第十二話

日曜日の朝、作戦決行日に土御門さんから急に冒険者協会に来るように言われた為、装備をマジックバックに詰めて急いで向かう。


自室で装備に着替えると、部屋の前に何時の間にか土御門さんが待機していた。


「おはよう【剣王】。昨日はよく眠れたかな?」


軽口を言いながら決め顔をする土御門さん、彼女の決め顔に枕でも投げたくなったが手元になかった為、手袋で我慢することにした。


「…そんな事は良いんですよ。それよりも、突然冒険者協会に来いなんて…何かあったんですか?」


土御門さんは勢いよく叩きつけられた手袋を取りながら、もう一度表情を決め直した。


「う”っん”ん…実は狐崎の魔力が封印を壊しそうでな、その発散ついでにお前を転移魔法で目的地までぶっ飛ば…送ろうと思ってな」


成程…そう言えばこの前狐崎さんに封印を施したのはだいぶ前だったな…。

あの人の封印が全部壊れたらどんな被害が出るか分かったもんじゃないし、仕方ないか。


「…一応聞きますけど、転移魔法の精度ってどの位ですか?」


恐る恐る土御門さんに聞くと、土御門さんはキッパリと言い切って見せた。


「あまり良くない!」


俺は清々しく笑う土御門さんに対して凄まじい不安感を感じざるを得なかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



俺たちはエレベーターで地下に降り、狐崎さんの部屋の前までやって来た。


「狐崎、湊を連れて来たぞ」


幾つもの結界に包まれた”扉”に向けて土御門さんが声をかける。

”扉”がガタガタと動き俺に入れと促しているようだ。


俺は”扉”を数回ノックして、中へと入って行った。


「久しぶりね、湊」


”扉”の向こう側には大きな社があり、閉じられた障子扉から優しい声が聞こえてくる。

しかし、辺りを包む魔力はとんでもない濃度になっていて、普通の人では失神してしまう程だ。


俺は付けていた指輪を外して社の近くによる。

狐崎さんは扉の近くに座っているらしく、障子に影が映っていた。


「お久しぶりです狐崎さん。お元気そうですね」


「そのように他人行儀な呼び方をするなんて…昔の様にお母さんと呼んでくれて構わないのよ?」


そう言って彼女の口元に影が伸びていく。

彼女は扉を少し開け、入るように促す。


俺が障子を開くとスッとモフモフした何かが俺を包み込み、一気に奥へと連れ込まれた。


「ふふふ、捕まえた」


どうやら彼女の尻尾に包み込まれているみたいで、新雪の様に綺麗な白が視界一杯に埋まっていた。

彼女はゆっくりとした手つきで俺の頭を撫でる。


「少し待っていなさい、今お茶を持ってくるから」


狐崎さんはそう言って俺を尻尾から解放し、奥の方へ向かった。


作戦前だと言うのに力が抜ける様な空気感に、俺は少しだけ肩の力を抜いた。

狐崎さん程の魔力量になると、あんまり変化を感じないものだが、今回はかなり分かり易く魔力の量が上昇していて、土御門さんの話が本当であったことを理解した。


てっきり狐崎さんが俺の顔を見たいから呼んだ……何て己惚れていた自分が恥ずかしい。


俺が恥ずかしさを誤魔化す為に頭を振っていると狐崎さんが暖かいお茶を二つとお茶菓子をお盆にのせて持ってきた。


俺は軽くお礼を言い、熱いお茶を冷ますことなく飲んだ。


………やっぱりか…。


「熱さをあまり感じないのでしょう?」


狐崎さんが俺の方を見てそう言った。

俺は黙ってその問いに頷いた。


「やっぱり…湊の〈全耐性〉は確かに素晴らしいスキルだわ、けれど決して貴方にとって良い物ではない。このスキルは貴方から人間らしさを奪って行ってしまう…」


狐崎さんは物憂げな表情を浮かべ視線を下げた。

俺も湯呑の中の茶に視線を移す。


其処には人の形をしたナニカが映っていた。

……何時か、俺が自我を失ってしまったら、人間性を失ってしまったら…。


俺は一体何になるのだろう。

其れこそ、異界に居る魔物のような……。


俺が深い思考の海に沈んでいると、突然背後から優しく抱きしめられた。


「もし湊が人じゃなくなっても、私が最期まで傍にいるわ…だから、そんな不安な顔をしないで?」


俺はそんなに情けない顔をしていたのだろうか、俺は抱擁を解いて勢いよく立ち上がった。


「大丈夫です!俺には大切な人たちが居ますから」


そう言って握りこぶしを握ると、狐崎さんは微笑んだ。


「そうね、それじゃあ、私もそろそろ役目を果たしましょうか」


狐崎さんはそう言って、両手を上げた。

空に描くは五芒星、幾つもの魔法陣が重なり、一つの芸術作品の様になっていく。


「座標良し、魔力量良し、術式良し、それじゃあ、送って行くわね」


「ちょっとま…」


俺が声を出す前に周囲が眩い光で包み込まれ、俺はすさまじい浮遊感を感じる事となった


「って……え?うわぁぁぁぁーーーー!!!」


辺りは真っ青で空と海の境目が良く分からない……とか言っている場合じゃない!

ここは何処だ、何で俺は空中に投げ出されている?


”扉”は何処にある…と言うか空はどっちだ?!


何とか空中で姿勢を整え、落下の速度を減衰する。

下をよく見ると青い海に不自然に”扉”が存在していた。


俺は呼吸を整え、落下速度を一気に上げた。


〈無属性魔法・プレート〉


”扉”の前に足場を創り出し、勢いよく”扉”を開きその中へと入って行った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・用語紹介


・転移魔法


正直言って人間業じゃない。

消費魔力量、魔力操作、魔法陣の量、その全てにおいて人知を超えた難易度を誇る。

この世界でこの魔法を扱えるのは二人。

日本の【九尾の狐】とギリシャのNo.1冒険者【雷神王】のみが扱える。

因みに、【色彩の魔術師】もやろうと思えばやれるが、魔力量が足りない為、湊の補助が必要になる。


・人物紹介


狐崎こざき灯華とうか…【九尾の狐】


日本No.2の冒険者にして史上最凶の冒険者。

土御門緋織が現れるまで日本のNo.1を担っており、協会内でも信頼を多く寄せられている。

大規模異界顕現【黄泉】と言う【百鬼夜行】と同時に発生した異界顕現において、彼女一人でそれを完全破壊して見せた。

現在はそこで受けた呪いの影響で現状な封印をされた上で冒険者協会の地下深くで暮らしている。

因みに、湊は彼女に対して母として接していた時期がある。





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