第三話

「おー湊君こっちこっち」


聞きやすい間延びした声が俺の耳に届き、俺はその方向に視線を向けた。


「葵さん…お久しぶりです」


「うん、久しぶりだね~元気やった?」


この女性は”土御門 あおい”、俺が土御門家に預かってもらっていた時にかなりお世話になった人であり、土御門……緋織さんの従妹である。


「いやー…当主様に呼ばれてこっち来たけど、やっぱり湊君関連やったか~」


ゆったりとした所作で口元を抑え、クスクスと笑う葵さん。

俺としても緋織さんに巻き込まれた形なので、若干不本意である。


「どうせあの人の事だし、湊君の社会経験だーとか何とか言うて連れ出してきたんやろうけど…当の本人がほったらかして、別の場所でドンパチやっとったら意味ないのにねぇ?」


葵さんは微笑みながらもその笑みの裏には怒りの感情が見え隠れしており、言いようの無い圧を感じた。

俺が冷や汗をかいていると葵さんが気づいたようで、その圧は何処かに消えて行った。


「まあ、仕方ないからパーティーが終わるまであたしと一緒にゆっくりして「見つけたわよ!【剣王】!」……何事?」


俺たちが声のした方に視線を向けると、其処には見覚えのある一組の男女が居た。


「今日であったが百年目!今日こそ決着を…!」

「葉月…このような場なのだから、今日くらいは良いんじゃないか?」

「何でよ!この男は、私たちを差し置いて【剣王】なんて称号を得てるのよ?!

