第七話

優人と一緒に品川F級異界に行った翌日。

俺たちは冒険者協会にあるトレーニング施設を一部を使用していた。


先日の異界攻略…あれは俺の段取りが悪かった。

俺はE級冒険者として活動していた期間が無くて、どうすれば良いのか分からなかった為、ああなってしまったが、今回は違う。


昨日の優人の動きを見ている限り、優人には戦闘の基礎や、冒険者に必要な基礎運動能力が欠如している。

まあ…武道とか、恐らく柔道の授業でしかやった事無いだろうし、仕方のない事なのだけれども…。


「まあ…と言う事で、今日は基礎訓練を行っていくぞ」


「分かった!……それで、僕は具体的に何をすればいい?」


受付で借りた装備を全て身に着けた優人が目を輝かせながら言った。


「ええっと…全力ランニング8分を5セット、素振り200回を5セット、盾で攻撃をはじく練習を20分を2セットだな。結構きついと思うが頑張って行こう。」


「…うん…頑張るよ!」


優人は一瞬苦々しい顔をした、直ぐに覚悟を決めたようだ。

そう言う反応をされると此方もおのずと気合が入って来る。


「良し!それじゃあランニングから…よーい…始め!」


優人は俺の掛け声を合図に勢いよく駆け出した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「はぁ…はぁ…すぅ……はぁ」


「優人ーまだ半分だぞー」


ランニング3セット目にて、優人が限界を迎えた。

床に仰向けで倒れ、肩で息をし、目は虚ろになっている。


声をかけても特に反応が無い事から本当に限界なのだろう。

俺はマジックバックから緑色の液体が入った瓶を取り出し、優人を座らせて口元に運ぶ。


「ほら、ちょっとずつ飲みな、楽になるぞ」


優人は息を整えつつ少しずつ飲み始めた。


「…はぁ……んくっ……はぁ…はぁ…」


「無理しなくて良い、ゆっくり…ゆっくり飲むんだ」


変に飲んで気管に入ってしまっては元も子もない。

優人はかなりの時間をかけてようやく瓶の中身を飲み干すことが出来た。


「…湊君…ありがとう。助かったよ…」


「良いんだよ、俺は君の先生なんだから、一人前の冒険者になってからゆっくり借りを返してくれれば良い。出世払いってやつだ」


俺がそう言うと優人は安心したように微笑んだ。

俺も俺であんまり気負って欲しくないから、出来るだけ気軽に思っていて欲しい。


それに、お金に関しては結構余ってるし…。


優人は疲労感が抜けたようで、その場で軽く二、三回飛ぶともう一度トレーニングメニューをこなし始めた。


俺は受け取った瓶の商品タグが見えないように隠しながら、空の瓶を受け取った。


……ちょっと高すぎるの飲ませちゃったかな?



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「お疲れ、はいこれ」


俺はトレーニングを終えた優人にさっきよりも小さな瓶を渡した。

優人は今度も躊躇いなく瓶の中身を飲んでいく。


俺だからいい物の人から貰った物は疑いなく飲まない方が良い気がするんだが…。


まあ、俺が心配する事でも無いか。

俺はその事は気にしないことにして、いったん休憩を取るように優人に伝えた。


すると丁度休憩のタイミングでポケットに仕舞っていた仕事用の携帯が震えた。

一言断りを入れ、俺はトレーニングルームから退出した。


液晶には「土御門さん」と映っていた。

突然の電話に何事かと少し身構え、俺は電話に出た。


「もしもし、【剣王】です」


『突然、休みの日に電話をかけて悪い。すまんが仕事の連絡だ』


「仕事ですか?…もしかして新しい異界でも発生しました?」


『いや、そうでは無くて、お前指名でテレビの撮影依頼が来た』


「え”……マジですか…」


思わず裏返った声で土御門さんに聞き返す。


『マジだマジ、まあ、今回は櫻羽さくらばが一緒に撮影してくれるらしいから大丈夫だ』


「だからと言ってハイそうですかとは行きませんよ!」


俺は優人に聞こえないように、静かに絶叫した。


『悪いが今回は諦めろ。大手の放送会社からの依頼だからな、流石に断りにくいんだ』


「………あぁ…分かりました」


俺が悲嘆に暮れていると、土御門さんは適当に慰めてそそくさと電話を切ってしまった。


かなり面倒なことになって来たな…。


俺は溜息を吐いて、何度か頭を掻いた。

仕方がない事なんだがなぁ…。


急遽入った仕事に優人の育成計画が少し乱されてしまった。

まぁ、今の所はかなり順調である為、別に悲観する程ではない…はずだ。


俺は重い足取りで、トレーニングルームの方へ戻ると、優人が自主的にランニングをしていた。


「…あ、お帰り湊君。その…体が冷えちゃいそうだったから少し動いてたんだ」


何故だか気まずそうに言う優人。

俺は彼の努力に気付かぬ間に口角が上がっていた。

俺も彼のやる気に答えなければならない。


「良し!そんじゃあ、次は素振り200回!一回一回気を引き締めてやって行こう!」


「はい!!」


優人は勢いよく返事をし、一回目から不格好な形で素振りを始めるのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

・キャラクター紹介


・【聖女】…櫻羽 ともえ


冒険者協会で最も優れた回復魔法使いであり、冒険者歴が日本の冒険者協会の中で2番目に長い。(世界では三番目)

その優れた回復魔法で多くの人々を助けており、自己治癒能力も高い為、見た目が一切年を取らない。因みに実際の年齢は○○〇歳らしい。

老いを知らぬ美貌やその美しく高潔な精神からか、ファンが途轍もなく多い。

S級冒険者である【守護天使】が自ら【女神騎士団聖女様護衛団】というギルドを創設する程である。


・世界観紹介


・冒険者のトレーニング


冒険者の身体能力と言うのは基本的にステータスに依存している。

例えば、レベル1のムキムキマッチョマンとレベル10の小学生であればもちろん後者に軍配が上がる。

しかし、それでも基礎体力と言うのはバカにならない。

例えば剣を振り下ろすと言う単純な動作でも、基礎的な技術があるか無いかで威力は大きく変わって来る。

他にも異界攻略の際に体力が有れば攻略の効率は大きく変化する。

その為、どんなにステータスが高い冒険者であろうとも自己研鑽を怠ってはいけないのである。


一応、協会で基礎武術を学ぶ講習が有るので、あまり運動をしない人、戦いに自信が無い方は取ってみる事をお勧めする。因みに授業料は無料である。

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