゃないかもしれないけど、良い経験になったよ…」


「ああ、やはりC級冒険者とはあれ程まで力の差が有るのだな…。己が目指すべき何かが見えたような気がするな」


優人は何処か遠い目をして、荒鐘君はとても晴れやかな顔をしている。


正常な反応をする優人に対して、晴れやかな表情を浮かべる荒鐘君に若干ひいてしまったのだが……黙っておこう。


「…取り敢えず、今回の戦闘の講評だけ伝えておこうか」


二人は元の真面目な顔に戻ってこっちをじっと見つめる。

俺はわざとらしく咳き込んでから、講評を述べ始めた。


「まず最初に、荒鐘君の魔法、アレは凄く良かった。自分より強い相手に当たったら先ずは牽制、近距離に踏み込む何て愚の骨頂だからな。反面、優人の俺への突貫、アレは不味かったな…」


優人がそれを聞いて大きく項垂れる。


「確かに時間を稼ぐと言うのは正しい行動なんだが、今回は二人しかいないからな…お前が抜かされたら残るは詠唱中の無防備な後衛のみだ。そうなったら不味いのは…まあ分かるか、あんまり言い過ぎるのもあれだから、簡潔に言うけど、優人は出来る限り後衛から離れ過ぎずにヘイトを買った方が良かったな」


そう言うと優人は更に悲しい表情を浮かべ、肩を落とした。


「兎に角、俺達には時間が無い。今すぐ稼ぐ為にも痛みが引いてから優人は俺と一緒に防御練習と基礎体力作り、荒鐘君はこの初級炎魔法・応用編を読んで魔法のバリエーションを増やしつつ、魔法を使って魔力量と詠唱時間を短縮していこう」


「うん!」「了解した」


俺が手を叩きながらそう言うと、二人は勢いよく返事をして立ち上がろうとしたが、傷が痛むのかまた蹲った。

……やっぱり強く殴り過ぎたみたいだ…。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・一口用語紹介


・初級炎魔法・応用編の本


初級魔法の中でも難易度の高い魔法について書かれた魔導書。

どんな事が書かれているかというと、魔法陣の書き方や、詠唱の仕方、発動した魔法のイメージ画像等々、読むと魔法が使いやすくなる情報が盛りだくさんなので一度読むことをお勧めする。


・一口キャラクター紹介


・天城湊…【剣王】


絶対教師にはなれない冒険者堂々のNo.1(非公式)。

人に教えられる物と言えば、サバイバル知識のみで、それに関しても「どんな物でも焼けば食べられる」何て事を言ってしまう。

本人が歩んできた道程が過去に類を見ないものなので、仕方ないといえば仕方ない。

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