お兄ちゃんは悔しくないの?!」

「別に、凄いなー…とか、参考になるなー…とか、手合わせしたいなー…とか?」

「ただのファンじゃない!」


「みな……【剣王】、あれは知り合い?」


葵さんが微妙な顔をしながらこちらを向いてくる。

俺も恐らくその時は微妙な顔をしていただろう。


「あっちの優しそうな男性はA級冒険者【大剣豪】こと”村雲むらくも 健司けんじ”、あっちの気の強そうな女性は同じくA級冒険者【刀華】こと”村雲 葉月はづき”です」


「改めまして、村雲健司ですよろしくお願いします」


「え?ちょ、ちょっと……ぇ…村雲葉月です…」


健司さんは何時も通りって感じだが、葉月さんは先程までの威勢の良さは失われ、借りて来た猫の様になってしまった。


「えっと…あたしは土御門葵、よろしうね」


葵さんはそう言って手を差しだし、健司さんは普通に握手をし、葉月さんはおずおずと手を握った。


「そう言えば二人は俺を探していたようだけど…何かあったの?」


何故か顔を俯かせていた葉月さんは勢いよく顔を上げて、俺を睨みつけた。


「そうよ!今日こそその渾名を頂くわよ!【剣王】!」


腰に手を当て、ビシッと言う効果音が付きそうな位の勢いで俺を指さした。


「別に…渾名なら変更できるんで変えましょうか?」


俺がそう言うと葉月さんは凄まじい形相で掴みかかって来た。


「何でよ!そう言う事じゃないから!」


「えぇぇーー……」


俺はどうすれば良いのか分からず、葵さんに視線を向けて助けを求めるが、健司さんと談笑していて、気付いていない。


「うぅ~~もう良いわ!今度、また勝負してもらうから!」


「う、うん……了解…」


「お、話は纏まったようだね」


健司さんがそう言ってこっちに視線を向けるが、どう見ても纏まっていない。

納得した風だが葉月さんの歯ぎしりが聞こえてくるし、すっごく睨んできている。


二人はその後、二三言話して何処かへと行ってしまった。

何か、嵐のような人だったな…。


「…そうだ、葵さん商品の注文をお願いしてもいいですか?」


「ん?ええよ、何が買いたいん?」


葵さんの細い瞳に静かに炎が灯る。


実は、葵さんは冒険者ではない。

葵さんは土御門の血が流れていたが、その能力が彼女に現れる事が無かった。

けれども、彼女には商才があった。


その類稀なる商才を用いて成り上がり、今では冒険者ならば知らない者が居ないレベルの大企業だ。


それもあってか葵さんは儲け話に目が無い。

それが例え身内であっても、彼女が商売に妥協することはない。


「湊君の頼みだし、おまけしてあげんで」


……前言撤回するかもしれない…割と身内には甘いかも…。


「ええっと、魔力封じの指輪を二つほどお願いします」


「ん、了解…って、それこの前も買うてなかったっけ?……あ~そう言えばこの前…」


葵さんは合点が言ったようで、何度も頷いた。


「そう言う事なら早めに送るね」


葵さんは手元の端末をいじって適当な紙にサラサラっと見積もりを書くと俺に渡してきた。


「はい、この金額を入金してくれたらええから、他に何か欲しい物はある?」


俺はそれを受け取った後、首を横に振った。


「そっか、悪いんだけど、外せへん用事があるからあたしは行くな。またね、湊君」


葵さんは小さく手を何処かへと行ってしまった。

残された俺は、気配を消しながらまたパーティー会場の端を目指す。


誰かに話しかけられてもまともな対応が出来る様な気がしないしな…取り敢えず端で時間を潰して置けば良いだろう。


端っこで1時間程ビュッフェを楽しんでいると、疲れた様子の土御門さんが帰って来た。


「あ”ぁ”ぁ”ーーー…湊…プリン…若しくはマカロンを取って来てくれ」


土御門さんは背を壁に預け、目頭を揉みながらそう言った。

余りにも土御門さんがお疲れの様子だったので、少し早足で俺はリクエストの品を探しに行った。


探しに行ってみるがスイーツが多く置かれているプレートに着いてから気が付いたのだが、一概にプリンと言ってもたくさんの種類がある訳なのだから、どれを持っていけばいいのか分からないな…。


ムム………土御門さんがどれが好きか分からないな…。

取り敢えず色々持ってってみて、好きな物を取ってもらう事にしよう。


ついでにマカロンを二、三個皿に載せて、土御門さんに渡した。


「ありがとう、助かった」


土御門さんは吸い込むようにそれらを食べて、勢いよく起き上がった。


「良し、やるべきことも終わったし帰ろう」


「了解です。行きましょうか」


二人で出入口の方へ向かい、扉を開けようとすると。

何者かによって勢いよく扉が開かれる。

扉を開く音がパーティー会場に響き渡り、辺りは水を打ったように静かになる。


俺たちは一歩下がって扉との衝突を免れる。

来訪者は腕を組み堂々と歩く女性と、それに付き従う寡黙そうな男性の二人組だった。


女性は辺りを見回して、俺達と目が合うと軽くウインクをした。

何故あの人が…何て事を一瞬考えたが、まあ…あの人だし…と言う事で納得した。


その後、女性は人の波をもろともせず一直線に進んでいく。


「Hello!……『なんてね、やっぱり言語理解スキルは便利で良いね!別の国の人とこんな簡単にコミュニケーションが取れるなんて…本当に最高だよ!それは置いておいて…お誕生日おめでとう華凛!パーティーを開くって聞いたから全部の仕事を蹴って祝いに来てあげたよ!』」


「ありがとうございます。”アメリア”、アメリカのNo.1である貴方に祝ってもらえるなんて光栄ですね」


そう、あの突然現れた二人組はアメリカのS級冒険者No.1【発明姫】こと”アメリア・アドラード”とNo.2【大法廷】こと”ノア・アディンセル”である。


因みにノアさんとは一回一緒にダンジョンに行ったことがあるが、すっごく強い。

あれは3年前の事だが今でも鮮明に覚えている。

あ、それと俺は英語が全然分かんない、言語理解スキルを所持していないからな…。

あのスキルオーブ高いんだよな…。


そんな事を考えていると、ノアさんがこっちに向かってきた。


「Hello……ah……久しぶりだ、湊、つちみかど」


「ノアさん…お久しぶりです」


「『久しぶりだな、ノア、湊には私から伝えるから英語で大丈夫だぞ』」


すみませんノアさん…俺はあなた方が何を言っているのか全く分かんないんです…。

そして土御門さん、お手数おかけして申し訳ないです…。


「ありがとう、つちみかど…しかし、私は、湊と直接はなしたい。」


「すみません、ノアさん…俺が言語理解スキルを持ってないばっかりに…」


「気にするな、私がそうしたいからだ」


そう言うノアさんの声色はとても柔らかい。

土御門さんもそれを見て小さく微笑んだ。


「『そうか、一応私はスキルを使わせてもらう事にするよ』」


「ああ、それで良い。みなと、こうして会うのは3年ぶり程だろうか…大きくなったな…」


「ノアさんこそ、日本語上手になりましたね。俺はまだまだ英語が上達しませんよ…」


そうやって苦笑いを浮かべると、ノアさんは顔を横に振った。


「気にする必要は無い。湊が忙しい事は私も分かっている。少しずつでも良い、下手でも構わないから上達していこうとする姿勢が大事なんだ」


彼は表情が変わりにくいが、この時はほんの少し笑ったような気がした。


「……ありがとうございます。精一杯精進しようと思います」


「ああ、私も日本語の勉強を頑張ろうと思う……もう時間か…すまない、そろそろ行かなければ」


ノアさんは腕時計で時間を確認すると少しだけ眉をひそめた。


「そうですか、それではお元気で」


「湊も、つちみかども無事を祈っている」


「『ああ、今度は私も会話に混ぜて欲しい物だな』」


土御門さんが何を言っているのかは分からないが、十中八九放置していた事についてだろう。


「『ハハハ、そうだな、今度はちゃんと時間をとっておこう』」


そう言うとノアさんはアメリアさんの首根っこを掴んで、出口へと向かって行った。

その姿はまるで猫の様で、思わず笑いそうになってしまった。


アメリアさんはこちらをチラッと見て、ノアさんに何か言っているようだったが、そのまま連れていかれてしまった。


パーティー会場は一瞬だけ水を打ったような静けさに包まれたが、すぐさま元の賑やかさを取り戻していった。


俺たちはアメリアさんが連行されるのを眺めた後、誰にも気づかれる事無く、パーティー会場を抜け出すのだった。



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・一口用語紹介


・魔力封じの○○


犯罪者を確保する際に使う魔道具。

湊はそれらを自分の溢れ出る魔力を抑える為にそれらを利用しており、普段は腕輪とネックレス、指輪を装備している。


・言語理解スキル


どんな言語も理解することが出来る魔法のようなスキル。

湊は学校で英語を習う際に自分だけこのスキルを使うのも良くないと思って、習得していなかった。


・キャラクター紹介


・土御門 葵


土御門緋織の従妹で京都にある土御門家本家で少女時代を過ごした。

彼女自身に冒険者としての才能は無く、それをコンプレックスに思っている。

御三家が故に、周りから重圧をかけられていたが、それをバネに冒険者をサポートする企業の社長になるまでに成り上がった。

才能のある冒険者をよく思っていないが、湊に関しては幼い頃から知っている為、とても甘い。

因みに、普段生活をするときに京都弁は使っていない。


・村雲 健司…【大剣豪】


日本が誇る二大流派の一つ、村雲流の正統継承者であり次代当主候補の青年。

その実力はA級の中でも上澄みで、とても美しい剣技を扱っており、技術だけで言えば【剣王】を超えると言う意見もある。

そんな美しい剣技からは考えられない程、おっとりとした性格をしていて、10人中10人が彼を天然だと言うだろう。


・村雲 葉月…【刀華】


村雲流の免許皆伝で、溌溂とした少女。

高校生と言う多忙の身でありながらA級冒険者になり、村雲流として恥じない行動をしようと心掛けるとても生真面目な性格。

【剣王】に良く突っかかっており、同年代と言う事もあって彼をライバル視しているらしい。


・アメリア・アドラード…【発明姫】


アメリカ最強の冒険者で、世界NO.1とも呼ばれる冒険者。

殆どの魔道具は彼女が生産しており、幾つもの魔道具を発明しては大量生産している。

本人の性格はかなりの気分屋で、どんな事にも興味を示すタイプ。


・ノア・アディンセル…【大法廷】


アメリカでNO.2に位置する冒険者。

アメリカのランキングは日本とは違い、純粋な実力のみを重要視している為、【大法廷】と言う渾名だが、そのスキルは凄まじい力を有している。

本人の気質である真面目さに加え、その端正な顔と、能面のような表情から多くの人から恐れられているがとても面倒見がよく、優しい人である。


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